2015/04/27

Post #1482

Bhaktapur,Nepal
ネパールの古都、バクタプルはダッタタラヤ寺院そばの小さな雑貨屋の看板娘。
日本でいえば、女子高生くらいか。
いつも店番をしながら勉強していた。
俺は彼女から50ルピーで使い捨てライターを買ったんだが、素敵な笑顔だった。
そんライターは、カトマンズの空港で、俺のことを怪しんだ警備の軍人に取り上げられてしまったがね。
彼女は、無事だっただろうか?多くの人たち、すれ違っただけの人たちも含めて、無事であってほしいと願わずにいられない。

読者諸君、失礼する。どこに行っても怪しまれる俺なのさ。

2015/04/26

Post #1481

Bhodhanath,Nepal
ネパールで大地震で、死者1,500人だという。
ただでさえ、インフラの不充分なところだ。
現地の知り合いからは、大きな余震が続いていると伝えられている。
国際的な援助が求められていると思う。
ニッポンのお偉いさんたちには、こういうときに、日本人の力を見せるように決断してもらいていぜ。

ネパールの聖地、ボダナート。
そのすぐ裏通りでは、年端もいかぬ子供たちが、現金をかけて賭博をしていた。
それが良いことなのか、悪いことなのか、俺にはなんとも言いかねるな。

世界は、俺たちの島国仕様の常識では測れない。
そんなもんさ。

読者諸君、失礼する。世界を見て、触れて、まずは受け入れ受け止めること。判断するのはそれからだ。

2015/04/25

Post #1480

Nepal
今日もまた旅の途中さ。世知辛い日本で頑張る諸君のために、写真をお送りしよう。

ネパールの山々を縫うようにして延びるハイウェイを、砂塵を巻き上げて走る長距離バスの窓から、ほんの一瞬目にした少年たち。
兄弟だろうか?友人だろうか?
獣道のような小道を辿り、何処に行くのだろうか?


俺は、いつも自分の写真について考える。
あるいはまた、自分の文章について考える。

俺の写真が、そしてこの下らない駄文が、君にささやかな驚きや歓びをもたらすことができるだろうかと。
見たことのない世界に暮らす人々のことについて思いを馳せる契機になりうるだろうかと。
君が悩んだりしているときに、違う視点でものを考えてみる契機になりうるだろうかと。
君が何らかの理由で悲しんでいるときに、元気づけることができるだろうかと。
そして君が、見たことのない世界や俺たちの生きているこの社会、そしてかけがえのない各々の人生のあり方について、もう少し踏み込んで考えてみるきっかけになりうるだろうかと。

大それた願いかもしれない。
けど、自分のギリギリのところで、そう願わずにはいられない。

写真の価値というのは、そう言った思いとは、何ら関わりはない。
いいものはイイし、ダメなものはダメなのは言うまでもない。
難しい言葉はいらない。
君がイイ写真だなと思えば、それはイイ写真なのさ。
君がつまらない写真だと思えば、それはダメな写真なんだ。
写真なんて、それしかない。
誰しもが批評家になる必要はないだろう?
それはあたりまえのことなんだけど、それでもなお、俺は自分のこの営みが、君に何かを無形のものを贈ることができたならと願っている。
もちろん、なんら見返りなんか望んじゃいないけどね。

それができないなら、単なる自己満足だ。
サルのせんずりだ。
阿呆らしいからとっととやめたほうがイイだろう。お互い時間の無駄って奴だ。

読者諸君、失礼する。ごきげんよう。