| 家の真ん前の小学校の桜 この木を見てこの家を買うことに決めた |
昨日と今日は真清田神社の祭礼だ。桃花祭🔗という。
昨日は俺の町内で、祭りの一環としてこども獅子の引率をしたんだ。何しろ俺はこう見えて子供会の副会長だからな。祭壇を設け、神饌を供え、鐘の音と拍子木でリズムをとりながら町内をすすむ子供たちの獅子を引率するんだ。これは思うに町内の祓い清めなんだ。
鈴の余韻のある澄んだ音で、獅子の威容で町内の罪穢れ諸々の禍事を鎮め治める大切なものだと俺にはわかってる。だから、子供たちの健やかなること、町内の皆様の安寧をおもいながら務めを果たした。
前日まで降り続いた雨にも耐え、桜は咲き誇っていた。
願はくば
花の下にて春死なむ
そのきさらぎの望月のころ
そして今日は旧暦で西行🔗の命日にあたる二月十六日。
ちなみに昨日は旧暦二月十五日、お釈迦様の命日とされる涅槃会だ。
若いころ、如月、つまり2月の15日に桜が咲くとは面妖なことだと思っていた。2月の半ばなどまだまだ寒さ厳しい季節だ。こんな時期には寒椿しかなかろうにと思っていた自分の不明を恥じるばかりだ。そう、旧暦のことが全く頭に入っていなかったんだ。
温かく、桜が咲き誇るこの時期なら、あの世に行くには本当にもってこいだ。
ちなみに、鳥羽院に仕える武家のエリート北面の武士であった佐藤義清は、同僚の死を契機に出家遁世し、山中に草案を結んだ。出家しようとする自分の足に縋り付く子供を、縁側から蹴落として出家した話は印象に残っている。ちなみに、同時期の北面の武士には平清盛も名を連ねていた。時代感覚がわかってもらえるだろう。
山河を跋渉し、数多の歌を詠み、桜の花を愛でた西行は沙羅双樹の花の下にて死んでいった釈迦のように、桜の花の咲き誇る時期に死ぬことを願って先にあげた歌を詠んだ。
そして、その願い通りに、如月十六夜の日に世を去った。
まったく、出来すぎだな。
ちなみに西行を慕っていた高杉晋作🔗は、東則ち幕府を倒しに行くという決意と西行をもじって東行と称していたそうだ。
その高杉晋作の詠んだ辞世の句は
おもしろき
こともなき世を おもしろく
すみなすものは 心なりけり
27歳で亡くなる直前、病床で「おもしろきこともなき世を おもしろく」と書き、下の句を看病していた野村望東尼が付け加えたとされている。
面白くない世の中を、面白くするのは自分自身の心持ちだな。俺は君たちが考え付かないようなことを日ごと夜ごとに考えているのさ。例の奇策は明日また話そう。仕事の書類を作らないといけないんだ!
0 件のコメント:
コメントを投稿