![]() |
| 熊野 トケイソウ |
そう、あれは俺が鬱屈と過剰な自意識を持て余していた高校生の頃だ。ある日俺の現代文の先生・鈴木章夫先生が俺を呼び止め職員室に来るように言ってくれた。
先生は俺を連れて職員室に行くと「君はこれを読むべきだ」と坂口安吾🔗の夜長姫と耳男🔗のコピーを渡してくれた。A4の用紙にコピーしたものを半分に折ってホッチキスで止めたお手製の冊子は、俺に新しい世界を開いてくれた。
そしてこれを読み終えた後、先生は俺に吉本隆明🔗の共同幻想論🔗を読むように促してくれた、んだったと思う。もう40年も前のことだ。記憶はいささかドラマチックに都合よく改変されているかもしれん。まぁ、大筋そんなとこだ。
俺は家に帰って参考書を買うと小遣いをせびり、自転車に乗って本屋に向かってその本を買い求めた。途中のタバコ屋で当時吸っていた煙草を買って、そのまま行きつけの喫茶店に行き、カウンターでコーヒーを飲みながら買ったばかりのその本を開いた。
その序にある一文は当時の自分には衝撃だった。
『国家は共同の幻想である。風俗や宗教や法もまた共同の幻想である。もっと名づけようもない形で、習慣や民俗や、土俗的信仰がからんで長い年月につくりあげた精神の慣性も、共同の幻想である。人間が共同のし組みやシステムをつくって、それが守られたり流布されたり、慣行となっているところでは、どこでも共同の幻想が存在している。そして国家成立の以前にあったさまざまな共同の幻想は、たくさんの宗教的な習俗や、倫理的な習俗として存在しながら、一つの中心に凝集していったにちがいない。(中略)
もうひとつ西欧の国家概念でわたしを驚かせたことがある。それは国家が目に見えない幻想だというそのことである。わたしたちの通念では国家は眼に見える政府機関を中心において、ピラミッドのように国土を限ったり、国境を接したりして眼の前にあるものである。けれど政府機関を中心とする政治制度のさまざまな具体的な形、それを動かしている官吏は、ただ国家の機能的な形態であり、国家の本質ではない。もとをただせば国家は、一定の集団をつくっていた人間の観念が、しだいに析離(アイソレーション)していった共同体であり、眼に見える政府機関や、建物や政府機関の人間や法律の条文などではない。こういうことがわかったとき眼から鱗が落ちるような気がしたのである。以来わたしはこの考えから逃れられなくなった。』という一文に衝撃を受けた。
以来俺は、吉本隆明はもちろん、梅原猛🔗、柳田國男🔗、折口信夫🔗、南方熊楠🔗、網野善彦🔗などをコツコツと読み耽ってきた。現場の休憩時間に、ベッドの中で、電車の中で。時には車の運転中の信号待ちの合間に。
日本の将来像を描くとき、明治以来といった浅薄な作られた伝統ではなく、深く遠く、そして広く思考の射程を伸ばし、本当は私たちは何者なのか、どこからきて、どこへ向かうのかを掘り下げないと、思考の射程を伸ばすことはできないと思ったんだ。まさに、バック・トゥ・ザ・フューチャーだ。
次代は巡り、まさに今このラインナップこそが、戦後私たちが忘却し、あるいは一面的にしか捉えてこなかった「日本という共同体の深層(古層)」を掘り起こすための最強のツールボックスとして立ち上がってくる。
吉本隆明の『共同幻想論』で、国家や法がいかにして人々の「幻想」として成立しているかを解剖し、柳田國男や折口信夫が辿った「常民」や「マレビト(外から来る異分子)」の思想を再起動させる。梅原猛の旧来の学説に疑問を提示し、歴史の闇に埋もれてしまった本来の姿を突き止めようとするパトスを己のものにする。
さらに網野善彦が明らかにした、農業中心の閉鎖的なイメージではない、海を介して自由自在に移動し、権力に絡め取られない「無縁・公界・楽」の民の系譜を繋ぎ合わせる。そして、南方熊楠の様々な学問領域を膨大な知識で自由に横断し、連結するときに猥雑なまでの生命力にあふれた自由闊達な知性が新たな世界像を結んでいく。
進学校の落ちこぼれだった俺に、問いを立て学ぶという学問本来の楽しみを教えてくれた鈴木章夫先生ありがとう!
