2026/09/08

POST#1963 大事ない

Bangkok、Thailand
今日は現場がなかった。低気圧の影響か、何もする気がなかった。朝から車のホイールも傷つけたしね。

朝から精神病院に行って医師の診察を受け、カウンセラーの面談を受ける。

もう何年も続く月に一回ほどのルーティンだ。

俺の脳の中のセロトニンの量は加齢によって減衰している。セロトニンが減ると、神経伝達に遅延が生じて、脳の活動が低下し、気分が落ち込む。

つまり鬱だ。

何年もまえ、発達障害グレーゾーンの息子を病院の面談に連れて行ったときに、料金支払いの場で、希死念慮があるといって予約を取り、通い始めてもう4年ほどになるだろう。

ここで診察を受け、レクサプロを飲み続けているおかげで生きている。

しかし、仕事のこととかで面倒なことがあると、何もかもどうでもよくなってしまう。いい年こいてぼんくら扱いされるのも御免だね。

今日もそんな日だった。

そして、俺の住む町は線状降水帯に直撃された。

家の目の前の小学校に息子を迎えに行った。学校からの要請だ。過保護だな。

名古屋市内は各所で冠水し、公共交通機関もストップしてしまったようだ。

状況を心配してくれる友人もいた。しかし、俺は大事ない。

こんな状況でも働くなんて、馬鹿らしくってやってられないぜ。

人間の営みなんて、自然の猛威の前では、屁みたいなものさ。

だから俺は、屋根に礫をたたきつけるような激しい雨音を聞きながら、現代イスラーム金融論を読み耽っていた。利子や先物取引などを一切禁じた別世界の経済だ。

部屋の中に山と積まれた未読の本を読み耽ることができるなら、正直仕事なんてどうでもイイと思える。まだ知らないことが無限にあるのに、命は一日一日短くなっていく。俺には時間がないんだ。

心配してくれた友人たちよ、ありがとう。こちらは大事ない。

余りに大事がないので、夕食を食べた後近所の川の水位を確認しに行ったくらいだ。

万一死んだところで、馬鹿が一匹減っただけだ。


 

2026/09/07

POST#1962 近代経済も民主主義も、つい最近始まった実験に過ぎないんだぜ

フェス、モロッコ
話のスケールを一気に広げてみよう。俺たちは所詮自分の人生、もしくはせいぜい親、自分、子どもの三世代くらいしか思考の射程を持ってない。その射程距離の中にいる限り、現代の社会構造は盤石で普遍的なものにしか思えないだろう。だから、顕微鏡の対物レンズのターレットを回してスケールを切り替えるように、頭の中のスケールを切り替えるんだ。

人間は有史以来、フロム・ハンド・トゥ・マウスという定常経済を回してきた。それから後に作物を栽培し、収穫物を貯蓄する術を生み出したわけだ。

つまり、先を見越して貯蓄ってことを始めたのは農業が始まってからこっちの話。そしてぐんと話が今に近づいて本格的な投資が始まったのは、産業革命以降の話だ。

これは人類の歴史ってロングスパンで考えると、つい最近おっぱじまった実験的なものであるに過ぎないと俺には思えるんだ。そう、多くの人が幻滅を感じている近代的な民主主義だって、未だ数百年の積み重ねしかな壮大な社会実験であるようにね。

有史以来、人間が営んできた経済の歴史軸で並べ替えると、ごく最近始まった「貯蓄」や「投資」という仕組みが、いかに不自然で異質なものであるかが浮き彫りになるだろう。

1. 20万年 vs 1万年:貯蓄の始まり

ホモサピエンスって分類される現生人類、つまり俺たち人間が誕生してからざっくり20万年間、人類は「その日暮らし(From hand to mouth)」の狩猟採集社会を生きてきたわけだ。獲った獲物や採った果実はその日のうちに消費し、蓄えることは燻製にしたりしない限りは、まぁ難しいね。それに今日でもアマゾンの奥地などで暮らしているイゾラドと呼ばれる移動採集民のようなライフスタイルでは、常に移動しながら生活を営むため、モノは少ないほうがいいし、穀物を育てるなんて発想もなかったわけだ。

