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| 本日もベトナム阮朝の旧都フエ 庶民の皆様の暮らしの一齣 |
日曜日は休みだったが、ひたすら眠って終わるという悲しい有様だ。本を読んでいても、そのまま目を開けて脳が寝てしまう。人生が本末転倒だ。
そんなクソ忙しいときにも、町内会の班長の俺には、月に一度の市の広報の配布と町内会の回覧板を回すという仕事がやってくる。もちろん、カミさんはノータッチだ。
回覧板を回す際に、玄関先に真清田神社🔗の広報が置いてあった。付箋に『間に合わなかったら次回で結構です』と書かれている。タッチの差で間にあったな。俺は回覧板のバインダーにこいつをつけて、中身も見ずに隣の家の郵便受けに放り込んだ。
そして、先週の金曜日、こいつが町内を一周して帰ってきたようで、俺は夜勤から帰ってきてレンジで温めた飯を食いながら、何気なく読んでみた。
そこに書いてあることで、俺は吹出しそうになった。
真清田神社の宮司の辰さんという方が執筆しておいでなのだが、のっけからいきなり太字で『皇室の男系継承は伝統であり当然のことなり』と、署名付きででかでか書いてある。
こんな政治的にセンシティブな内容を、町内会の回覧板で回していいのか?
更に数行読み進めるだけで、驚くようなことが書いてある。
『長い歴史を有する我が国は、世界の中でも珍しく尊き國と言うことができます。』
わざわざ國と旧字体で書くところがはったりが効いているぜ。俺に言わせれば、歴史書に記されていないだけで、世界のどの国も、歴史があるのは当然だ。人類みな兄弟だ。
そしてこの冒頭に続く言葉で、思わずご飯を吹出すところだった。
『なんと三千年に及ぶ歴史を有し、王朝が変わらずに現在に至っております。世界広しと雖も我が国のみであり、敗戦までは大いに国柄を称えましたけれど、GHQの日本を貶める政策を未だに色濃く残して脱皮できないでいるので、日本の輝きは晴天のようにはならず、どんよりとした中での明るさという状況に陥っているのかも知れません。』(以上令和8年8月 真清田 第72号より抜粋)
三千年?!
俺のクソエロ親父が生まれた昭和15年、つまり1940年が皇紀2600年とされてるから、今年で2686年だ。ちなみに皇紀ってのは、伝説上の神武天皇が即位したとされる年だ。まてまて、俺の親父まだ400歳になってないよな。
しかし、神武天皇🔗から第九代の開化天皇までは欠史八代といわれて、名前しか伝わっていない。十代とされる崇神天皇🔗あたりからが、実在なんじゃないかとされている。確実に存在したとされてるのは雄略天皇🔗からだ。明確に皇統がたどれるのは、6世紀の継体天皇🔗からだよ。
1970年にクーデターで国を追われたエチオピアのハレイ・セラシエ皇帝🔗は、シバの女王🔗と、エルサレム王国の王ソロモン🔗との間の子で、3000年の歴史を有するといっていたっけな。良かったな、辰さん。エチオピアの王統が続いていたら、そんなにふかしまくった自慢もできなかったろうよ。
だから三千年は盛りすぎだ。
信教の自由はもちろんだけれど、いまだに天動説を信じてるみたいなことを言ってちゃあかんわ。
もとは真清田神社は中世から佐分氏🔗が代々社家を務めていた。世襲の宮司だ。
真清田神社からまっすぐ南に下った地蔵寺🔗にその墓所がある。
しかし、今の宮司の辰氏は、神社本庁から派遣されてきた宮司だ。
しかし、明治維新で社家の世襲が禁止され、国家神道🔗に撚りまとめられることによって、それぞれの神社の持つ固有の信仰は全国一律にマニュアル化され、一本化されていった。その名残が、明治以来の一宗教法人神社本庁🔗で、自民党の大旦那さんだ。今風に言えば、ロビー団体だ。日本の右派の最右翼で、日本会議🔗なんかともかかわりが深い。
今回の皇室典範改正だか改悪だかにもおおきな影響力を行使したことだろう。
この日本会議も、神社本庁も、名前はなんだか国の公的機関のように見えるが、日本会議はただの任意団体だ。つまり神社本庁も、消防庁とか警視庁なんかの官庁でも何でもなく、ただの宗教法人だってことだ。しかし、人々は官公庁だと誤解してしまうと、その言説に対して批判的な思考を働かせることなく、ひれ伏してしまう。思考停止だ。
それっぽい名前を付けて、人々に偽のオーソリティを植え付けてるんだ。要はハッキングだ。
そして、その偽りの正当性をかさに着て、皇統3000年なんて言う与太話を世間の皆様に吹き込んでいるんだ。
待てよ、この手法、世間の制度をハッキングするにはうまい手だな。俺の脳みそが高速回転する音が聞こえてきたぜ。それは明日のお楽しみだ。俺は今日も泥沼のような仕事にいくのさ。くそ!
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