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| 台北・剥皮寮 |
さて、何度かこの一連の中国の民主化しない原因を探るシリーズで紹介してきた、ニューヨーク大学教授のデイヴィッド・スタサヴェージ🔗の著書『民主主義の人類史🔗』の指摘通り、古代中国は「中央集権的な官僚機構」=専制政治体制が早期に完成したため、支配者が民衆の同意を必要としない「オートクラシー(専制)」が定着したがために、民主主義の芽が摘まれる結果となったといえるだろう。これはこの非常に有益な書物の極めて核心的な論点なんだ。
- 中央政府の統治能力、つまり官僚制や徴税システムが弱いこと
- 統治者が人々の生産活動や資産の情報を把握するテクノロジー、つまりは文字や測量などを持たないこと
民衆の合意(consent)を必要としない専制政治🔗(オートクラシー)の土壌が早期に完成したため、相談の場としての議会や、民主主義的な芽が育つ前にその可能性が代替されてしまったのだ。中国はその代りに、法家🔗思想による統治や、隋🔗・唐🔗代から整備された科挙🔗制度という国家公務員試験を整備することで、高度に階層化された官僚制🔗を具えた専制国家を完成させていったんだ。
3. ヨーロッパ:後進性と国家の弱さがもたらした逆転
この「国家の弱さ」ゆえに生まれた合意形成の仕組み(初期デモクラシー)が長い時間をかけて制度化され、のちにイギリスやアメリカで「近代デモクラシー🔗」へと進化していく基盤となったんだ。
それは核家族を基本とする家族システムで、子どもが成人すれば、他所に出ていき、また新たな核家族を作り、遺産の相続は恣意的という社会的な柔軟性を持つ家族形態だったってことだ。
古代中国とヨーロッパの対比、およびそのメカニズムの要点をまとめてみよう!
1. 中国:早熟な官僚制と情報統制
2. ヨーロッパ:後進性と国家の弱さ
結果的に、この「後進性=国家の弱さ」が、後に議会制や近代デモクラシーを発展させる基盤、すなわち初期デモクラシーの生存空間という余白を残していたんだ。
3. 本書が提示するマトリクス
スタサヴェージの理論は、以下の2つの条件によって政治体制が決定されると要約できる。
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条件 |
支配者の情報収集・徴税能力が「強い」 |
支配者の情報収集・徴税能力が「弱い」 |
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社会(民衆)の移動性・自立性が「低い」 |
中国(オートクラシーの確立) |
ヨーロッパ(合議や議会が必要になる) |
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社会(民衆)の移動性・自立性が「高い」 |
支配から逃亡される(ゾミア🔗) |
初期デモクラシー(ネイティブアメリカン等) |
古代から続く超早熟な専制の歴史は、今日の中国人の精神性や社会意識にきわめて強力な影響を与えているといえるだろう。
歴史社会学や政治心理学の視点から見ると、数千年にわたり「国家インフラが社会を圧倒してきた歴史」は、人々の生存戦略や統治に対する独自のリアリズム(冷徹な現実主義)を形作っている。
その精神性の特徴は以下の4点に集約されるだろう。こうして列記すれば、その特異な社会への心性、いうなれば『共同幻想』の持ちようがわかるというものだろう。
1. 「一君万民」のリアリズム(強力な中央権力への信奉)
中国の歴史において、強力な中央権力が崩壊した時代(魏晋南北朝、五代十国、清末民初など)は、常に凄惨な戦乱と果てしない飢餓をもたらした。このため、人々は生存戦略として、秩序=善、混乱(動乱)=最悪の悪という共通認識を持つに至ったんだ。
それはつまり、「たとえ専制であっても、強力な政府が秩序と経済成長を維持する方が、不安定な多党制デモクラシーより優れている」という「Responsive Authoritarianism(応答的権威主義)」を肯定する心理的土壌となっているんだ。2. 「対抗」ではなく「順応・逃避」の生存戦略
西欧では、王の徴税能力が弱かったため、貴族や市民が「議会」を作って国家と対抗・交渉した。これが結果的に現代の代表制民主主義システムへと結実しているんだ。しかし、最初から国家が圧倒的に強かった中国では、正面から抗うのはまったく合理的ではなかった。そんなことした途端に、首が胴体と離れることになるからね。
そのため民衆は「いかに国家の網の目をすり抜けて生き抜くか」という面従腹背(表向きは従い、裏では賢く立ち回る)の知恵を発達させたわけだ。余計なことを言ってぶっ殺されるより、システムに順応して『賢く』立ち回ることを良しとするわけだ。有名な諺「山高皇帝遠(山は高く、皇帝は遠し)」が示すように、政治を変革するのではなく、権力から心理的・地理的に距離を置く精神性が根付いているんだ。
3. 法治(Rule of Law)ではなく「礼治・人治」
西欧の民主主義は「法によって権力を縛る」という前提を持っている。日本の右派の皆さんや自民党の皆さんが変えたがっている憲法🔗がまさにそれだ。国家権力につけられた首輪なんだ。しかし、中国では伝統的に「法(法家思想)」とは上が下を統制するための道具(Rule by Law)だった。平たく言えば、人民につけられた首輪なんだ。
