2026/10/03

POST#1973 親になることは簡単だ。しかし、親となることは難しいことさね

ベトナム阮朝の旧都フエ 観光客の歩かない庶民の住むエリアを歩く
毎日毎夜、睡眠時間と神経をすり減らし、椎間板をすり減らすような過酷な仕事が続いている。

なんども膝から崩れ落ちるような不具合に打ちのめされ、自分の仕事しか見えていない職方の意見を聞きつつ、是は是、非は非と判断を下し、言葉を尽くして説明し、納得させる。

その間にも、提出書類の期限は容赦なくやってくる。

質疑の答えは何時までたってもやってこない。

そして、昼間眠っているときにも容赦なくメールや電話はかかってくる。

ナーバスブレイクダウン🔗だ。ローリングストーンズの曲だ🔗。わかるかい?

そんな現場で働く兄弟の弟はまだ二十歳そこそこだというのに、一歳の息子がいる。その息子の母親とはとっくに離婚して、新しい彼女は妊娠中だ。それだけじゃなくて、15くらいの頃にガールフレンドを妊娠させて、その子どもは今5歳かそれくらいになってるんだと。

その職人さん自身が俺からすりゃ、自分の息子と大差ないんだけどな。驚くぜ。

これが、POST#1955🔗で前にも話をした、社会が二極化して、アンダークラスはなんも考えず子供を作り社会を再生産していく実例だ。そこでは往々にして、母親が一人で子育てをするパターンも生じる。父系制🔗や母系制🔗が、現実の抜き差しならない状況によって浮動する双系制🔗社会なんだ。

わかるかい?

先日、俺の家の近所の川島町🔗という町で、(そう、俺が生まれ育った地域から木曽川を渡ればすぐに行ける場所で、子どもの頃にはよく釣りに行ったな)25歳のアルバイトの父親が、夫婦げんかの末に、自分の一歳と4歳の子どもを集合住宅の六階から投げ落とした🔗。

母親の通報により待機していた警察官や消防隊員がマットを敷いていたために、子どもたちは命はとりとめた。父親は殺人未遂で現行犯逮捕された。

父親になることは簡単だ。

子どもだって、第二次性徴が始まり、生殖能力が備われば、簡単に父親になれる。

しかし、父親というのは母親のように自分の胎から子供をひねり出し、子どもが生まれる前から親としての現実を突き付けられることはない。

カマキリのように、交尾した途端にメスに食い殺されるオスもいる。

多くの生物は、オスは受精だけが仕事で、それが終わったら生きる必要性すらなくなってしまう。

クマのように、メスと交尾だけして後は一切関知しないオスも自然界にはたくさんいる。

しかし、人間は社会を作って生活する社会的な生物だ。

そしてその最小単位は、家族だ。エマニュエル・トッド🔗を引くまでもなく、人類の最もシンプルな家族構造は父、母、子という最小限の核家族だ。それは現代社会で主流の家族形態になっているが、人類学的に見れば、世界の辺境、もちろんイギリスも含まれる世界の辺境、フエゴ島🔗やアンダマン諸島🔗、アマゾンの奥地なんかに残っている家族形態だ。

それ以外の地域は、家族を連結し、父系や母系を軸とした共同体を形成したり、親族集団を形成して氏族へと拡大したり、親子が同居し資産や技術を継承したりしてきた。

それが、人間の社会というもんだ。

さて、その社会の中で、父親になることはたやすい。

しかし、父親となることは、たやすいことじゃない。

父親となるということは、単に種付けするのではなく、子どもを庇護し、そのわがままを受け入れ諭し、人生のロールモデルとして自らの子どもに対して自分の生き方を見せていかねばならない。

子どもが父親になることはできない。少子化の原因の一つにも、子どもは父親になれないという側面はあるだろう。一方で、何も考えず妊娠させる少年も、産み落とす少女もいる。

太古以来変わらない自然なライフサイクルだ。

俺は、ずっと自分に父親としてこどもに対する資格があるのか考えるに、まったくそう思えなかった。

カミさんの切望に応えて子供を授かったのは47歳の時だ。

同じ年で孫を授かった人もたくさんいる。俺は大人になるのに、普通の人間の二世代分かかったということかもしれない。

アリストテレス🔗は、平均寿命が50歳ころの古代ギリシャ世界で、男性が父親になる資質を備えるのは、35歳だと断言していた。それは現代では、いったい何歳のことだろうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