2026/03/24

POST#1798 けど俺たちにいったい何ができるってんだ?

木蓮が咲く、次は桜だ

けど、俺たち庶民にいったい何ができるっていうんだ?


強大な国家権力にぺしゃんこにつぶされたり、つるし上げられてさらし者にされ、社会的に抹殺されるのが関の山じゃないのか。


今日も左派ご用達のA新聞で、政府の進める行政の一元化のためのガバメントクラウドの導入によって、小さな自治体ではかえって運営経費が倍増する例もあるという報道があった🔗。一番受注しているのは皆さん大好きなアマゾンのAWSだ。

ここでも皆さんの納めた税金がアマゾンに吸い上げられてアメリカの利益になっていく。アメリカの兵器を爆買いし、アメリカの関税を回避するためにアメリカに大盤振る舞いし、挙句の果てに国家事業、それも国民の様々な情報を扱う行政の根幹にかかわる事業ももアメリカ企業。

これどうなのよ(笑)。アメリカさんのゾックはきついぜ。この状況で、俺たち市民に何ができるっていうんだろう。


そんな中でもかすかな「抗い」の手がかりを整理すると、以下のような視点が見えてくる、ような気がする。


①「ゾーン」の可視化と連帯

米軍基地、夢洲のIR、あるいは神宮外苑の再開発など、一見バラバラに見える問題を「これらはすべて、私たちのコモンズ(公共の財産)を奪い、例外的なゾーンを作る動きなのだ」と同じ構図で捉え直すことが必要なんじゃなかろうか。つまり俺たちの認知・認識の問題だ。地域ごとの反対運動が横に繋がり、「これは私たちの主権の問題だ」と共通の言語を持つことが第一歩になりうるかもしれない。


②「法」の内側からの抵抗

ゾーンは意図的に作られた「法の穴」だけれども、その穴を開けるプロセス(条例制定や公金投入)には、依然として既存の国内法や議会手続きが必要なはずだ。

現在、夢洲IRを巡って起きている住民訴訟や、米軍基地に関する知事の権限行使などの抵抗は、ゾーンという「例外」を、再び「法の支配」の下に引き戻そうとする重要な試みだといえるだろう。どうせ国の権限によって突き進むんだから同じことだと、国民自身が冷笑的になってあきらめたら、ゾーンを作りたい皆さんの思うつぼだ。


③小さなコモンズを「勝手に」作る

大きな政治が変わるのを待つのではなく、自分たちの手の届く範囲で、市場原理に支配されない空間(地域の集い、協同組合、情報の共有など)を維持し続けることも必要だろう。

市民自身によって作られる自発的な連帯、ソリダリティだ。

スロボディアンが描く資本主義の「割れ目」に対し、俺たちは「共生の割れ目」を社会の中に作っていくというカウンターパンチ的な発想だ。しかし、それにはバラバラになっている市民社会を、足元から再生させる地道な営みが必要だ。言うは易しだが、結構厳しいのは重々承知だ。


④「効率性」という物差しを疑う

経済成長のためにはゾーンが必要だ」というロジックに対し、「その成長で誰が幸せになるのか?」「失われる公共の価値はいくらなのか?」という問いを投げかけ続けることだ。

これは昔々、今は亡き経済学者の宇沢弘文🔗先生が、「自動車の社会的費用」などで社会に問いかけた問題に通じると思う。国費を投入したモータリゼーションによって、なにが奪われ、あるいは事故によって死傷する人がどれほど増加し、その損失を補償することにどれくらいコストがかかり、それが投じられるコストに果たして見合うのか、それによって国民の幸せはどれほど向上するのかという問題だ。

2026年現在、万博のコスト増大などで「効率的だと言っていた計画が実は非効率だった」という現実も露呈し始めている。イケイケどんどんのパビリオン建設で、未払い問題が噴出し、いまだ寡聞にして解決したという話を耳にしていない。


スロボディアンが描く「ゾーン」という戦略がこれほどまでに強力なのは、それが「経済成長」や「効率性」といったもっともらしい言葉で包まれ、私たちの日常生活から巧妙に切り離されている(不可視化されている)からだろう。

このベクトル上に現れる憂鬱な将来を回避するためには、既存の政治勢力つまり政治家のセンセー方に期待するだけでなく、俺たち自身が「これ以上、自分たちの場所をゾーン(例外地)にさせない」という意志を、日常の選択や小さな対話の中で示し続けるしかないのかもしれない。

そして何より、世の中にはそういう実態があることってことを、俺たち市民一人ひとりが学ぶこと。 そしてそれに承服できないと感じたなら、きちんと反対していくことしかないんじゃないかなぁ。頼りないけど。


けど、俺たち庶民にいったい何ができるっていうんだ?」という閉塞感の中にいても、「実態を知り、拒絶する」という基本姿勢を崩さないことはできるんじゃないか。いやなものは嫌なんだって。

それが、俺たちの社会を資本力を持ったメンバーズオンリーな「ゾーン」と、それに奉仕する「市民」という名の奴隷の集合体にさせないための、最も泥臭く、かつ最も確実な抵抗の土台になるのではないかしらん。


憂鬱な将来を突きつけられた時、そこで思考を止めて、もう決まったことだ、仕方ないと受け入れず、「それは何かおかしい」「それはだれの利益になるのか」と言い続けることは、まさにコモンズを取り戻すための出発点ではないでだろうか。


けど、正直言ってこの国でそういうことを言うのは、なかなか厳しいかもな。

俺の心配が杞憂であってくれることを、心から願うぜ。


とりあえずは、change.org🔗でものぞいてみようぜ。いろんな人が声を上げている。

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