そのため、人々は公的なシステムや法律を100%信用しない。代わりに、身内や信頼できる人間関係のネットワーク(「関係:グアンシ」)や、儒教的な道徳観(礼治)を信じる極めて強固な公私分離の精神が育まれたんだ。
4. 現代の「スマート権威主義」との親和性
スタサヴェージが描いた古代の官僚制(テクノロジー)は、現代においてAI、顔認証、ビッグデータを用いた「デジタル監視社会🔗」へとシームレスに進化した。
ジョージ・オーウェル🔗の1984🔗の世界だ。
多くの中国人にとって、国家が高度な技術で社会を把握・管理することは、歴史的に見ても「奇異なこと」ではなく、むしろ国家として当然の機能(王朝の正統性)と受け止められやすい側面がある。その社会では、個人の権利と尊厳を主張することの方が、奇異なことなんだ。
国家によって「高い利便性と経済成長(スマート権威主義🔗)」が提供される限り、政治的自由の制限を一定程度受け入れるという現代のメンタリティは、まさに古代からの統治モデルの延長線上にあるといえるだろう。このように、今日の中国人の精神性は「民主主義を知らない遅れたもの」なのではなく、「あまりに強大な国家と数千年間対峙し、生き抜くために最適化された、極めて合理的でタフな現実主義」であると言えるんだ。けっして民度が低いとかそんなんじゃない。その苛烈な社会に最適化された人々だという事なんだ。
こうして東洋的デスボスディズムの完成したんだ。
周代までの「直系家族(長子相続的・権威主義的)」の構造が、戦国時代から秦漢代にかけて、匈奴をはじめとする北方遊牧民族との激しい接触(および彼らの「兄弟平等」の論理の浸透)や国家の解体・再編を経て、より強固な「共同体家族(諸子均分相続・強権的親子関係)」へと変質・完成を遂げたという俺の仮説は、近年の歴史人口学の知見(特にトッドの分析)からも非常に強力に裏付けられ得るだろう。
この「東洋的デスポティズム」と「家族制度の変質(共同体家族化)」がどのように結合し、中国の専制体制をさらに磐石なものにしたのか、そのダイナミズムをおさらいして見てみよう。
1. 家族構造のシフト:周代の「直系」から秦漢の「共同体」へ
人類学的に見て、周代までの中国(中原)は、長男が家系と祭祀を独占的に継承する「直系家族(権威主義的家族)」が基本でした。儒教の「礼」が長子の優位や父系の序列を極端に強調するのは、この時代の名残だな。
しかし、戦国時代から秦代にかけて、この構造が劇的に壊されるのは、今まで君たちと語り合ってきたとおりだ。
秦の始哀帝・商鞅の変法と兄弟の平等化2. 匈奴など「騎馬民族(遊牧民)」との混交による増幅
秦の穆公や趙の武霊王を嚆矢とした戦国時代から五胡十六国時代、そして魏晋南北朝時代にかけての「北方遊牧民族との接触・融和」は、この共同体家族化を決定づけるブースター(加速器)となっただろう。秦滅亡後のプロセスについては、また掘り下げよう。
遊牧民の均分・末子相続的メンタリティ「漢民族の遊牧化」と「遊牧民の漢化」
3. 東洋的デスポティズムと共同体家族の「完璧なマリアージュ」
エマニュエル・トッドの理論が証明しているように、「共同体家族」という家族制度は、政治的には「共産主義」や「過酷な全体主義(専制)」と驚くほど高い親和性を持っている。
なぜって、共同体家族の内部で育った人間は、幼少期から以下にあげる2つの価値観を無意識に内面化するからです。
- 「親(権力者)の権威は絶対であり、逆らえない」(自由の否定)
- 「兄弟(民衆)は全員平等であり、突出した個人の存在は許されない」(平等の徹底)
西欧や日本のような「直系家族」社会では、長男が家を継ぐため、次男以下とは扱いが異なるんだ。すると次男以下は外に出て「個人の自由」を求めたり、違う職業を始めたりする余地がある。また、長男とそれ以外を差別するために、社会に「多様な階層(貴族・武士・職人)」が生まれやすくもなるんだ。社会が階層化しやすいんだ。
しかし、中国の「共同体家族」は、すべての息子が一族のなかに留まり、均等に分割された土地を耕し続けるんだ。これは国家から見れば、「突出した貴族階級が生まれにくく、平準化された従順な農民(一君万民)を一括管理しやすい」という、専制統治(デスポティズム)にとって最高に都合の良い社会基盤を意味していたということができるだろうな。
このように、デイヴィッド・スタサヴェージが指摘した「早熟な官僚制(国家インフラの完成)」という上部構造に、戦国〜秦漢・南北朝期にかけて完成した「遊牧民のDNAを吸収した共同体家族制度」という強力な下部構造(社会のセーフティネット兼統制単位)がドッキングしたことによって、中国の「東洋的デスポティズム」は他国に類を見ないほど強固で、王朝が何度交代しても壊れない不滅のシステムとして完成したと言えるだろう。
この「国家(全体主義)」と「家族(共同体)」が完全に補完し合う構造は、毛沢東の共産主義革命、そして現在の習近平体制におけるデジタル全体主義(国家を巨大な『家』とみなす擬似的な家父長制)へと言い知れぬ説得力をもって継承されいるんだ。
経済的なテイクオフをしたからといって、一朝一夕に変わるものじゃないってことが、わかってもらえただろうか。

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