2012/04/15

Post #507 まことにもってつまらない歩行者天国

オッス!ファンキー・ガッツマン・スパークスだ。勢いで実名を書きそうになってしまった。別にかまわないけどね。今、仕事を終えて帰ってきた。なに、大したことはしちゃいないさ。疲れてるってほどでもない。チョロイもんだ、絶好調だ。そういうことにしておこうぜ、その方が丸く収まるってもんだ。
さてと、今日も今日とて俺は、百貨店で仕事をしていたんだ。
おもえばその百貨店で仕事を始めてから二か月以上にもなるだろう。いや、初見の人が勘違いするといけないから、あえて言っておくが、俺は内装工事屋だ。男業の中の男業だ。いい年して、自分の好みとは違う服を着て、自分が好きでもない服を他人に売るような仕事をしているわけでは、ない。しかし生きていくためには妥協も必要だ。好みよりも慣れということもあるだろう。フツーならばそれも致し方あるまい。しかし、俺にはどうにもできないんだな。モノを売るなら、売れなくっても、自分の好きなものを売りたいもんだ。
その点、俺は自分のことが大好きなお目出度い男なんで、自分自身に値をつけて売ることにした。それで今の仕事だ。おつな商売道具を生まれながらに持っている女性たちの究極の女業とは違い、男業の中の男業は買いたたかれるばかりだ。しんどい割に実入りは少ない。人生は思うようにはいかない。しかし、そこにドラマがあるというものだ。それで根を上げるような奴は、ファンキー・ガッツマンなどとは呼ばれない。腑抜けの玉無し野郎だと相手にされなくなるのがオチだ。値を上げるよりも、実力で値を上げることを目指す方が建設的というものだ。今目の前にあることに、全力投球できない奴は、どこに行っても、ガスの入ってない百円ライターほどの活躍しかできないだろう。
そんなことは、どうでもイイ。脱線、脱腸、脱肛だ。
Marrakech,Morocco
今日の昼休み、俺が百貨店の真ん前の吉野家に昼飯を食いに出かけると、大通りは歩行者天国になっていた。
実はこの歩行者天国、昨年試験的に実施して好評だったので、今年もやりますという話だが、何が好評なのか、俺にはさっぱりわからない。
ただ、いつもは車が行きかう車道を、ブラブラと歩くことができるというだけの、実に退屈きわまる代物だ。しかし、家族連れやカップルなどはご満悦なようだ。
屋台も出てなければ、大道芸もない。ただだだっ広い車道を歩くだけ。それ、面白いのか?
誰が付けたか歩行者天国という名前。よく天国とはつまらないところにちげーねぇ、その証拠にどいつもこいつも、あれだけうんざりしていたこの世にまた帰りたがる、という小話を耳にしたことがあるが、この歩行者天国も、退屈なことにかけては、本物の天国と同じくらい退屈だ。
俺はモロッコのマラケシュの中心、世界遺産ジャマエル・フナ、通称フナ広場を思い出す。
屋台あり、大道芸あり、民族音楽の楽団あり、へびつかいのオヤジあり、猿回しのオヤジあり。土産物屋、有象無象にあり、地面に布を敷き、帽子やら香辛料やら衣類やら自分の売れる限りのありったけを並べて売ってるおっさん、おばはんあり。なかには使い古しの入れ歯を並べて売ってるおっさんまでいる。誰が買うんだ、それ?
夜になると、本格的な屋台村が出現し、人々はぼったくられる。飯を食ってると、子供やおばーさんが、ティッシュを売りつけに来る。変な子供だましの玩具を売りに来る。
朝から真夜中まで、ドォンゴ、ドォンゴ、ドォンゴ・・・って、ドラムの響きの絶えることが無い。
人を小ばかにして、真面目に考える力を奪うような笛の音が、どこからか流れてくる。
そんな中を、馬車が、ボロボロのベンツのタクシーが、スクーターが、自転車が、ロバの荷車が、クラクションを鳴らし、怒号を張り上げ、人の波をかき分けるようにして走り回る。
俺の街の歩行者天国がもし天国ならば、ココはむしろ地獄だ。けれど、天国より燃える地獄のほうが、刺激的だぜ。そう、断言しよう。これこそが祝祭空間だ。一年365日、訳もなく毎日お祭り騒ぎだ。サイコーだ。ココに住みたくなってくるぜ。
どうせ歩行者天国とかやるんなら、そこまでとは言わないけれど、もう少し面白く、かついかがわしくしてくれても、いいんじゃないですか?ダメですか?もうちょっと羽目を外しても、いいんじゃないですか?えっ、屋台をやってるテキヤさんは、暴力団排除の名目で、最近敬遠されてるの?バッカじゃないの?所詮、ルール大好きの日本人には、無理な相談かもしれませんねぇ。
ますます、一般的な日本人のセンスから逸脱し、世界性を獲得している俺なのさ。
読者諸君、失礼する。明日も満員電車で現場に行かなけりゃならないなんて、気が滅入るぜ。

