俺はひそかに、この「18歳くらいでポンポン子供を産み、それなりに幸せそうに暮らしているヤンキー(マイルドヤンキー)の人たち」の存在こそが、実はお上やタワマンの知識人が立てた「経済的去勢のシステム」を根底からひっくり返す、生身の人間たちの最大の防衛線なんじゃないかって考えてる。
まぁ、自分を洗練された賢い存在だと思っている人は、単に彼らを
DQN🔗とか
B層🔗とか、土人だと考えているかもしれないがね。しかし、彼らの持つ何も考えていないんじゃないかという刹那的ともいうべき楽天性と、強靭な生命力こそ、日本列島という災害の多く厳しい階層構造を持っていた社会で、生き抜いてきたタフな人々の末裔だ。
彼らを「良き市民(つまり、良き納税者、あるいはシステムに従順な記号)」にどう回収していくか、という課題の裏には、近代社会の強烈な矛盾が隠されています。
まず、なぜ彼らは「去勢」されずに子供を産めるのか?
伝統的な経済理論や「おひとりさま論」の枠組みのなかでは、「お金がなければ結婚も子育てもできない。だからそれは諦めるべきだ、諦めてこの自立を混ざすことが正解だ」ということになるだろう。もっともだ。しかし、彼らはその「正論」の枠外で生きている。
大体、本屋なんかめったにないような農村地帯や工業地帯で彼らは生きている。最悪、そういったところで先輩後輩という属人的なつながりをどを頼って何らかの仕事にありつければ、なんとかなるだろうくらいに考えている。
もっと現実に即して言うなら、彼らは「脳(理念)」ではなく「身体(本能)」で生きているんだ。
彼らは「将来の教育費のシミュレーション」や「キャリアプラン」といった、お上が作った記号の計算に縛られちゃいない。
教育費?学校なんてとりあえず行っとけば近所のツレと遊べるから行く、くらいの感覚だ。そして、そんな環境の中で、学業という条件付けからオミットされた者たちが集団を形成し、その集団内で少年少女は急速に性的に早熟していく。
若者が、その思春期の性衝動を抑えることなく即行動に移すのは当然のことだ。ある意味健全なことだ。まぁ、俺自身もヤンキーではなかったが、若い頃は似たようなものだったからわかる。
彼らは「好きだから一緒にいる、子供ができたから育てる」という、圧倒的な身体性と生命力で動いている。で、その一方で、愛想が尽きたから別れる。実家に戻り、母系制の家族構造を形成してゆくというパターンをたどることになることもしばしばだ。
また、先にも少し触れたけど、彼らには独自の「セーフティネット」がある。都会の孤立した「おひとりさま」と違い、彼らの周りには地元の友人、親、親戚といった「地べたの共同体」が残っているんだ。お金はなくても、お互いに子供を預け合ったり、実家に身を寄せたりする「相互扶助(人類学的・民族学的な生存戦略)」がゆるく機能しているんだ。おかげさまで、お上の福祉制度に頼らずとも、シングルマザーになっても子供を育て上げることができるわけだ。
お上が考える「良き市民への回収」という傲慢
お上や知識人から見れば、彼らは「計画性がなく、学歴が低く、まともな労働市場(ホワイトカラー)に適応していない『問題のある存在』」に見えるかもしれないな。そのため、「教育を施し、洗練された『良き市民』に育成(回収)しなければならない」という発想に陥る傾向がある。しかし、ここに決定的な罠があるわけだ。
彼らを無理やりお上の言う「良き市民」のシステムに回収しようとすると、何が起きるか、考えてみよう。
まず挙げるべきは、生命力の去勢だ。
「もっと勉強して、いい大学に行って、まっとうな職に就きなさい。子供はそれからだ」と、都会的な価値観を押し付けた瞬間、彼らもまた「計算(リスクヘッジ)の呪い」にかかり、「おひとりさま」や「経済的去勢」の側へ引きずり込まれ、子供を産まなくなるだろう。
そして、もっと具合の悪いことに、そうしたからといって、割のいい仕事に就けるかどうか、誰にも分らないことだ。これは、新自由主義下のイギリスの労働党ブレア政権やアメリカ合衆国のクリントン政権が主張したことだ。
大学に行きなさい。学位を取りなさい。そうすれば、君の労働市場でも価値は上昇し、より良い生活を送ることができる。
しかし、現実はそううまくはいかなかったのは、その後の歴史を見れば明らかでしょう?