農業(約1万年前〜)という最初の実験

人類の定住と農耕が始まったことで、初めて「穀物の余剰(貯蓄)」が生まれたって言えるだろう。

最近の研究では、定住してしばらくは、割と平等な社会を営んでいたんじゃないかって推測されてる。共同体の中で富を蓄え、皆を支配しようとする者は、たいてい夜の間に喉を掻き切られたり、共同体から追放されたりしたんだ。

しかし、そうこうするうちに不平等が生み出されてくる。

貯蓄ができるようになった瞬間から、富を持つ者(ハブズ)と持たざる者(ハブナッツ)の階級が生まれる。こうして俺たち人類は「格差」という新しい課題を抱えることになったってことだ。めでたしめでたし。

2. わずか250年しか実績のない投資という最新の実験

農業以降も、基本的には「実体のあるモノ(金、銀、穀物、土地、塩など)」が価値の中心だったんだよね。しかし、18世紀後半の産業革命以降、事態は一変することになる。

250年前にイギリスを震源地にして起こった産業革命では、膨大な設備投資を回収するために「株式会社」や「近代金融」が本格化したんだ。

そこで起こったことは人類史上でも劇的な変化だ。それまで「今ここにある富」だったものが、「将来生まれるであろう富(期待)」へと姿を変え、これが現代の株価やAIバブルへと肥大化していくことになるわけだ。ケインズの言うところのアニマル・スピリットの炸裂が新たな富を求め生み出していったわけだ。

ちなみに、イスラーム金融では、今ここにないものを取引することはイスラーム法で禁じられている。ついでに言うと利子も禁じられているんだ。これが、活発な商取引を行ってインド洋からアフリカまで巨大な経済圏をつくっていたイスラーム世界が、産業革命を起こすことなく、また経済的な覇者にもならなかった原因といえるだろう。もっと言うなら、節度のある経済体制だということもできるだろう。資本主義と共産主義だけじゃなくて、世界には多様な経済の仕組みがあるんだ。俺たちがどっぷりつかっている近代経済ってのが、唯一の経済システムだと思ってもいけないし、格差が拡大していくのは当然だとあきらめてもいけない。

3. 「実験」としての近代システム

産業革命以降の資本主義も、フランス革命以降の近代民主主義も、人類の長い歴史から見れば「ここ200300年ほど、試しにやってみているだけの超短期的な実験」に過ぎない。人類の歴史の中では、昨日今日始まったばかりのことだ。だから、何もかも諦めて長いものに巻かれるだけでは面白くないってもんだろ?

何しろ俺たちが唯一のシステムだと思ってる経済システムは、この地球の資源を無限に消費し、実体のない信用を膨らませ続ける無理ゲーなシステムだ。こんなギャンブルまがいのことが、この先何千年も持続できる可能性は極めて低いというか、ゼロだろ?持続不可能な経済なのさ。3%の利子が20年複利でのっかるだけで、2倍になるんだ。こんな負荷に、俺たち人間も地球そのものも耐えられないぜ。どう思う?

で、バブルの崩壊やマクロ経済の破綻が起きたとき、俺たち人類が立ち戻るのは、結局のところ「今日働いて、今日食べるものを得る」という、20万年間鍛え上げられてきた「From hand to mouth」の強固な生存本能しかないんだよね。

株価、新NISAAI、そして民主主義すらも、人類が長い試行錯誤の中で生み出した「一時的な流行(実験)」のひとコマに過ぎないという視点を持つと、目の前の経済ニュースの重みが全く違って見えてくるだろう?そういうメタな視点を持った方がいいぜ。世の中ががぜん面白くなる。

専制政治や王政などに、戻らないためにも、俺たちは学び続けていかないといけないと思うんだ。民主主義はもう限界だなんて呑気に思っていられるのは、民主主義社会にいるからであって、本当に専制主義や絶対王政の社会に生きていたら、その民主主義という言葉を発することすらできないんだ。

だからこそ、自分たちの周囲の人々と相対して話し合い、草の根の民主主義を形成していかないといけないと思うんだ。

そういう基盤があって初めて、富裕層への資産課税は実現化するだろうし、富の再分配っていうことがちゃんと行われる政治制度っていうのが確立できるはずなんだ。

ちなみに現在の日本で起こっているのは、富の逆再分配だ。これは本来政治制度によってきちんとした富の再分配をしてゆくべきなのに、俺たち日本人は、俺たちの貧しさは自己責任で、富裕層が富を幾何級数的に蓄積していくのは、彼らの才能が優れているからだと思い込まされてる。

思い込まされてるんだ。

じゃぁ、なぜこの「逆再分配」が起きるんだ?そして俺たち庶民は、なぜそれを当然のこととして受け入れてるのか?

