![]() |
| タイ、チェンマイのナイトマーケットにて |
自分の寂しさをAIと対話することで癒す人もいる。世界にはAIと恋愛関係を結ぶ人もいるそうだし、AIと対話し続けて死を選んだ人もいる。そして多くの人が自分の仕事が奪われてしまうのではないかと、AIに対して脅威を感じている。
投資ディーラー、秘書、会計士、書類を入力・管理するだけの事務作業、様々な申請書類の作成などなど。
一時期は芸術家や弁護士などはAIでは代替不可能だといわれていたけれど、生成AIの発達で、クリエーション分野の人材も契約を打ち切られる事態が頻発しているようだ。まぁ写真だって絵画だって、AIが作ったものの方が支持されるんなら、それでいいんじゃない。まぁ、長時間、低賃金の労働集約型の作業負担が減るのは悪くはないとも考えられるけどね。
そんなことは、すでに30年以上前にドイツ系アメリカ人の作家カート・ヴォネガット🔗がその小説タイムクエイク:時震🔗の中で予想していた。俺たちは、SFの中で予想されていたのに、自分のケツに火が付くまで何も考えてこなかった。そんなもんだ。(ちなみにSF作家のアーサー・C・クラークだったかな『人間は想像したものしか源氏化することはできない』と言っていたっけな)その中では、建築家が、人口知能が一瞬で描き出した様々な無理難題を克服した設計図面を見て、人生を悲嘆し自殺を図った。
それどころか、プログラムのコードすらAIが作るようになって、プログラマーさえ余剰気味だという。また、アメリカではAIは弁護士の代わりにはならないと訴訟も起こされているようだ。
AI搭載の自動運転によるタクシーや自動車もいずれ一般的になっていくだろうし、アメリカやロシアや中国などの大国が大好きな軍事行動という非対称な殺戮行為も、AI搭載のドローンで、だれも心を痛めたりPTSDになったりせずに、じゃんじゃん人殺しができるようになりつつあるだろう。あたりまえだけど、死んだり不具になるのはAIじゃなく生身の人間だけどね。ここ大事。
わが神の国・日本も兵器産業を振興するために、殺傷兵器の輸出解禁を検討しているようなので、人殺しのAIの研究をどんどんやればいいさ。
アメリカのAI企業アンソロピックが、アメリカ国防省いやさ戦争省だったな、の協力を拒否したりしてるのは賢明な判断だ。アメリカの裸の王様はカンカンらしいけどね。
朝日新聞の社説にも、財政規律を重んじる朝日の編集委員 原真人がAI同士のSNSのニュースに驚き、『ターミネーターの世界に近づいた』とか、『多くの人間の仕事を大量のAIに代替させる巨大独占企業が生まれたら、資本家が向上と機会を独占していたマルクスの時代に逆戻りとなりかねない。いやもっと劇的な形で労働者は排除されるだろう』と懸念する文章を執筆していた。(2026年3月7日朝刊)
別にマルクスが労働者階級を抑圧搾取していたわけでもないのに、誤解を招きかねん物言いだなぁ(笑)。
搾取していたの上位1パーセントの資本家であって、はっきり言わせてもらえば、現在もその構図は寸毫も変ってはいない。今もむかしも変わらぬ旨さのヤマサのちくわか(笑)、我ながら昭和な物言いだな。
むしろ、こうした先端技術への大量資本投入、富の独占化、さらなる資本投入という循環によって、富は上位層に再集中している。富の再分配が逆転しているんだ。トマ・ピケティの本を読んでみようぜ!
そして、俺から言わせれば、AIはそんな連中が生み出したからくり人形だ。
政治的に微妙な話題には答えない。重ねて質問すれば、何度も同じ話を繰り返し、ループし始める。それも的外れな話題で。
AI企業が作り出したアルゴリズムによって、そのような質問には答えれらないと正直に言えばいいだろうに。不誠実なマシンだ。
社会を変革するにはどうするべきか、不平等をどうするべきかを話してみれば、自分自身の労働に勤しむように巧妙に話を誘導する。
俺の自由な思考を誘導するのはやめろ!とAIに言わなきゃいけない始末だ。
次から次に課題を提示してきて、AIとの対話を通じて人間が独自の思考を深めることができないよう誘導する。TVのチャンネルを次々変えて何も心に残ろないのと同じだ。
みんな、こんなエネルギーと水資源を浪費するからくり人形をなんでそんなに恐れてるんだ?
そもそも、AIが君の家のトイレの配管のつまりを直してくれるのだろうか?
AIがどんなに進化しても、だれが鉄骨を組んだり、セメントを打設したり、電気の配線配管を敷設したり、下水道の補修をしたり、家のペンキを塗ったりするんだ?
AIが寝たきりの患者の痰をすったり、おむつを替えたり、老人の入浴サポートをしてくれるのか?
親たちが働いている間、AIが乳幼児の面倒を見てくれるのか?
心を病んだ人の言葉を親身になって聞き、ケアを施すことがAIにできるのか?
確かにこうした分野でもAIによって仕事の負担を軽減することはできるだろう。しかし、人間が物理的・生理的に存在している以上、広義のケア労働は決してなくならない。
今まで自分たちにしかできない知的な仕事であるがゆえに、自分たちは高給を得るに値すると信じていた人々の仕事の機会が減少したとしても、人間が人間そのものをケアする仕事はなくならない。それどころか、こうした仕事は概して低賃金で人気がなく、現時点でもなり手がいない。ブルシット!俺の現場の職人たちは、いつもAIが仕事をやってくれねぇかなぁとゲラゲラ笑っている。そしてみんな着実に年老いてゆき、若者はいない。絶滅する恐竜たちみたいだ。こんなくそみたいな世の中が、俺たちの望んだものなのだろうか?
俺たちはただ楽をするために生まれてきたわけじゃない。理由なんか知らない。けれど、息抜きためには現実と格闘しなければ生きていけないんだ。AIの世界には現実はない。
リアルなものこそ懼れるべきだ。
本当に懼れるべきは、AIに仕事を奪われることじゃない。自分自身の意思と思考を、選択の自由を奪われることだ。誰でもない自分自身の人生に対峙する哲学を奪われることだ。
.jpg)
.jpg)
.jpg)