2012/04/14

Post #506 世界中コンビニ

俺の考えでは、経済てもんは、何かを持つものと持たざる者がいてはじめて機能するもんだ。
資源を持っている奴が、金を持っている奴に売る。その資源が、他の奴が持ってないようなレアなもんだと、ドバドバ金が入ってくるだろう。けれど、どこでも掘ったら出てくるようなものだと、買いたたかれてしまうわけだ。もし、金がそこいらに転がっているようなもんで、誰しもがフツーに金の延べ棒なんかを持っていたなら、金相場なんて、成立しやしないだろう。それは子供でも分かることさ。レアなトレーディングカードに、高い値がつくというものだ。
経済活動というものをイメージする際に、俺がいつもてっとり早くイメージするのは、熱の対流現象だ。温度の高い水と、温度の低い水を同じ容器にぶち込むと、異なる温度の水どうしが、対流を起こし、容器の中をぐるぐると駆け巡る。これがケーザイ活動が活発で、資本や物資が流通している状態だ。結構なことだ。リーマョックのことなんて忘れて、景気がよくなッたら、バブルの頃のように浮かれて暮らすってのもイイだろう。
しかし、熱の対流現象は、いずれ温度が一定になって、終わる。資本がある一定のレベルで全世界にいきわたった時、世界経済は停滞するのだ。日本を見てみるがいい、今や俺達は何もかも持っている。いや、そうじゃない、自分は貧乏だって言う人だって、洗濯機やTVや冷蔵庫を持っている。世界的に見たら、これってとても便利だ。一日1ドル以下で暮らしてるような人々が、いつか車を持ち、エアコンの効いた家に家に住み、流行の服を買い、洗濯機で毎日洗濯し、録画機能付きの液晶テレビを見て、くだらないバラエティー番組で笑い転げるようになったなら・・・。その時、経済は停滞する。70億総中流だ。日本の経済が、長らく不況から脱出できない本当の原因は、そこにある。だって、みんな何でも持ってるじゃないか、今更何が必要だっていうんだい?となれば、企業は何を売って利益を得ることができるだろう?はなはだ疑問だ。
Marrakech,Morocco
しかし、幸いなことに現時点では、この世界は残念ながら不公平だ。不公平に満ち満ちている。それが世界というもんだ、当ったり前だろー!金持ちもいれば、貧乏人もいる。それこそが、この世界のダイナミズムを生み出している。かつて、アメリカと覇権を争ったソビエトが崩壊し、中国が拝金共産主義に方向転換することで、21世紀に生き残った理由はこのあたりにある。そう、コップの中で、水はぐるぐる回っているんだ。OK、これが世界の定説だ。
俺達はジャンジャン電気や資源を使い、便利な暮らしをしている。世界中が俺たちのようなペースで消費活動を行ったら、地球は一個じゃとても足りない。5つくらいは必要だろう。