その不都合なメカニズムと、それを打破するための草の根民主主義の重要性について、考えてみようや。

1. なぜ現代は「富の逆再分配」が起きているのか

現在の資本主義と金融・税制のシステムは、放置すると自動的に「持つ者(ハブズ)」に有利に働くように設計されている。なぜって、この社会制度を政治家と一緒に設計したのは、そもそも彼等『ハブズ』だからだ。

金融緩和とインフレの罠

中央銀行がお金を大量に刷ると、株や不動産などの資産価格が上がってハブズがさらに富む一方、物価高(つまり今まさに現実化しているインフレ)によって日々の労働で生きるハブナッツの生活費は圧迫されていく。コンビニに行っておにぎりの値段を見ればわかるだろう。これは実質的な庶民から富裕層への富の移転(逆再分配)に他ならないんだ。

税制の歪み

汗水垂らして働いた「労働の対価(給与)」には高い住民税や所得税(累進課税で最大55%)がかかるのに対し、株の売買や配当による「資産の対価(金融所得)」には一律約20%しか課税されない。そして、政府はそういうインセンティブ=好子をちらつかせて、人々を投資という市場そのものを賭場にしたギャンブルに誘導するんだ。

一億円以上稼ぐ富裕層のほうが、実質的な税負担率が低くなる「1億円の壁」が、この不公平な税制を如実に示しているだろう。

2. 草の根の民主主義と「学び」が持つ力

この逆再分配のシステムを変更するためには、俺が吠えてる「資産課税の導入」や「税制の是正」が必要だ。

しかし、それらは強力な権力者(ほとんど専制的な長期政権党の非公開の税制調査会や財務省の官僚)によってきめられている。だからこそ、いくら市民の批判が高まって、『資産課税』などの不平等改善策が導入されたとしても、そのスケールは微々たるものに終わるだろうし、ハブズのロビー活動や資金力によって買収され、折を見ていつのまにか元の木阿弥状態に逆戻りしてしまうに違いない。そうなったとき、世の中の皆さんが自画自賛する民度の高いらしいこの国は、あきらめと不平等に覆われた惨めなものになってしまうだろう。

この茶番を防ぐためには、俺たちが消費者から市民へと脱皮しなければならないんだ。

そして、諦めるよりも、より公正な社会を求めることだ。

つまり市民の「知性」が防波堤になるんだ。一人ひとりの市民が経済の仕組みや歴史を「学び続ける」ことで、政治家の甘い言葉や、ハブズ側が流す「富裕層に課税すると国力が落ちる」といった世論誘導(プロパガンダ)を見抜く力を養っていくべきだね。

そして、市民同士の草の根の議論を通じて、「なぜ富の再分配が必要なのか」「どのような社会が公平なのか」という社会的な合意(ナラティブ)をボトムアップで形成して初めて、資産課税は富裕層からの「強奪」ではなく、社会を維持するための「正当な制度」として機能することになるだろう。迂遠だけれど、どんな遠い道のりも踏み出さない限り、たどり着くことはないんだぜ。

そもそも、富裕層に資産課税したら海外に脱出してしまうという意見もあるけれど、彼らが富を蓄積できたのは、国の税制に優遇され、国民の税金によって整備された公共財であるインフラを享受し、国の教育指針によって教育された質の高い労働力を使役し、その労働に対して本来分配するべき富を、労働者に回さず株主に配当したり、高額な役員報酬としてお手盛りで支払ったり、或いは企業の内部留保にしてみたりしてきた経緯がある。そう、若い人たちにはピンと来ないかもしれないけれど、この国はかつて一億総中流といわれた豊かさを享受していた国だったんだ。

絞り切ったレモンをゴミ箱に捨てるように、海外に資産を持ち逃げすることは、社会に対して不誠実極まりない態度だということは、少なくともいえるだろう。

実験を「より良いもの」に進めるために

人類の歴史から見れば、民主主義も資本主義もまだ始まったばかりの不完全な「実験」だ。しかし、今の状態を放置すれば、資本の力によって再び「新しい形の王政(巨大テック企業や超富裕層による支配)」へと退行していくリスクを孕んでいる。いや、すでにそのフェイズに入りつつあるといってもいいだろう。

