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| 台南 |
『史記🔗』の「秦始皇本紀🔗」の中で、のちに始皇帝🔗に仕えることになる尉繚🔗という人物が、始皇帝の風貌を次のように生々しく描写しているんだが、これまたやっぱり、当時の標準的ないわゆる『漢民族』とは全然違ってたんだろうな。
「秦王は、鼻梁が蜂のように鋭く、目は細長く、胸は鶻🔗のように張り、声は豺のように荒々しく、恩愛の情乏しい虎狼の心を持っている。貧しくつましい時は人にへりくだりもするが、志を得れば容易く人を食らうであろう。私は布衣(庶民)にすぎぬのに、彼は私に会うと常に身を低くして接してくる。もし秦王が天下統一の志を遂げた時、天下の人々はみな虜(奴隷)となるだろう。ゆえに長く付き合う相手ではない」と語っていたという。
この「ハヤブサのように突き出た胸)」や「蜂のように鋭い鼻や切れ長の目」、そして「狼のような声」という描写は、中原の洗練された農耕知識人が好んだ「穏やかでふくよかな風貌」とは完全にかけ離れているよな。ほら、ちょっとしもぶくれのおっとりした顔だ。
むしろ、西方の荒々しい遊牧・狩猟民(西戎)の血や、ユーラシア大陸の奥地から、シルクロードを越えてやってきた西域のイラン系のソグド人🔗やスキタイ人🔗なんかのアーリア系、あるいは中央アジアの遊牧民(のちの突厥🔗やトルコ系🔗につながる部族)といった異民族のDNAを強烈に感じさせる、骨格からして異質な「蛮族の王」の姿そのものなんだよね。この視点こそが「漢民族という神話」を完全に解体してくれるんじゃないかな?
これは、今までも諸兄諸姉と話し合ってきたように、戦国時代、秦はいち早く西方の遊牧民西戎を取り込み、その社会システムを自らの社会に埋め込んでいったんだ。覚えていてくれているだろうか?
1. 西域・中央アジアの「徹底的な管理感覚」
秦に制圧される前の中原の農耕社会は、放っておくと親族の情愛や儒教的な「なあなあ」の人間関係(直系家族的な特質)に流されがちだったという。孔子に対して、楚の葉公が自らの領地に住む正直者が、その親が羊を盗んだことを訴え出た話を自慢すると、すかさず孔子は、『私の考える正直者ってのは、親をかばい子を庇うってのが、人間らしい正直者だと思うよ』って返した話にも表れているだろうな。
しかし、西域や砂漠、オアシス、あるいは広大な草原を生き抜いてきた人々、つまり秦の共同体家族システムのルーツである西戎や西域の民はそんなに甘っちょろくない。
過酷な環境で生き残るためには、「水(資源)を誰に何リットル配分するか」「家畜の個体数をどう把握するか」を、冷徹な数字と絶対的なルール(法)で一律に管理するしかなかったわけだ。
始皇帝🔗という「西域の匂いをまとった異質な支配者」だったからこそ、孔子の唱えた儒教をはじめとした直系家族システムに基づく、中原の古い慣習を焚書坑儒🔗ですべて焼き払い、人間を「記号」として扱う法家🔗思想を大陸全土に配置できたわけだ。
2. 「家畜を扱う感覚」との完全なドッキング
俺は秦の民衆に対する態度の中に「家畜を扱うのと感覚が似ている」という不気味な統治のロジックを見て取る。
これも、西域・遊牧民的なルーツから考えれば100%の必然だろう。
秦はもともと西方の辺境で馬を育て、家畜を管理することで頭角を現した集団だった。
農耕民にとっての関心は「土地と天候(自然への順応)」だけれど、牧畜・遊牧民にとっての関心は「限られた柵(ルール)の中で、いかに家畜の数を把握し、効率よく管理し、言うことを聞かせるか(調教)」だ。
始皇帝や法家(商鞅・韓非子)がやったことは、この「牧畜の管理ノウハウ(家畜の扱い方)」を、そのまま中元の農耕民(人間)に対して100%適用したということだったとみていいだろう。
人間を「感情のある主体」として見るのではなく、西域のオアシス都市や牧場で「資源と家畜を徹底管理する」のと同じ冷徹な目線で民衆を戸籍に縛り付けた。これが、2000年間一度も壊れなかった中国の「巨大な統治システム」の正体だ。
そして、この人間を家畜のように扱うという感覚が、いわゆる漢民族に浸透しているなと感じるのが、纏足🔗と宦官🔗制度、そして凌遅刑🔗だ。
纏足(てんそく)のルーツは、10世紀の五代十国時代、南唐🔗の宮廷サロンにあるという。