極論すれば、トヨタが頑張って中国やアフリカで車を売れば売るほどに、世界はヤバいことになっていくのだ、残念ながら。そういえば、原発事故以来、余り地球温暖化の話しをきかなくなったものだ。まぁ、放射能で苦しむか、地球温暖化で酷い目に合うのか、どっちが得かよく考えてみよう。いずれにせよ、俺たちの快適な暮らしは、何か取り返しのつかないことを犠牲にして手に入れてるのさ。とはいえ、俺は善人ぶって自分の生活を改める気もないし、今更、江戸時代みたいな暮らしには、戻れはしないよな。どっちに転んだって、すっかりゼータクな暮らしに慣れっこになっちまった俺達には、今更後戻りはできないぜ。そして、便利で豊かな生活を求めている途上国(という言い方は決して好きではないけれど、他にいい言葉もないんで使わせてもらおうか)の皆様に、お前らは不便でビンボーなままでいろよという権利は、誰も持ち合わせてはいない。人間の欲望って奴には限りがないからな、誰しも豊かで便利で、快適な暮らしをしたいって思うのは、自然なことだからな。
いつもながら、また脱線してしまった。今言いたいことは地球温暖化の話しじゃない。
もし、急速に拡大し続けている、怒涛のようなグローバル資本主義によって、世界の交易がますます盛んになり、今途上国と言われる国々の生活レベルが、改善向上され続けていったら、一体ぜんたい、この世界はどうなちゃうってんでございましょうか。
それはそれでけっこなことかもしれない。ビンボーな移民が暴動を起こすこともなくなることだろうよ。
いつも、俺はイメージする。アメリカで生み出され、日本で完成されたこのコンビニエンスストアちゅう奴が、世界中どこに行っても、俺が夢見るロシアのシベリアにも、サハラ砂漠のオアシスのような小さな町にも、マングローブの生い茂る南の島々にも、どこに行っても便利に24時間営業している世界をイメージする。ついでに言うと、店員はたいてい世界中どこに行っても中国人だろうよ、きっと。
その時、世界の経済はきっと終わっている。新しいものは、誰も買わない。新しくないものも、誰も買わない。何故なら、誰もが必要なものを十二分に持っているからだ。皆が買うのは、コンビニで売ってるようなものばかりだ。
いつかきっと、そんな世界がやってくるだろう。それは便利には違いない。
けど、そんな面白みのない世界に繰り出して、写真を撮ってこようって気には、俺はさらさらならないね。
幸いなことに、パリにもセブンイレブンは無かった。マラケシュにはローソンは無かった。イスタンブールにはファミリーマートは無かった。アムステルダムにもサークルKは無かった。個人のやってる、小さな間口の雑貨屋が、未だに幅を利かせていた。日本では、すっかり見かけないけれどね。けど、それはもう時間の問題だろう。実際に、香港はコンビニだらけで、日本と同じものが買えた。ホーチミンにも今頃、コンビニが続々とできていることだろう。
冗談じゃないぜ。変なところで、世界は一つ、人類はみな兄弟かよ。たまらないぜ。
読者諸君、失礼する。いつも俺は、そうなる前に、出来るだけ、旅行をしてみたいと思ってるんだ。

世界中にコンビニが展開する前に…。 読者諸君、失礼する。よい休日を過ごしてくれたまえ。俺は君たちの分まで働かせて頂くぜ。

2012/04/13

Post #505 今日も小忙しい

今日も小忙しい、さっき帰ってきたんだが、また夜8時から現場に行かなければならないんだな。
少し仮眠しよう。なので、今日はほぼ写真だけ。小学生から学校と塾を取っ払ったような暮らしが理想なんだが・・・、なかなかその道のりは険しー。
Marrakech,Morocco
読者諸君、失礼いたす。