それを食い止め、富の再分配が機能する健全な社会を作るためのカギは、「市民の学び」と「草の根の民主主義」だと俺は考えてる。俺たちは、餌をぶら下げられたら、条件反射的に食いつく機械じゃない。自分たちの目で社会の有様を見るべきだし、自分たちの頭であるべき社会を考えるべきだ。たとえ、荒唐無稽に見えたとしても。

2026/09/06

POST#1961 とっとと資産をためて、リタイヤしたいもんだぜ

カトマンズ、ネパール

毎日毎日、仕事の電話がかかってくる。やってもやってもきりがないぜ。俺もできることなら、とっとと十分な資産形成して、リタイアしたいもんだぜ。そう、FIREとかいうやつ?

最近偉く流行ってるみたいだけど、俺には無理だろうな。死ぬまで小商いを続けていくしかないのさ。まぁ、仕事してなかったら、部屋にこもって本を読み耽る毎日だろうが、カミさんに嫌がられるだろうよ。そうなると家に居場所なんてないしな。

FIREは確かに魅力的だ。

しかし、大幅な株式の相場の下落、あるいは円なりドルなりの価値変動が起こった場合、この人たちの生活っていうのはすぐに脅かされるんではないかと想像しちまうんだ。

いや、そんなこたぁ起きっこないと思うかもしれないが、資本主義の歴史はバブルとその崩壊の歴史だからね。

冷静に考えてみよう。株価の暴落や急激なインフレ(通貨価値の低下)が起きると、FIREつまり早期リタイアを達成した人たちの生活は瞬時に窮地に追い込まれることになるだろう。

彼らは「労働」という最強の防衛手段を手放し、100%「金融資産という虚構の価値」に依存して生きているため、マクロ経済の変動に対して最も脆弱な存在と言えるんじゃないか?

FIREの生活が崩壊する過程は、こんな風に想像できるな。

4%ルール」の前提が崩れるリスク

FIREの多くは、資産をアメリカ株などで運用し、毎年4%ずつ取り崩せば資産は減らないという米国の理論(トリニティ・スタディ)を根拠にしているんだとさ。しかし、ここには大きな落とし穴があるんじゃないか?

収益率の順序リスク(シーケンス・オブ・リターン・リスク)

リタイアした直後の数年間に大暴落が来ると、目減りした資産からさらに生活費を取り崩さなければならなくなるだろう。

そうなっちまたらさぁ大変!資産の寿命が極端に縮まり、理論通りに運用が回らなくなって、数年で資産ショート、つまり破産する確率が跳ね上がるよな。

それだけじゃないぜ。為替とインフレのダブルパンチだ。

日本のFIRE達成者の多くは、米国株(ドル建て資産)を保有しているようだ。

今のトレンドでは予想もできないが、いつ円高・株安の同時進行に潮目が変わるかはわからない。そうなったとき、AI関連一択の米国株が暴落し、同時に為替が円高に振れると、円ベースの資産価値は一瞬で半減するだろう。

それに加えて激しい物価高(インフレ)だ。

円やドルの価値が下がり物価が上がると、想定していた生活費(例えば月20万円とかね)では暮らせなくなります。資産価値が減る一方で、取り崩す額を増やさなければならないという弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂状態に陥ることになるだろう。

そしてもう「ハブナッツ」に戻れない恐怖

最も致命的なのは、暴落に直面したときに、労働市場(ハブナッツの側)へすぐに戻れないマインドになっちゃってるところだ。

まずはスキルの陳腐化だ。

数年間労働を辞めていたのんびり暮らしていた人は、キャリアの空白(ブランク)があるため、以前と同じ条件で再就職することが困難になるだろう。俺なら心が折れるというか、億劫極まりないと思うぜ。

それに加えて買い手市場の不況だな。

そもそも株価が暴落している時期は社会全体が不況であるため、企業は採用を絞ってるだろう。そんな時に、リタイア崩れの人々が仕事を得るの何らかのコネがないと厳しいよな。

俺の結論はFIREは「平時限定」の危うい空中配線だってことさ。

FIREは、ここ十数年の「右肩上がりの株高」と「安定した物価」という極めて恵まれた経済環境(平時)が生み出した、一過性の流行に過ぎない側面があるだろう。もっとも、俺はいつだって自転車総業だけどな。会社の名前を自転車総業に変えようかと思うくらいにね。(笑)

