2026/03/27

POST#1801 君には水平線の彼方にドル覇権の終焉が見えるか!?

沖縄、竹富島

有事のドル買いで、アメリカのドルは世界に流通する。
それは則ち、アメリカに世界中の商品が流入するということだ。
アメリカ人の浪費で世界経済が回ってるてことだ。
そして、アメリカの下々の皆さんのことは一旦おいておいて、アメリカという国は、ドルを刷れば(実際にはコンピューターに金額を入力するだけでドルはいくらでも生み出されるんだぜ!) 無限に世界中の市場からお買い物ができる。
そして、世界中にドルが流通すればするほど、どこでも誰でも貿易の決済資金のためにドルを受け取ってくれるようになるから、ドルの流動性がますます高まる。
つまり、ユニバーサルな世界通貨になるってことだ。
要はドルが様々な貨幣のHUBとして成り立っているドル本位制が現在の経済の姿だってことだ。
で、このプロセスを称して彼らは貿易赤字の拡大といっているわけだ。
問題はドルが量的に増えすぎて、その希少性=価値が低下することだけれど、そんなときは心配ご無用、どっかちょろい相手に喧嘩を吹っかけて「有事のドル買い」でドルの価値を吊り上げる。

永久機関が完成しちまったぜ!(チェンソーマンにもそんなセリフがあったなWWW)

しかし、こんな茶番がいつまでも続くはずはない。「ドル覇権の終焉」がいつかはやってくるんだ。
ドル覇権の終焉」は、もはや単なる陰謀論ではなく、国際政治経済の現実的な議論のホットなテーマとなっている。見てきたようにアメリカ自身の行動(制裁によるドルの「武器化」や巨額の財政赤字)が、世界的な「脱ドル化」を加速させている側面は否定できない。 

現状のポイントを整理すると次のようになるんじゃないか。

1. 進行する「脱ドル化」の動き

①ドルの「武器化」への警戒: 

ロシアに対するSWIFT(国際決済ネットワーク)からの排除や資産凍結を目の当たりにし、中東や新興国は「明日は我が身」とドル依存のリスクを強く認識している。なんせ、アメリカの王様は気まぐれだ。ダーツで次の獲物を決めてるとしか思えないときがある。

②石油決済の変化

長年続いた「ペトロダラー(石油はドルで買う)」の仕組みが揺らいでいる。

サウジアラビアが中国との取引で元(人民元)決済を検討するなど、エネルギー市場でのドル独占が崩れ始めている。帝国は必ず衰退するんだ。

③BRICSの台頭

2026年現在、BRICS諸国は金(ゴールド)や地域通貨バスケットに裏打ちされた共通決済手段(仮称:ユニット)の開発を模索しているようだ。こうして西側諸国を介さない独自の経済圏を形成しようとしている。 

2. 基軸通貨としてのシェア低下

世界の中央銀行が保有する外貨準備(要は貿易決済のために使うドル資金だ)に占める米ドルの割合は、かつての70%超から50%台まで低下しており、20年ぶりの低水準となっているそうだ。その背景には何があるのか。賢明な読者諸兄諸姉ならお分かりだろう。

①ユーロ・人民元の拡大

 欧州内でのユーロ決済の定着に加え、中国のCIPS(人民元クロスボーダー決済システム)の利用拡大により、ドルを介さない取引ルートが実用化されている。 残念ながら、円決済はとんと広がっていないですな。

3. それでも「即座に終焉」と言い切れない壁

一方で、ドルの覇権が明日明後日に消滅するわけではない理由も存在する。

①圧倒的な流動性

世界の貿易決済やデリバティブ取引の大部分は依然としてドル頼みであり、これに代わる「深さと広さ」を持つ市場(代替先)がまだ存在しないんだ。世界はウォール街に握られているのさ。

②資本の自由度

専制国家中華人民共和国の人民元などは為替管理が厳しく、ドルほど自由かつ大量に動かすことができない。信頼の置ける「逃避先」としての代替資産(米国債に代わるもの)が見当たらないのが現状だ。そう、今は兆しが見え始めたばかりの過渡期なんだ。 

