2026/10/10

POST#1988 簗農林水産大臣の言葉から沖縄の貧しさが垣間見える

フエの名物、ブン・ボ・フエを看板に掲げる屋台のような店。フエはベトナム戦争の激戦地でもある
あらゆる情報がコンビニの弁当のように期限がついているかのように等価に消費され、考えるべき問題も、つぎの問題が生じて報じられると、やすやすと忘れられてしまう。

俺たちは、深く考えて水が石に穴を穿つように現実に取り組まねばならないはずなのに、考えることなく、報道される『現実』をエンタメのように、コモディティのように消費していく。

時に、立ち止まって考えることが必要だ。自分のこととして。

しばらく前、沖縄県知事選で自民党、参政党、国民民主党、日本維新の会、日本保守党、公明党の支持を受けて当選したばかりの古謝玄太🔗を普天間基地の20歳の海兵隊員が、39歳の女性をラブホテルで殺害し、日本の警察に身柄を確保されるという事件が起こった。

基地問題を正面に打ち出さず、政権の中枢との距離の近さをアピールし、経済振興を県民に訴えかけた元官僚の新知事からすれば、臭い物には蓋をしておきたかった問題の蓋が吹っ飛んだようなものだろう。

新たに就任した簗農林水産大臣の『自分を応援しなかった選挙区の予算を減らすように国土交通省に指示したと』という、ここんところ新聞メディアを騒がせている民主主義を白アリのように食いつぶす発言からも容易に想像つくことがある。

アメリカの基地の7割が国土の0・6パーセントにすぎない沖縄県に集中しており、在日米軍による犯罪も突出しているという現実に対して、長年にわたって異議申し立てを続けている沖縄県民の存在を、中央の政界や政権担当者が『まつろわぬ者たち』と考えているということ。

そして自分たちの政策(ストレートに言えば沖縄県民の生活を蹂躙するという政策だ)を是としてこなかった沖縄県に対して、十分な経済振興策を施してこなかったであろうことが、十分な予算を配分してこなかったであろうことが、沖縄の経済的な貧しさの裏にはあるのだと容易に想像がつく。

一見バラバラなニュースすらも、俺の中では一連の有機的なものに見えている。

あこの知事が、記者会見でこの件で在日アメリカ大使にどのような抗議をしたのかと記者に突っ込まれて、言葉に窮するような雰囲気でにやけたような表情をしてしまったというのも、大いにメディアの反感を買ったようだ。しかし、メディアが反感を示すと、逆に応援してくれるという不思議な思考回路の天邪鬼な人々も一定程度いるので、俺にはどうでもイイ。

政府も『遺憾である』というだけで、駐日アメリカ大使に対してアメリカ軍の綱紀粛正を要請し、遺憾の意を伝えるだけだ。中央政界と距離が近くても、しょせんはこの程度のものだ。

たまには満腔の怒りを表明してみろ。自分の家族が海兵隊員に殺されても、この人たちは、カエルの面にしょんべんで、遺憾の意を表明すると立て板に水でいうのだろうか?

日本を守るという名目で受け入れているアメリカ軍によって、日本人は暴行され、レイプされ、殺され続けている。面白いことに、わが国の政権中枢が敵対視する中国人民解放軍によって殺された日本人は、寡聞にして俺は知らない。

そして、在日アメリカ軍は日本を守るためにいるのではなく、アメリカの使い勝手のよい基地として、極東から中東あたりまでをカバーするために存在している。冒頭の写真のフエも、日本の基地から送り込まれたアメリカ軍人が、ベトナム戦争で激戦を繰り広げた場所だ。どんな場所にも歴史があるのだ。今は平穏に見えても、その平穏は言語道断なウルトラヴァイオレンスの上に築かれたモノかもしれないんだ。

しばらくこの話題をネチネチと考えていくことにしよう。

古人曰く『兵は凶器也🔗』

国家の名のもとに人間を殺せば英雄になるが、個人的に殺せば、単なる犯罪者だ。しかし、殺す主体はあくまで同じ人間だ。同じ人間の同じ行為が戦場では称賛され、私たちの実社会では犯罪になる。この欺瞞から考えを展開し、思考実験を繰り広げていくことにしよう。

この社会は、きれいごとの裏に、欺瞞と腐敗と犠牲を隠している。腐敗してパンパンに膨らんだ死体を詰め込んだスーツケースのように。


カミさんと子供がこれから図書館に行ってくるという。俺は思わず、暗くなったらアメリカ兵に殺されるかもしれないから気をつけろよという。カミさんは鼻でわらって取合わないが、沖縄ではそれは現実の問題だ。国家間の力学や地政学といった高みからではなく、俺たちが考える起点は、この日常の視点であるべきだ。異論のある人は、いるかい?

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