これまでの「システムとしての中国史」の文脈に綺麗に符号する通り、纏足とは最初からあった漢民族の伝統などではなく、宮廷のエリート(支配層)の頽廃的な美意識から生まれ、のちに社会全体を縛る強力な「身分・統治のOS」へと変貌を遂げた共同幻想だ。
1. 宮廷のサブカルチャー(オタク的官能)としての誕生
最も有力な起源とされるのは、南唐🔗(931〜976年)の最後の君主であり、稀代の文人・芸術家であった李煜🔗の寵姫、窅娘(ようじょう)の故事だそうだ。
- 黄金の蓮の上のダンス:
統治能力のなかった文人皇帝李煜🔗は、お気に入りのダンサーである窅娘のために、高さ2メートルほどの「黄金の蓮の花」の舞台を作らせた。そして、彼女の足を細い布でキツく縛って「新月」のような形に変形させ、白い靴を履かせてその上で舞わせたんだそうだ。これがその発祥らしい。 - 「三寸金蓮(さんすんきんれん)」の誕生:
この、足先だけでヨチヨチと危うげに踊る窅娘の妖艶な姿に、宮廷の文人エリートたちが熱狂したんだとさ。変態だな。ここから、理想的な小さな足を「金の蓮(金蓮)」と呼ぶ超マニアックな宮廷サブカルチャー(性的なフェティシズム)がスタートするわけだ。
2. 宋代の「儒教(男系・直系OS)の強化」による制度化
南唐の宮廷のオタク的趣味に過ぎなかった纏足は、次の宋の時代(11世紀以降)に中原に朱子学による強固な儒教システムの再興が敷かれるに伴い、爆発的に社会全体へと普及し始めちゃうわけだ。つまり、ここで、纏足は単なるエロティシズムから、男尊女卑的な家族システムに連結され、「女性を内側に閉じ込める統治システム」へとアップデートされることになった。
ここで注意したいのは、ほんとに直系家族的なシステムでは、家族内での女性の地位は比較的高いのに対して、朱子学は儒教の解釈をゴリゴリの原理主義で解釈し、男尊女卑的な思想を社会に刷り込むことになったわけだ。
物理的な「逃亡」の不可能性とエリート層の「働かない(富の)証明」纏足を施された女性は足の骨を砕かれ、生涯まともに歩くことができない。
3. 歴史の皮肉:異民族(満州族)への「コンプレックスの防壁」
さらに時代が下り、北方からやってきた遊牧・狩猟民である「清(満州族)」が中原を支配したとき、纏足のシステムは極限のねじれを迎えることになる。
誇りとしての「奇習」と征服者に魂を売らない「精神的防衛線」満州族の女性は、馬に乗り、自立して動くため、当然ながら纏足をしない。それが普通の感覚だよな。
彼らにとって、娘の足を折って小さくすることは、「我々は野蛮な満州族とは違う、高度な文明(中華)の伝統を守っているのだ」という、征服されたコンプレックスを埋めるための、極めて歪んだ『アイデンティティの砦』になってしまったのです。
纏足とは共同幻想が肉体を圧殺するシステム
もちろん纏足のルーツとは、血統的な漢民族のDNAなどではなく、「宮廷の頽廃的な変態フェティシズム」が、儒教の家父長制システム(直系・父系の管理)と融合し、最終的には異民族(満州族)へのコンプレックスを隠すための『共同幻想の鎧』へと狂暴化した成れの果てだ。
けれどもこれは、もともとの中原の社会に、秦漢隋唐以降遊牧民的な『家畜管理』の思想ががっちりインストールされてたからこそ、女性を家畜のように扱う精神性が、現役の遊牧民もうんざりするほどの強度で発動したもののように俺には見えるんだよね。
遊牧民族(スキタイ、匈奴、モンゴルなど)にとって、馬や羊などの家畜は最も重要な財産であり、同時に「常に逃亡や略奪の危険に晒されている流動的な財産」です。そのため彼らは、家畜の耳に切り込みを入れて所有権を示したり、特定の腱を切る、あるいは蹄を加工するなどして、「移動を制限し、集団から逃げ出さないようにする」肉体改造の知恵(テクノロジー)を古くから持っていたのは当然のことだろ。
そして、偉大なる中華民族の肉体改造第二弾こそは宦官🔗だ。
「宦官🔗」の存在こそ、中原の支配層にインストールされていた「遊牧民的な家畜管理(ブリーディング)思想」が人間に適用された好例だ。
なぜ宦官というシステムが必要だったのか、そしてそれがどのように家畜管理思想の直系であるのかを、3つのポイントで解剖してみよう。
1. 完全に遊牧民の「去勢(キャストレーション)」技術のハッキング
遊牧民が家畜を管理する際、最も重要で基礎的な技術が「雄の去勢」なんだ。