現在は、「ドル一強時代」から「通貨多極化時代」への過渡期にあると言えるだろう。

歴史上の基軸通貨(英ポンドなど)が数十年の歳月をかけて交代したように、ドルの影響力が徐々に、しかし確実に削り取られていくプロセスの中に私たちはいるわけだ。それがどう落ち着いていくのかを見る前に、俺はこの世とおさらばするだろうけど、これはいずれ必ず起こる。今日のようにアメリカ様が自らの信用を切り崩し続ける以上、この流れは止まらない。

このまま「多極化」が進んだ場合、俺たち地球人は複数の通貨を使い分ける、より複雑で不安定な経済圏に放り出されることになるわけだけれど、それこそが「ドル覇権後の世界」の落ち着くべき姿なのかもしれないな。

そのとき君は、日本円がこの「通貨多極化」の中でどのような立ち位置になると予想する?

その前に、以前にも書いたことけど、このまま経済の成長のみを追い求めてゆけば、俺たちは地球の資源を食い尽くし、地球は金星みたいな灼熱の死の星になっちまうぜ。

通貨はいくらでも信用創造できるけれど、通貨は富そのものじゃない。単なる交換のためのツールなんだ。幸せな生活を送るためには必要かもしれないが、本当の幸せはそこにはないんじゃないか。

本当に求められてるのは、基軸通貨の交代じゃなくて、俺たちの価値観の交代なんだよね。

2026/03/26

POST#1800 壮大なスケールのマッチポンプ

沖縄、竹富島

俺にはここんところ、どうにもおかしいと思えることがあるんだ。

聞いてくれるかい?OK,ありがとう。

しばしば「有事のドル買い」ということが言われる。今回のイラクへの攻撃によって生じた原油の供給体制の崩壊にも、「有事のドル買い」ってことで、円はますます安くなってる。底抜けだのダラ安だ。残念極まりないね。おかげさまで国民生活は窮乏してゆく一方だ。

しかし、しかしですよ、この世界のたいていの有事はアメリカが起こしていたり、関わっていたりしてるように思うんだが、どう思う?確かにロシアもやらかしてるし、中国もやる気は満々だが、なんだかんだ言って70年代の中越戦争以来、やってないしな。

それに対してアメリカは建国以来ほとんどの期間を世界のどこかの国との戦争に費やしてきた国だ。ここ最近だって、イラン、ベネズエラ、イラク、アフガニスタン、シリア内戦・・・いつもどこかで戦争していたんじゃないか?ある統計によれば、1776年の建国以来、91%の期間戦争しているそうだ。俺がアメリカ人ならうんざりだな。

それによって巨大な軍産複合体を潤わせ、国内の格差から目をそらし、さらには「有事のドル」というか、世界通貨ともいえる圧倒的な通貨の流動性を梃子にして、ドルの価値を上げていく。

これは壮大なマッチポンプではないですかい?

そう、自作自演ってやつだ。アメリカの王様のおかげでみんなが迷惑してるぜ。

いくつかのポイントに分けて整理してみよう。

1. 「有事のドル買い」のメカニズム

本来、紛争の当事国であれば通貨は売られるはずなんだけど、アメリカの場合は特殊なんだ。それには次のような理由がある。

①圧倒的な流動性

 世界で最も使われ、どこでも換金できる「基軸通貨」であるため、パニック時には誰もがとりあえずドルを手元に置こうとするわけだ。要はみんなが受け取ってくれるからってことだね。円は価値が低いから円では受け取りたくないね、ドル建てでビジネスねってことだね。

②地理的優位性

 ユーラシア大陸で紛争が起きても、北米大陸は物理的な戦火にさらされにくいという「逃避先」としての安心感があるのも間違いないだろう。(余談だが、∀ガンダムでは、舞台は遥か未来の北米大陸だったな。)

実際にアメリカ(待てよ、これにはカナダも中南米も包含されてしまうからUSAっていうべきか?)本土に攻撃されたことはまずない。第二次大戦中に日本が飛ばした風船爆弾による小規模な被害か、9.11のWTCへの旅客機突撃攻撃くらいしかない。

