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| ハノイ。ハノイは漢字で河内と書くんだぜ |
土砂降りの雨だ。桜は雨に打たれ散っていく。残念なことだ。一滴もこぼすな松茸の露 桜も散れば見苦しいと、どこかの男子トイレの小便器の前に書いてあったのを思い出す。
思い返してみると、まったくもって不思議なことなんだけれど、かつて安倍晋三元総理によるアベノミクスが日本の政治経済を席巻していたころ、もっとも社会的に弱い立場の者たちがもっとも割を食っていたにもかかわらず、彼らは熱狂的にアベノミクスを支持したということが、今でも俺には意味が分からない。
謎だ。
『人間はしばしばじぶんの存在を圧殺するために、圧殺されることをしりながら、どうすることもできない必然にうながされてさまざまな負担をつくりだすことができる存在である。』という吉本隆明🔗の共同幻想論🔗の一節をおもいだし、嘆息してしまう。
そう、市井の人々の存在を圧殺するような、非常に皮肉で残酷な現象が起きたんだ。
本来、円安や物価高で最もダメージを受けるはずの層が、なぜ自分たちの首を絞めるような政策を熱狂的に支持したのか。今を生き抜くためにもう一度検証してみることにする。
そこには、巧妙な「心理的演出」と「見せかけの恩恵」があったんじゃないか。
1. 「期待感」という麻薬
アベノミクスが始まった2013年頃、日本は長く暗いデフレに沈んでいた。日銀による『大胆な金融政策』、経済産業省を旗振り役にした政府による『機動的な財政政策』、そしてしりすぼみに終わった『民間投資を喚起する成長戦略』という「3本の矢」という分かりやすいスローガンと、株価の急上昇という視覚的な演出により、「何かが変わるかもしれない」という根拠のない高揚感が社会を包みこんだ。
円の価値下落により実質賃金が下がっていても、「株価が上がっている=景気が良い」という報道を俺たち国民は信じ込まされた。そして、それは安倍政治の継承者たる高市政権によるサナエノミクスでも、まったく同じことが起こっている。気を付けるんだ、みんな。
2. 雇用者数の「数字マジック」
アベノミクスは「雇用を増やした」と胸を張りったが、その実態は非正規雇用の増大だった。「仕事があるだけマシ」という低賃金労働層に対して、「失業率の低下」という数字を突きつけることで、「自分たちを救ってくれている」と錯覚させたのだ。かつての日本型終身雇用は完全に崩壊していた。人々は必要な時に必要なだけジャストインタイムで調達される部品のように扱われたわけだ。これもいまでも続いている。最寄りの市役所や図書館に行ってみるがいい。おおくの人々が単年度の非正規雇用だ。建築現場の監督なども派遣会社から送り込まれている人ばかりで、決断力も統率力もない。
そして、竹中平蔵率いるパソナみたいな会社が大いに成長した。
3. 消去法的な支持(TINA: There Is No Alternative)
加えて「他に選択肢がない」という絶望感も利用された。
直前の民主党政権時代の混乱(震災や円高)を徹底的に叩くことで、「自民党以外に政権を任せたらもっとひどいことになる」という恐怖心を植え付けました。『悪夢のような民主党政権』という言葉が総理自身の口から何度も語られ、俺たちの脳裏に刷り込まれた。
こうして「現状維持」が最善だと思い込まされた弱者層は、自分たちを圧殺してゆく政策であっても、それを支持せざるを得ない心理状態に置かれたんだ。
4. ネット世論と「仮想敵」の創造
Dappi🔗などのツイッター(現X)アカウントを用いた巧みなSNS情報戦略により、不満の矛先を「政府の無策」ではなく、他国や「特定の反対勢力」などに向ける「敵を作る政治」が成功した。
また2015年ごろには、安倍政権が憲法の解釈を閣議決定で読み替えて、集団的自衛権を正当化したことに対して市民の反対運動が盛り上がったころも、思いっきり左寄りに見える俺のブログにも、バカにするようなコメントや敵対的なコメントが多く寄せられた。このころには、自民党のプロパガンダ、恐るべしだと肌身で感じたよ。
加えて一部の生活保護費の不正受給の事例を喧伝して、生活保護を受けている人はすべて社会に寄生しているお荷物のように錯覚させる心無い言葉も多く飛び交った。
生活保護は、憲法によって保障されたセイフティーネットであるにもかかわらずだ。人間はいつ何時、自分自身が不慮の事故や病気、災害などで生計を立てる方法を奪われたり、資産を失ったりする可能性がある。誰でもだ。その時に命をつなぎ、最低限の生活を維持するための社会制度なのにだ。
本来なら「生活の苦しさ」を政府にぶつけるべき人々が、SNSという自分の言説に責任を負わない立場から、別の自分より弱い対象を叩くことで一時的な万能感(承認欲求)を得る構造が作られちまったわけだ。
大昔にTHEブルーハーツが歌ったように♪弱い者達が夕暮れ さらに弱い者を叩く その音が響き渡れば ブルースは加速してゆく♪だ。まったくロックでもないぜ。
結論を言ってしまえば、情報の非対称性を利用した「収奪」だったんだ。
社会的に弱い立場の人々は、日々の生活に追われてる。もちろん俺もだ。そうすると複雑なマクロ経済(円の価値の目減りなど)を精査する余裕なんかない。てか、マクロ経済なんて知らんがな。
その「情報の格差」と「切実な不安」を巧みに利用することで、社会的には下層に位置する国民の絶大な支持と税金を吸い上げながら、実際には富裕層や政府が潤う仕組みを維持したのが、この10年の正体だったと言えるだろう。
まさに「羊が、自分を食べるオオカミを応援してしまった」ような状態だ。
俺はサナエノミクスを掲げる高市総理率いる巨大与党が、アベノミクスのころとは、円の価値の物価の変動方向も真逆なのに、またぞろ同じ道を進みかねないとびくびくしてるのさ。
何しろ、第二次大戦以来この国の人間は、失敗に学ぶ姿勢が欠如してるからな。

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