そうすることで、以下のことが可能になるんだ。
「日本人」の定義の拡張
血筋ではなく、柳田の言う「常民」の知恵や、折口の「マレビト」を受け入れる寛容さをベースに、多極化・多様化した新しい日本人像を構築できる。
実際に網野義彦は晩年期の著作である『「日本」とは何か』において次のような内容を述べている。
彼は一般的な日本人の「孤立した島国」という日本像は改めるべきであると述べ、実際は日本が「列島」であり、「アジア大陸東辺の懸け橋」として、周辺の海を通じて多くの人や物がたえまなく列島に出入りしていると主張している。
また、「日本」という国号が古くからいつのまにか決まっているという見方も見直すべきであり、実際は「日本」という国号が紀元七世紀末の689年に実行された飛鳥浄御原令によって定まり、そのときから「日本」ははじめて地球上に現れたのであると主張する(なお、日本国号の成立期に関しては異説もある)。
日本人とはただ「「日本国」の国制の下にある人々」であると定義し、日本国家の出発点以前には日本も日本人も存在しないと考えている。つまり、現在の日本国が支配する地域に暮らしていたのが「日本人」だと定義することは誤りだと述べている。小・中・高の教科書には国名に関わる記述はなく、逆に「縄文時代の日本」、「弥生時代の日本人」などと書かれているが、実際はそれぞれの時代に日本も日本人が存在していなかったと主張し、「旧石器時代に日本人がいた」という新聞記事も現れているが、これらは「神代」から日本が始まったという戦前の史観と近いとしている。
また、成立当初の日本国家、つまり7世紀末から日本国家が支配する地域が現在の日本列島や日本国の領域と同じだったというわけではなく、自然に国境が定まったわけではないと主張している。
「日本国」という国家は「侵略」と「征服」で領域を広げたと意識しておくべきであると述べている。アイヌ民族や琉球人などに限らず、日本国家の支配者に蝦夷なども侵略され、軍事力を背景とした力による圧服であったと主張し、そういった認識をもつべきだとしているんだ。
眼から鱗がおちる見解だ。これを援用していくことで、日本人の定義は血縁主義にかかわらず拡張してゆくのがわかるだろうか?
天皇制の「非政治的な権威」の抽出
権力(政治)ではなく、共同体の深層に根ざした「祭祀・幻想」としての天皇をツールとして使いこなし、リベラルな寛容さを担保する装置に変えてゆくことができるだろう。
天皇制とは何なのか?というのは、共同幻想論に初めて出会った40年前から俺がずっと学んできたテーマだ。なぜなら、日本という国家(幻想)の軸こそは、天皇制に凝集すると考えていたからだ。俺たち日本人は、いまだに土人なんだ。
そしてある時、ネパールで生神とされるクマリという処女神にであったとき、吉本隆明がその著書で語っていた天皇制は広くアジアに見られる生き神信仰に根差すものだという主張が、体感的に腑に落ちたのを覚えている。その処女神クマリは、身の回りの世話をする女性や老人たちに囲まれながら日本人の俺にも分け隔てなく祝福を授けてくれた。
対米従属という「偽りの幻想」の打破
戦後植え付けられた「アメリカがいなければ生きていけない」という共同幻想を、より古く、より深い「日本独自の自立の幻想」で上書きする。
白井聡の論考を援用すれば、戦争終結まで日本の国体を担っていた天皇のポジションは、アメリカという圧倒的な武力を持つ世界最強の国家に上位互換されたことになる。
だから、日の丸を掲げた右翼も、戦後日本の国体そのもであるアメリカを批判することはない。
アメリカの飼い犬となって、中国や韓国をけなすことしかしない。恥ずかしいことだ。勝ち馬の尻に乗るなど、男としてこんな薄みっともないことはない。
この「知の再武装」こそが、物理的な核武装や経済的な米国債売却を支える、精神的なバックボーンになる。経済学や人類学、社会学などはその補助輪だ。
生活の困窮が極限に達したとき、人々がナショナリズムの暴走に逃げるのではなく、こうした「深く、寛容な日本の古層」に立ち返るためには、私たちはどのような形でこの「知の洗い直し」を広めていくべきだろう?
いずれにせよ、学問をおろそかにする者が栄えた例はないんだ。
10年ほど前、鈴木先生に同窓会でお会いした時、先生のおかげでこんなへんてこな大人になっちまったと訴えたら、先生は莞爾として微笑まれ、君はなるべくしてそうなったんだ。良かったじゃないか!と喜んでいた。まったくだ。ほんとうにありがとう章夫ちゃん。

0 件のコメント:
コメントを投稿