基本的に現代のアメリカ人にとって、戦争は世界のどこかよくわからんところで行われる、イマイチ現実感のない ものなのかもしれない。そう、ゲームみたいなもんだ。

2. 軍産複合体と経済のサイクル

アメリカの経済構造において軍事産業は巨大なパイを占めている。世界最大気の最大規模のアメリカ軍だけじゃなく。日本やEUの同盟国にも自分とこの規格の武器をじゃんじゃん売りまくってる。貿易交渉で、型落ちの余剰品を売りつける。親方日の丸ならぬ親方星条旗産業だ。

①需要の創出

せっかく作っても、世界が平和で皆が友好的だったら、そんなものは無用の長物だ。反対に 戦争や緊張状態が続けば、兵器の受注が増え、軍事技術への投資が加速する。

②格差と不満の転嫁

 国内に渦巻いている社会問題や経済格差から国民の目をそらすため、共通の「敵」を設定し、愛国心を煽る手法はアメリカに限らず人類の歴史の中で繰り返されてきた。

3. 「マッチポンプ」説の背景

アメリカが介入、あるいは引き金となった紛争の後に、結果としてドル高や米軍需産業の利益がもたらされる構図は確実に存在するだろう。

(アメリカとEUの代理戦争ともいうべき)ウクライナで戦争が長引けば、ジャベリンを作っている工場がフル稼働した。ひらたくいえばそんな話だ。君もよくよく新聞を読んでみるとわかるはずだ。

①通貨の覇権維持

 ご丁寧に石油取引をドル建てに縛る(ペトロダラー)など、軍事力を背景にドルの地位を守り、他国からの資本を吸い上げる仕組みもある。

②意図的なのか、結果的なのか

すべてが緻密な計画通りの「マッチポンプ」なのか、あるいは「世界の警察官」として介入せざるを得ない立場を利用しているのかについては議論が分かれるところだけれど、「混乱が起きるほど、最終的にドルと米軍事力が再評価される」という構造自体は否定できない。

そもそも、世界の警察官をやめたいって近年のアメリカの政権は党派を問わず言っているにも拘らず、自国の利益になると見れば、すぐに軍事行動を仕掛ける。アメリカファーストのトランプに至っては、国際法もへったくれもない。気に食わないとすぐ攻撃だ。

こんな無法は日本の感覚で言ったら、そんなことしたら一発で政権が瓦解だ。

アメリカの場合はむしろ、常にどこかでドンパチやっていないと政権が持たない、泳ぎ続けるマグロのような戦争機械国家だといえるんじゃないか。

結局のところ、アメリカが横車を押して世界が不安定になればなるほど、皮肉にもその不安の源(あるいは介入者)であるアメリカの通貨に頼らざるを得ないという、強固な矛盾の上に現在の金融システムは成り立っているといえるだろう。

それって、おかしくないか?

2026/03/25

POST#1799 雨の日は憂鬱な未来を考えて精神のデフレスパイラル!

名古屋 スパイラルタワー
雨が降り出した。せっかく暖かさを増した春の日差しを感じられないとは残念だ。気分が沈むぜ。物価はまた爆上がりしそうな予感がするけどね。

さて、気分が沈む時には、憂鬱なことを考えて、精神のデフレスパイラルを愉しもう。

今日のお題は、この国はこれから、みんな大好き維新の会+自民党の数を恃んだ政権運営で、ナショナリズムで擬装したリバタリアン国家になってゆくのかしらん?

日本維新の会と自民党(特に保守派・タカ派層)の接近をどう見るかは、政治学的な視点からも非常に興味深いんじゃないかな。

自分でいうのもなんだけれど、「ナショナリズムで擬装したリバタリアン国家」という表現は、現在の日本政治の一側面をかなり的確に突いているんじゃなかろうか。

この流れをざっくり整理してみるべ。

①「身を切る改革」と新自由主義

維新が掲げる「小さな政府」や規制緩和は、リバタリアニズム(自由至上主義)に近い性質を持っている。自民党内の競争重視派とも親和性が高く、福祉や公助を削り、自己責任論をベースにした国家像へと突き進んでいる側面があるわいな。

しかし、相も変わらず我が国の民の心の中には、天皇の赤子が住んでいる。天皇陛下を家父長とした国家という擬制の家制度にすっぽりと包まれている。その心性にリバタリアニズムはぴったりとフィットしない。そこで出てくるのがこれだね。

