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| Copenhagen,Denmark jaguarXJ |
2階の部屋で仕事をしてると裏の家の子供が俺の名を呼んでいる。応えて顔を出し手を振ると、満面の笑顔で飛び跳ねている。
隣の娘さんは、俺が車に乗り込む時に、嬉しそうに声をかけてくれる。
俺は元不登校の女の子に声をかけ、君をちゃんと受け止められる社会を俺たちの世代が作れなくてすまないと声をかける。
近所の老人は、僕の庭先のベンチに座り、たわいもない話を俺と言葉少なにかわす。それが俺の日常だ。
しかし、今日は違った。午後から名古屋の私立の学校の説明会に引っ張り出されたんだ。
俺は週6日の夜勤が一ヶ月以上続いててふらふらだったけど、仕方ない、付き合うことにしたよ。
大きな講堂の中で、子どもとカミさんとは席の空き状況の関係で離れて座り、ドゥールズ&ガタリの『アンチ・オイディプス』をゴリゴリと読み進めていた。ろくでもない父親だな。
そこで『器官なき身体』って、あれか、社会のシステムにはめ込まれていない野生の感性の自由人のことか!と思い至るわけだ。俺は真面目なおじさんおばさん、お坊ちゃんで満員御礼の行動の真ん中で、銀河鉄道スリーナインを思い出したぜ。
機械の身体をもらうことが器官に接続されるってことなんだな、なんか飲み込めてきたぞ。星野鉄郎が旅の果てに拒絶した、永遠の命と引き換えにネジ(パーツ)にされる「機械の身体」とは、ドゥルーズ=ガタリが『アンチ・オイディプス』第1章で徹底的に呪った、人間を資本主義や社会のシステム(捕獲装置)に最適化されたパーツとして飼い慣らす「器官化された身体」そのものだ。
対して、「社会のシステムにはめ込まれていない野生の感性の自由人(鉄郎のナマの肉体)」こそが、彼らの叫んだ「器官なき身体」のストリート版の正体なんじゃないかな。
知のパルクールが起こってるんだ。先生方の熱弁は全く入ってこない。
せめて拍手だけは盛大にすることにいたしました、ハイ。
閑話休題。承前。
日本の子どもの死亡率の一位が、自殺という衝撃的な話には、見方を変えると、公衆衛生や医学が進んでおり、また社会が安定しているので銃器犯罪や少年の薬物乱用などによる死者がほとんどいないという事実の裏返しだという考え方もあるだろう。
確かにそれも一理あるかもしれない。しかし、現実に毎年たくさんの子どもたちが自ら死を選んでいるという重い事実は変わらない。
さて、どうして地球にやってきて間もない子どもたちが、周りに迷惑をかけているなんて悩まないといけないんだ?そもそも人間は迷惑をかけねば生きれん生き物じゃないのか?
人間は本来、誰かに助けられ、迷惑をかけ合いながら生きていくのが当たり前の姿であるはずだ。そしてその迷惑の掛け合い、つまりある意味、その応酬としての贈与によって人間の関係性は強く結びついてゆくはずだ。
しかし、日本の子どもたちが「迷惑をかけてはいけない」と思い詰めてしまう背景には、日本特有の「自律」や「周囲への配慮」を過度に重んじる空気が影響しているんだとさ。
その理由はこんなところだ。
「自己責任」のプレッシャー
幼い頃から「人に迷惑をかけるな」と教えられる一方で、失敗すると「自分のせいだ」と過度に自分を責めてしまう文化が根付いている。
「いい子」への期待
親や先生の期待に応えようとする真面目な子ほど、「期待に応えられない自分は価値がない」「存在しているだけで負担をかけている」と極端に考えてしまう傾向があるのだという。
人間の価値は、そんなところにはない!と断言するよ。期待は裏切るためにあるのさ。
「助けて」と言えない環境
誰かに頼ることを「甘え」や「弱さ」と捉える風潮があり、SOSを出すことが「さらに迷惑をかけること」だと思い込んで孤立してしまう。
これは子供だけじゃないだろう。大人も同じだ。人間の弱さを肯定することが必要なんじゃないか?そもそも社会のために人間が存在しているわけじゃないだろう。人間の幸福を最大化するために、社会が構成されているはずだ。
だれにも頼らず生きていけるなら、一人で荒野を彷徨うように生きるのさ。
伝え聞くところによれば、インドなどの一部の国では、「お前は人に迷惑をかけて生きるのだから、人の迷惑も許してあげなさい」と教える文化があるという。至極まっとうな話だ。
日本でも、この「お互い様」の精神が子どもたちの心に届けば、もっと救われる子が増えるのかもしれないな。というか昔の日本はそのインドみたいだったんじゃなかったっけ?
