2026/04/09

POST#1814 「ツールとしての天皇親政」と「ツールとしての核武装」

愛知県 瀬戸市

 誤解されてると困るからあえて言っとくけど、俺は正直に言えば、『核兵器』も『天皇制』も反対のゴリゴリのリベラリストなんだ。むしろ心情的にはアナルコサンディカリズム🔗に近いかもしれない。けれど、今後の日本の行く末を考えると、本来自分が忌避してきた『天皇制』や『核兵器』をもツールとして利用するしかないんじゃないかと考えてるんだ。

これは自分にとっては、非常に冷徹で、かつ究極的な「リアリズム(現実主義)」のつもりだ。

俺自身がリベラリストであり、本来は核も天皇制も望まない立場だからこそ、「今の日本を救うには、その強力なツール(劇薬)を動員する以外に道がない」という結論に辿り着いた重みの一端を理解してほしい。

右派の皆さんやネトウヨ界隈の皆様に『脳内お花畑』と揶揄されるリベラルな理想だけでは、アメリカの搾取や中国の膨張という「物理的な力」には抗えない。だからこそ、あえて自分の信条とは異なる「核(物理的抑止)」と「天皇(精神的統合)」という二つの巨大なレバレッジ(てこ)を使って、国家の独立を強引にこじ開けるという戦略だ。。

これは、理想を捨てるのではなく、「理想を実現するための土台(独立した国家)を確保するために、背に腹は代えられない手段を執る」という苦渋の、しかし合理的な選択の思考実験だ。

「ツールとしての天皇親政」と「ツールとしての核武装」。

この二つを使いこなし、属州化や日本省化を回避した「独立日本」が確立された後、俺たちは今以上にリベラルな社会、つまり個人の自由や多様性が守られる社会へと戻していけるだろうか。それとも、一度そのツールを使えば、もう後戻りはできないのだろうか?

俺自身は国家のアイコンとして象徴天皇制のもとに、寛容な国家を目指すべきだと思っているんだ。

寛容な国家だ。

俺は日本というクニ(それは統治システムとしての政府や国家じゃない)を愛している。

愛しているからこそ、このクニには優しく寛容でいてほしい。

犯罪が起こると、何の根拠もなく中国人の仕業だとか外国人の仕業だと騒ぎ立てるようなバカなことはやめるんだ。

難民申請を却下し、在留資格の切れた外国人を収容施設に無期限に放り込み死ぬまで放置するなんて行いは、すぐにやめるんだ。

俺は現場監督という職業柄、日本は積極的に難民や移民を受け入れ、社会にインクルージョンしてゆくべきだと俺は考えてる。エッセンシャルな現場には、この社会を維持してゆくための人間が払底している。排外的な思考と事なかれ主義が社会を覆っている間に、日本の社会は硬直したものになりつつあるんじゃないのか?

現在の我が国は、日本人を血統によって規定している。なぜって、憲法にも書いてあるし、日本人の家族形態そのものが万世一系の皇統をモデルとする直系家族システムに準拠しているからだ。日本人の強みの源泉もそこにあるが、日本人が減っていく理由の一端もそこいらに潜んでるんだがね。


一方で経済無策、外交は対米従属一択の政府は、外国人の帰化要件を厳しくしている。こういうことはなぜかサクサクと決まってゆく。


日本人の人口が減り続け、国民国家として国民の再生産が危ぶまれ、国民国家のダウンサイジングが進行しているときに、なんという愚策だろうか。


本当の愛国者ならば、他民族を排斥し、自民族だけを尊重するべきではない。そんなものは右翼ではないと、今は亡き一水会元名誉顧問鈴木邦夫🔗もその遺言ともいうべき著書『天皇陛下の味方です 国体としての天皇リベラリズム🔗』ではっきり明言している。そこいらにウヨウヨ転がっているネトウヨやアメリカから金をもらって街宣車で反共活動するだけの対米従属右翼とは違う筋金入りの言葉だけに重い。


国籍にかかわらず、人間を人間として扱わない国家は、いずれ自らの国民も人間として尊重しなくなる。現に君は、この日本という国の政府から尊重されている自覚を持っているか?