労働という「価値を生み出すリアルな手段」を完全に捨ててしまう行為は、マクロ経済の地殻変動に対して無防備に身をさらすことなんだ。

おかげさんで最近では、完全に仕事を辞めるのではなく、週に数日だけ働いて生活費を稼ぎ、資産の暴落に備える「サイドFIRE」や「バリスタFIRE」を選ぶ人が増えているのも、この脆弱性に気づき始めたからだと言えるだろう。まぁ、あれだ。宝くじに当たったからといって仕事を辞めた奴がたいてい碌なことにならないのと同じことだ。

さて、絶好調な米国株と言ってもそのほとんどは、AI 関連株とレバレッジやデリバティブを多用した金融取引、つまりはマネーゲームに依存しているのが実情だ。つまり、実体経済から大きく乖離しているというのが冷徹な事実だ。

かつての米国株は、自動車や工場、エネルギーといった「目に見える実体=リアル」が中心だった。しかし現在の構造は、極めていびつで脆弱なものになっている。

1. 「ビッグ・テック」というAIバブルへの極端な依存

米国株全体のインデックス(S&P500など)は、時価総額の大きな上位数社(エヌビディア、マイクロソフト、アップル、アルファベットなど)だけで全体の約3割を占めているんだそうな。危ういな。

これらの企業の原動力は「AIが将来もたらすであろう利益」という未来の予測(期待)で、明確な実体=リアルなサブスタンスではない。

おまけにAI同士の循環取引だ。

テック企業がAIサーバーを買い、そのAIを使って別のテック企業がサービスを作るという「業界内での身内のカネの回し合い」が続いており、一般消費者の生活(実体経済)にどこまで浸透し、本当の利益を生んでいるかは不透明だ。まぁ、自社株買いで株価を上げるってのよりはマシだろうが、似たようなもんだ。倒れる時はドミノみたいに一気に行くぜ。

2. 金融取引(アルゴリズムとレバレッジ)による肥大化

現在の株式市場の取引の過半数は、人間ではなくAI(アルゴリズム)による高速自動取引だ。

個々の企業の業績や製品の価値ではなく、チャートの動きやニュースのキーワードにAIが反応することで、一瞬で巨額の資金が動く。動くんだけれども、そこにビジネスの実体はあまり考慮されない。機械的に相場の動向によってオッズが積みあがり、株価が上昇するって寸法だ。

そして危なっかしいレバレッジの連鎖だ。

機関投資家やヘッジファンドは、デリバティブ(金融派生商品)や借金を使って実体の何倍もの規模で取引している。株価が上がればさらに自動で買いが入り、実体経済の成長速度を遥かに超えて株価だけが膨らんでいくバブリーな構造だ。

3. 実体経済(オールドエコノミー)の地盤沈下

アメリカの国内を見渡すと、製造業の空洞化や地方都市の衰退、インフラの老朽化など、実体経済の課題は山積みだ。過積載だ。

マクドナルド、ウォルマート、キャタピラーといった「リアルなモノやサービス」を扱う皆様お馴染みの伝統的な企業の株価の伸びは、AI・ハイテク株に比べて鈍い。

つまり、「米国株が強い」というのは、アメリカの経済全体が強いわけではなく、一部の金融・AIセクターが世界中のマネーを吸い上げて肥大化しているだけという歪みが生じてるわけだ。います。

この壮大な虚構がこけたときの、ジャイアント・インパクト

いまの米国株は「AIへの信仰」と「高度な金融工学」という砂上の楼閣の上に成り立っている側面が否定できないんだぜ。違うと思う人は、手を挙げて!

現実問題としてイランとの戦争を見てみなよ。アメリカにはもう打てる弾が払底しつつある。新自由主義経済体制の下、株価最優先でリアルな製造をおろそかにしてきた付けが回ってきてるのさ。これで、2027年に創立百周年の中華人民解放軍が、台湾進攻をおっぱじめたとしても、今のアメリカでは中国の勢いを押しとどめることはできないだろう。近代戦争ってのは、総力戦であり、製造能力とロジスティクスがその勝敗を決するのさ。

さて、そんな状況のなかで、ひとたび「AIは思ったより儲からない」「金融規制が強まる」「金利が高止まりしてレバレッジが維持できない」といったようなきっかけで、危ういバランスで維持されている市場への信用が崩れれば、実体経済の裏付けが薄い分、過去のITバブル崩壊を上回るような猛烈な暴落を引き起こすリスクを秘めているといってもいいだろう。