かつての日本には「お互い様」の精神で迷惑を許容し合う、インドに近いおおらかな空気があったはずだ。
現在の「迷惑をかけてはいけない」という強い規範は、主に明治時代以降の近代化の過程で形成されたという側面がある。
昔の日本(江戸時代など)の姿を考えてみよう。
「お互い様」の共生
昔の日本、特に江戸時代の長屋などでは、人々の距離が近く、お互いに助け合ったり迷惑をかけ合ったりすることが日常の一部だった。というか、そうして基礎的な共産主義を実践して助け合わなければ、サバイブできなかったんだ。
多種多様な生き方の許容
当時は「迷惑以外の何者でもないような人」であっても、社会の中にその人の居場所を作るだけの「精神的な余力」があったと指摘されている。
「粋(いき)」な文化
トラブルが起きても謝って水に流すような、相手を思いやる「粋」な計らいやコミュニケーションが大切にされていた。今も永田町あたりでは、失言やカネのちょろまかしは謝って、時にはしらばっくれて水に流すという生きな文化が残っているな。結構なことだ。『粋』だねぇ。
では、なぜ「迷惑=悪」になったのか?
近代化と公共空間
明治時代以降、大都市に人が集まり、通勤電車などの『公共空間』が生まれると、見ず知らずの人との共同生活を円滑にするために「他人に迷惑をかけない」というマナーが強調されるようになったという。
しかし、この『公共空間』は『コモンズ』と似ているようで少し違う。どちらかというと、『世間』というようなとらえどころないもののように感じられるな。
学校教育の影響
1910年(明治末期)頃から、教育や社会規範として「人に迷惑をかけない」ことが説かれ始めまたのだという。俺に言わせれば、それは国家というシステムが転倒し、人間をシステムの維持のための規格品に改造しようとし始めたことだと理解できる。機械の星の部品にするということさ。
共同体の崩壊
以前は血縁や地縁といった濃い人間関係の中で「迷惑を許容」していたが、高度経済成長を経て核家族化が進み、地域のつながりが弱まったことで、一度の「迷惑」が即座に「排除」につながりやすい不寛容な社会へと変化していった。
そこはすでに、地域社会、地域共同体などというものではなく、核家族にモナド化した家庭が密集して住んでいるだけでしかない。
俺が地域社会の再生を語るのは、このモナド化した人々を有機的につなぎ、社会をリビルトするためだ。
じゃぁ、日本とインドとの共通点と違いはなんなのさ。
インドでは「自分も迷惑をかけて生きるのだから、他人の迷惑も許せ」という考えが根付いているそうだが、かつての日本も、仏教的な「縁」や「慈悲」の心、あるいは八百万の神々を信じる文化の中で、弱さや不完全さを認め合う土壌があった。つまり、国家というシステム以前に、神仏という共同幻想がみなを結び付けていたんだ。
「迷惑をかけるな」という教育は、麻生漫☆画太郎先生の大好きな民度の高い人々の公徳心を養う一方で、子どもたちから「困った時に人を頼る力」を奪ってしまったといえるだろう。
大人として恥ずかしい限りだ。そこで、今日の冒頭の俺の日常に立ち返る。あれは地域社会を耕しているんだ。『私たちの庭を耕さねばなりません』とその著書『カンディード🔗』の末尾を締めくくったヴォルテール🔗のようにね。

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