②ナショナリズムによる補完

リバタリアン的な政策(格差の拡大やセーフティネットの縮小)は、そのままでは大衆の支持を得にくいという弱点がある。そりゃ誰だって貧乏くじを引きたくはないんだもん。

そこで、「伝統」「愛国」「憲法改正」といったナショナリズム的な情緒を前面に出すことで、国民の結束を維持し、不満の矛先を外(あるいは特定のマイノリティ)へ向ける手法が取られることになるだろう。というか、もうなってるから安心して。

③「統治の効率化」という共通言語

両者に共通するのは、民主的なプロセスや手続きよりも「スピード感」や「決定できる政治」を重視する姿勢だ。要は「コスパ重視」「タイパ重視」という底の浅い『丁寧な議論』だ。

ここに含まれた強烈な皮肉、わかってもらえるかな?

これが、個人の自由を尊ぶ本来のリバタリアニズムとは裏腹に、国家権力を強化する方向へ向かう矛盾(オーソリタリアン・リバタリアニズム的な動き)を孕んでいるわけだ。

異なる方向のベクトルが統合されるみたいなイメージだね。

現状では、この2党の連立や協力が深まれば、経済は徹底した市場主義、効率主義を志向してゆくだろうし、その一方で社会道徳や安全保障政策は保守・ナショナリズムという、一見矛盾したハイブリッド型の国家を目指す動きが加速する可能性は高いんじゃないかな。

君はこういう「新自由主義と保守主義の合体」が、俺たち下々の一般市民の生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)にどう影響すると思うかい?

俺のこの先の世の中の展望は暗い。星もない夜の闇のように暗い。俺たち下々の市民は、構造的に抜け出せない円高、生活必需品の高騰、そして相も変わらずの逆進型の税負担によって、ますます困窮の度合いを深めていくことになるだろう。

しかも、社会システムに起因する困窮も、結局は自己責任によるものとされ、俺たちは生産性の低い人間の屑だと自分たちを情けなく思うことに相成るだろうさ。

つまり時代遅れのセイフティーネットはほころびだらけで、物価高は放置され、税金は取られ、富裕層や大企業、あるいは経済特区に降臨した外資に投入される。

こんな「新自由主義の極北」とも言える光景が、現実味を帯びて近づいてきている。きっと気が付いたときには、もうずっぽりとそのシステムにはまって身動きもとれない。

俺たちを待ち受ける「搾取のスパイラル」を予想してみようぜ。

①自己責任論の武器化

困窮を個人の努力不足にすり替えることで、本来国家が果たすべき「生存権の保障」を免責させ、セーフティネットの解体を正当化する論理だ。生活保護受給者はぶったたかれ、生活困窮者は努力しなかったから、勉強しなかったからと困窮するのが当たり前とされるわけだ。身の回りにもそんな目にあっている人はいないかい?

②富の「上」への再分配

物価高で実質賃金が目減りし、一般市民の購買力が奪われる一方で、その裏側にある増税分や社会保険料が、大盤振る舞いの軍事力増強や「経済特区」という名の大企業・外資への優遇策(補助金やインフラ整備)へと流し込まれる構図だ。

③ナショナリズムによる目隠し

生活が苦しくなればなるほど、「国益」や「外敵への脅威」を強調することで、市民の怒りを本来の敵(格差を生む政策)ではなく、外側の対象へとそらす機能が働くだろう。

外国人は排斥される、日本に救いを求めてきた難民は厄介者として強制送還される。仮想敵を生み出して、軍事力増強と憲法改変を正当化する機運を熟成する。もう、これは現実になっている。

かつて一億総中流と称賛されたこの国に、素敵な未来が待っているのさ。

これは「自由」を標榜しながらも、実際には「強者のみが自由に振る舞い、弱者は自己責任という名の鎖に繋がれる」国家の姿だ。特に外資や特区への傾倒は、かつての植民地経済に近い、国家の切り売り(アセット・リッピング)に近い性質さえ感じさせるんじゃないか。

幸いなるかな経済的に豊かな者。天国は汝らのものなりだ。

そのうち生麦事件みたいなことが起きないか楽しみだ。

とはいえ、精強で鳴らした薩摩隼人じゃなく、今の去勢された日本人じゃ無理だろうな。