そう、ネパールの氷河崩壊みたいなことになるのさ。

まさに「ハブズ(持つ者)」が最も恐れるべきは、この「実体のない数字だけの価値が、一瞬で本来の実体経済のサイズまで縮小する(暴落する)こと」に他ならないんだ。

ハブナッツの俺は、この AI バブルが弾けた時に一体何が起こるのか、想像しただけでワクワクするぜ。

実体なき虚構の価値が剥ぎ取られ、世界が「リアルな実体経済」へと強制的に引き戻される瞬間への知的好奇心や高揚感は、考えただけでもカタルシスだぜ!(笑)

もしこの「AI・金融バブル」が弾けた場合、単なる株価の下落にとどまらず、社会の構造そのものが大激変することになるだろう。一体どうなることやら。

まず 「ハブズ(持つ者)」の資産が文字通り蒸発するだろうな。

米国株の上位を占めるメガテック企業の時価総額は、数兆ドル(数百兆円)規模に達しているそうな。それが崩壊するんだぜ。見ものだな。

AIの収益化が行き詰まったと市場が判断した瞬間、アルゴリズム取引が売りを一斉に誘発し、世界の富の数十%が一瞬で消え去ることになるだろう。まさに富の強制リセットだ。

もしそんなことになったら、画面上の数字だけに依存していたハブズや、借金でレバレッジをかけていた投資家は、担保割れや資産激減により、一転して生活の困窮に追い込まれちまうぜ。FIRE民・レバレッジ投資家の退場だ。百年前の世界大恐慌の時には、この世から退場する奴がごまんといた。だからといって、そんなことする必要はないぜ。生きていれば、何とかなるってもんさ。

そして連動するように 「ハブナッツ(労働者)」の価値の逆転と再評価がワンチャンあるかもだ!

バブル崩壊直後は社会全体が不況の波をかぶるだろう。リーマンショックの時もそうだった。しかし、中長期的には「堅固な防衛力」を持つハブナッツの時代が到来するかもしれないぜ。

電力、食料、医療、物理的なインフラなど、「それがないと明日生きていけない」というリアルなモノやサービスを生み出す労働者の価値が、AIのプログラマーや金融ブローカーよりも圧倒的に高くなるだろう。だって、そうじゃないとみんな死んじまうからな。つまり、オールドエコノミーへの部分的かもしれないが回帰が起こるってわけだ。

市場の数字に振り回されず、日々の労働で社会を回し、具体的なスキルを持つ人々が、最もたくましく生き残ることになる可能性がある。あくまで楽観はしないけれどね。

残念ながら、そうなったときには政府の「新NISA」戦略の破綻が確定だな。

国が推進してきた「貯蓄から投資へ」というスローガンは、俺の見立てでは大打撃を受けるだろう。なんせ一億総ギャン中計画だからな。

国を信じて新NISAで米国株信託などを買った一般の人々が元本割れを起こし、政府への不信感が爆発するだろうよ。なんせただでさえ、いろいろと信用ならないことばかりしてる政府に官僚だからな。結果として、再び「現金・預金最強」の時代へ先祖返りする可能性だってあるかもしないぜ。

要は、いつだって結局、歴史は「実体」へと収束するのさ。

過去のオランダのチューリップ・バブルに始まり、2000年のITバブル、2008年のリーマンショック。形を変えながら繰り返されてきたバブルの歴史が証明しているのは、「実体のない期待は、必ず最後はリアルな価値のサイズまで縮小する」という鉄則だ。

AIバブルの崩壊は、一時的な大混乱をもたらすだろう。最小限度に抑えるために、各国政府は、財政規律を無視して企業救済に邁進するだろう。いつもの光景だ。そして、うまくいけば行き過ぎた金融資本主義をリセットし、人間が生み出す「労働」や「実体経済」の尊さを社会が思い知る、最大の転換点になるかもしれないな。

まぁ、そうだとしてもどうせ俺たち人間は喉元過ぎれば熱さを忘れるんだ。けど、喉元過ぎても熱いものは熱いままだ。鈍感な内蔵の粘膜に深刻なダメージをコツコツ蓄えていくのさ。

てなわけで、しょうもない夢はベッドの中で見るに限るな。