アメリカもイギリスも、挫折した人々はポピュリズムに走り、ブレクジットやドナルド・トランプ大統領を生み出したわけだ。
イギリスやアメリカで製造業が衰退したのは、こういった地べたのワーキングクラスが崩壊したからだ。
イギリスの労働者階級の不良少年が、熟練工へと成長し労働者階級の一員として社会に吸収されていく過程をリサーチした古典的名著ポール・ウィリス🔗の『ハマータウンの野郎ども🔗』が活写していたような、荒々しくも逞しい労働者の世界は、アメリカやイギリスにはもう見られない。それが、これらの国が工業生産力を大きく落とし、金融やITにその経済の命運を託すことになった遠因だ。 結果として、社会にとって具合の悪いことが起こった。インフラの担い手の消滅だ。
この社会を維持するのに欠かせない、「ゴミ回収、エレベーター点検、道路の維持」といった、社会をリアルに支える身体労働を担っているのは、まさにこうした地べたのバイタリティを持った若者やその成れの果てのおっさんたちだ。
彼らを全員を「記号を扱うホワイトカラー(良き市民)」に回収してしまえば、社会の物理的基盤はそれこそ瞬時に崩壊するだろう。俺が行っていることがわかるだろうか?そして、もしそうなったとしたら、日本の製造業もインフラも技術継承ができなくなり、デッドエンドだ。
また、都合が悪いことに、生易しい環境や、パワーのない指導では、彼らからその不良性はなかなか抜けない。厳しい労働環境と絶対的な人間関係の存在する職場で陶冶されることがなければ、容易に社会からドロップアウトしてしまう。水は低きに流れ、人は易きに流れるんだ。
じゃ、本当の「課題」はどこにあるのさ?
これは難しいけど、本当の課題は、彼らをシステムに「回収」することではなく、彼らの持つ「地べたの生命力」を、お上がその搾取システム(低賃金労働)によって食い潰さないようにすることにあると、俺は考える。
彼らは一見幸せそうに暮らしているが、その労働環境は「非正規雇用」や「過酷な肉体労働」であることが多く、お上がインフラ労働を買い叩いているせいで、常に経済的な困窮と隣り合わせだ。また、飲酒、喫煙、ギャンブル、放蕩など、彼らへの誘惑は多い。
俺が昔一緒に働いていた連中も、日雇いのような仕事で金を手にすると、すぐにキャバクラに行って散財してしまうやつがごろごろいた。そしてその金は、ヤンキーギャルの手に渡る。
ヘラクレイトスも言っていたぜ。『万物は流転する』と。
ちなみに、少し脱線するが、男の日雇い仕事と女の風俗嬢というのは、いずれも麻薬のような仕事だ。即金で金が入り、資本はいらない。そして、日雇いで得た流動性の高い金は、まさに金は天下の周りモノといった風情で、すぐに享楽的な消費へと流れていくことになる。
ヘラクレイトスも言っていたぜ。『万物は流転する』と。
だからこそ、ここで「まず労働者の賃金を上げること」が重要になってくる。
彼らに遊ぶ金を持たせろというのではないんだ。まぁ、遊んだところで個人の自由だけど。しかし、過酷な労働と不安定な家庭環境からの現実逃避としての、享楽的な支出を減らして、その生活を安定させるのは、まずは金銭的に十分なものを与える必要があるんだ。それはやりがい搾取でなく、金銭的なインセンティブという好子を与えることなんだ。
彼らを上から目線で「教育」するのではなく、彼らが担っている地べたの労働(インフラ維持など)に対して、お上が、或いは資本サイドが「まっとうな、労苦に見合った給料」を払うこと。それさえすれば、彼らは「ヤンキー的な生命力」を保ったまま、社会を物理的に支え、次の世代を育て続ける「最強の市民」であり続けるだろう。
何も、大学卒のホワイトカラーに押し込める必要なんて微塵もないんだ。
「女王蟻と働き蟻」の比喩で言えば、彼らは「お上の作った『働き蟻の去勢ルール』を、野生の本能と地元の絆でぶち破っている、規格外の人間たち」だ。
社会が完全にアリの巣化して滅びないための最後の希望が、実はこの「地べたのヤンキー的な身体性」にあるという皮肉。とはいえ、俺は彼らを必要以上にありがたがったり、賞賛するつもりもない。その奔放な生命力は往々にしてネグレクトを産み、精神的に成熟しないままに親になることによって生じるいら立ちを原因とする虐待とかは日常茶飯事だからね。
そして、そうやって育てられた子どもたちは、大人になったとき、周囲に大人のロールモデルがないために、往々にして、ネグレクトや虐待といった暴力が世代間をまたいで再生産されてく状況にある。