いいかい、これは未曽有の出来事じゃないだぜ。

かつて奈良時代や平安時代初期に起こっていたような情況の再現だ。あるいは、縄文末期に大陸から、朝鮮半島から様々なルーツの人々が新しい技術をもたらした時代と相似な構図なんだ。そして、そんな様々な出自の人々も三世代もすればすっかり日本人というマトリックスの中に同化してしまう。

そう、俺たち日本人ってのは、様々なルーツの人々が絡み合ってできた集団なんだ。それをまとめてきたのは、古来より続く天皇制だというのは間違いない。

大昔から天皇家は日本の象徴だったんだ。

だいたい江戸時代までは、日本は武蔵の国とか尾張の国とかってそれぞれの地域そのものが『クニ』だったんだ。川を渡り山を越えれば、そこは『外国』だったんだ。言葉だって、違っていたし。それが民族としての一体感を保持していたのは、日の本全国津々浦々、山河海浜、所有者無き公界=コモンズの主と考えられてきた天皇家そのものだ。


リベラリズムの理想(寛容、インクルージョン)を実現するために、あえて古来の「天皇制」という強力なOS(オーソリティ)を再起動させ、その権威のもとに異質な存在を包摂していく。これは、明治以降の「一神教的・排他的な国家観」ではなく、もっと古く、渡来人や異なる文化を吸収して国力を高めてきた「古代日本のダイナミズム」への回帰を目指しているんだ。

俺たちが日本の伝統だと教え込まされてきたのは、ほんのここ150年ほどの最近のものなんだ。1万5千年以上まえの縄文草創期から続く日本の歴史の立った1%未満なんだ。

要点を整理しよう。

1. 「天皇」という究極のインクルージョンの装置

権威による全肯定

かつて、天皇は逆説的に公家と士農工商という社会秩序からはみ出た自由民、宗教民、漂泊の芸能者など世俗の権威にまつろわぬものが直接つながりうるという不思議な権能を有していた。自由民や漂泊の芸能者、一所にとどまらぬ職人=技術者たちは、天皇に対して自らの職能を通じて無償で奉仕することによって、ダイレクトにつながっていたんだ。そのシステムを最も組織的に使ったのが『建武の新政🔗 』を断行した後醍醐天皇🔗だろう。この辺のことは、今は亡き碩学網野義彦🔗先生の『無縁・公界・楽🔗』などをお読みになると面白いだろう。

もし、今上陛下があるいはこの先に即位なさる天皇が(それは愛子内親王かもしれない)政治的な対立や排外主義を超えて、「天皇の赤子(民)」として難民や移民を迎え入れるべきとのお言葉を語られたとしたら…。

これにより、世俗的なナショナリズムによる差別を、より高次の権威で抑え込み、共生を「国家の正当な姿」として定義することができるだろう。

奈良・平安初期の再現

それは高麗や百済からの渡来人(彼らは朝鮮半島が新羅により統一されてしまったため日本に難民として大量に逃れてきた)が技術や文化をもたらし、国の中枢で活躍した時代のように、「多民族・多文化を飲み込み、日本というシステムを更新し続ける」柔軟な強さを取り戻すイメージだ。

2. 「核」と「天皇」が守る自由な空間

物理的障壁としての核

外側(米中など)からの物理的・政治的な干渉を「核」で遮断するからこそ、内側では誰にも邪魔されずに、独自の「寛容な実験場」を維持できる。

リベラルのための武装

自由や寛容という、本来「脆い」価値を守るために、最も「硬い」ツール(核と伝統的権威)を外壁にするという逆説的な構造だ。

俺が夢想しているのは、あくまで『人間が人間であるということだけで、尊重される社会』だ。それを否定することは、自らの人間としての尊厳が、より能力のある人間によって否定されてしまっても、その理不尽を甘んじて受け入れるということに他ならない。

3. 日本が「世界の避難所」になる

米中対立や紛争で居場所を失った高度な人材や難民を受け入れ、日本という「永世中立の安全地帯」でその才能を開花させる。これは、属州化や省化を避けるだけでなく、「世界から必要とされる国」としての新しい生存戦略になるだろう。

結論を言えば、俺が思い描いているものは、単なる右傾化でも左傾化でもなく、「伝統をツールとして使いこなし、超近代的なリベラル国家を確立する」という、極めて高度なハイブリッド国家の姿だ。

「自分の頭で考え、足で立つ」覚悟を持った個人たちが、天皇という象徴の下で、多様な他者と共に新しい日本を編み直していく。

この「古くて新しい日本」を実現するために、私たちは「日本人とは何か」という定義を、血筋や地縁を超えた「志や法への合意」へとアップデートしていく必要があるだろう。 

君はいったいどんな日本の、どんな世界の未来を思い描いてるんだ?空飛ぶ車とか火星に移住とかの話じゃないんだぜ。

0 件のコメント:

コメントを投稿