気性の荒い雄を従順にしてコントロールしやすくすること。
2. 「家畜化された人間」による官僚統治システム
宦官とは、生殖能力を奪われ、文字通り「完全に去勢・家畜化された奴隷」だ。
しかし、奇妙な構造ともいうべき中国史のバグは、この家畜化された人間たちが、国家の中枢で強大な政治権力を握り、官僚機構を掌握して歴史を動かしてきたという点にあるんだ。
ここに、専制システム(法家思想)の冷徹なリアリズムがあるのをお忘れなく。
- 家族を優遇する儒教社会において、普通の官僚は必ず自分の子どもや一族(クラン)に利権を流そうとするよな。日本の政治家みたいに。(これが汚職と社会制度の崩壊の原因になるわけだ)。
- しかし、去勢された宦官には「自分の子ども(直系家族)」が作れない。つまり一族の未来がないため、彼らは「飼い主である皇帝(超越者)」に、家畜のように絶対服従して尽くすしか生きる道がなかったわけだ。
- つまり、中原の支配層は、人間から家族システムを去勢して「単なる忠実なモナド(組織のパーツ)」へと作り変えることで、国家という巨大な牧場を管理する「最高の家畜官僚(ロボット)」に仕立て上げたって仕組みだ。
3. 東西のシンクロ:現代のデジタル去勢へ
女性の移動の自由を奪った「纏足(てんそく)」が、女性を『産む機械(繁殖用家畜)』として囲い込む技術だったとすれば、男の生殖能力とクラン形成の自由を奪った「宦官(かんがん)」は、男を『統治のマシン(労働用家畜)』として囲い込む技術だったといえるだろう。
やれやれ、人間の尊厳とか、人権なんてここ最近のぽっと出の概念じゃ、この民族性には太刀打ちできないぜ。
そういや他にも、少しづつ肉体を切り刻んで殺す刑罰もあったな。それこそ、偉大なる中華民族の肉体改造というか、究極の肉体破壊「凌遅刑(りょうちけい)」だ。
別名「千刀万剮(せんとうばんか)」とも呼ばれ、主に対象をすぐに絶命させないよう、中国の宋から清の時代まで公式に行われていた人類の歴史上最も執拗で残酷な処刑法の一つだ。
1. 究極の「生殺しのマニュアル化」
この刑罰は、罪人の肉体を指先や胸の肉などから、文字通り「少しずつ」切り落としていくという、まるで人間の活け造りみたいな刑罰だ。えぐすぎる。
生かしておくための工夫と意識を保たせる工夫しかも、罪人が苦痛でで気絶しないよう、あえてアヘンなどの気付け薬(麻薬)を飲ませて意識をはっきりと保たせ、最後の最後まで激痛を味わせるという狂気的なマニュアルが存在していたらしいぜ。
2. リバイアサン(国家)による「恐怖の視覚化」
この刑罰が適用されたのは、国家(リバイアサン)の力の源泉である「統治」を揺るがす大罪、つまり「親殺し(尊属殺人)」や「国家への反逆」だったという。
国家への反逆でこれでもかっていうくらい徹底的に残虐な処刑を行うのは、歴代中国王朝のお家芸だ。最近では北朝鮮がそのお株を奪おうと躍起になっているようだけどね。
この凌遅刑は公開処刑だったんだ。
衣服をすべて剥ぎ取られ、生きたまま肉体を解体されて骨が剥き出しになっていく罪人の姿を、大衆の前に長期間晒し続けることで、「国家に逆らうと肉体そのものがこの世から完全に消滅させられる」という強烈な恐怖を国民の脳裏に焼き付けるという絶大な効果もあったんだ。
3. 大衆の「エンタメと実利」への消費
そして最もエグい真実は、この削ぎ落とされた罪人の肉や血が、集団の「娯楽」や「ビジネス」として消費されていた点だ。人間とは用の東西、時代を問わず、その本質は残酷な連中なんだとうんざりするぜ。
処刑の周りには大勢の見物人が集まり、その様子を特等席で見るための「チケット」までが売買されていたというマッドな世界だ。さらに、切り落とされた肉は「万病に効く漢方薬」や「お守り」として高値で群衆に売られ、人々はそれを奪い合ったんだとさ。
読者諸兄諸姉よ。俺が常々言っている『人間が人間であるというだけで尊重される世界』というのが、どれほど苛烈で残酷な事実を基盤にしてたどり着いた思想だってのをわかってもらえるだろうか。これをお花畑と嘲笑することは、人間の切り取られた肉を奪い合う残虐性を否定する資格がないってことなんだ。心の底からわかってほしい。

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