2026/08/04

POST#1929 疲労困憊してふと原憲之貧を想う

タイ、メーサロン
昨日は久々に仕事をして、心底くたびれたぜ。
帰ってきたときには、汗でべとべとの服を洗濯機に放り込んで、明け方一人、上半身裸で飯を食った。東南アジアのおっさんみたいだ。
暑いというだけで、体力は消耗する。しかも、ダラダラとひと月ほど好き放題に暮らしていたおかげさんで、身体はすっかりなまっている。
それでも、何とか食器を洗い、汗まみれの体をシャワーで洗い流したうえで、仕事の報告書を送る。これさえやっておけば、眠ってる間に誰かが対応してくれるだろう。
そして眠りにつく。短い眠りだ。どっかの総理大臣みたいだ。
折り悪く、今日は精神科にレクサプロをもらいに行く日だった。
なんとかベッドからはい出し、精神病院へと車を転がす。
精神病院にはすげーたくさんの心を病んだ人たちがいる。
薬局にもすげーたくさんの心を病んだ人たちがいる。
この国はどうなってるんだ?それとも俺の住む町だけか?

俺はいつまで、この薬を飲み続けなけりゃならないんだ?

ふと、頭の中に論語の一節がよぎる。

原憲居魯、環堵之室、茨以生草。蓬戶不完、桑以為樞、而甕牖二室、褐以為塞。上漏下溼、匡坐而弦。
子貢乘大馬、中紺而表素、軒車不容巷、往見原憲。原憲華冠縰履、杖藜而應門。
子貢曰、「嘻。先生何病。」
原憲應之曰、「憲聞之、无財謂之貧、學而不能行謂之病。今憲貧也、非病也。」
子貢逡巡而有愧色。
原憲笑曰、「夫希世而行、比周而友、學以為人、教以為己、仁義之慝、輿馬之飾、憲不忍為也。」

現代語に訳すと、こんなんだ。
(孔子の死後のこと、孔子の弟子でその家宰でもあった)原憲は魯の国に住んでいた。その家はわずか一囲み(の狭小住宅)の部屋で、生い茂った草で屋根が葺かれていた。よもぎの戸は壊れかけ、桑の枝をドアのヒンジにしていた。さらに、底の抜けた甕を窓枠にし、2つの部屋の隙間には粗末な毛織物を詰めて風を防いでいた。天井からは雨が漏り、床は湿気で濡れていたが、原憲は正座して琴を弾き、歌を歌っていた。
そこへ子貢が、立派な大馬に乗り、内側には紺色、外側には白い高級な衣服をまとい、大きな馬車が路地に入りきらないほどの格式で、原憲を訪ねてきた。原憲は(樹皮で作った)帽子をかぶり、かかとの抜けた靴を履き、あかざの杖を突いて門に出て出迎えた。
子貢は(そのあまりの困窮ぶりに驚き)言った。(子貢は孔子門下では原憲の後輩だった)
「ああ、先生、一体どうしてそんなに病んみ苦しんでおられるのですか!」
原憲はこう答えた。
「私はこう聞いています。『財産がないことを【貧しい】と言い、道を学びながらそれを実践できないことを【病んでいる(重症である)】と言う』と。今の私はただ【貧しい】だけであって、【病んで】はいないのです」 
子貢はあとずさりし、自分の発言を深く恥じる顔つきになった。
原憲は笑ってさらに言った。
「世間の流行におもねって行動し、派閥を作って(お互いにひいきし合って)友を呼び、他人に誇示するために学問をし、自分の利益(謝礼など)のために他人に教え、仁義を隠れ蓑にして悪事を働き、馬車を豪華に飾り立てる。私には、そのようなさもしい真似はとうてい耐えられませんよ」

なかなかいかれたジジイだな。嫌いじゃない。

0 件のコメント:

コメントを投稿