![]() |
| 台北・剥皮寮 |
![]() |
| Bremen,Germany 左派過激派・社会主義オルタナティブのデモ 『境界線は富裕層と庶民の間にある!人種差別を暴け!』とある |
この直系家族システムの日本やドイツなどで起こっている移民や外国人、そう、日本だと例えば潤日中国人や東南アジアの技能実習生の定着に対する反発、ドイツだとトルコ人とか中東系の人々に対する排斥運動っていうのは、直系家族システムの持つ、人間に序列をつけるっていう思想が関連が非常に深く関わってると思うけど、どうだろう?
この見方はフランスの歴史人口学者・人類学者であるエマニュエル・トッドが提唱する「家族構造(家族型)」の理論に基づいているんだけどね。
直系家族の特徴である「兄弟に序列をつける=人間に序列をつける不平等を容認する思想」という本質的な価値観が、共同体外から入ってきた移民や外国人に対する排斥(独自の排外主義)の根底にあるという見立ては、トッド氏の理論でもまさにそのように説明されているんだ。
1. 直系家族の持つ基本的価値観:「不平等」と「権威」
トッドの分類において、日本やドイツ、あるいは韓国やオーストリアなどは典型的な「直系家族(Stem family)」の国とされているんだ。この家族構造は、つぎのような2つの原理に基づいている。これは昨日の鎌倉武士から始まる日本の直系家族システムでも説明した通りだ。
これが当たり前って環境で育った人々は、無意識のうちに「人間には生まれによる序列(不平等)があって当然だ」、そして「ルールや秩序、権威には従うべきだ(権威主義)」という普遍的な価値観を内面にインストールしてるんだ。
ほら、「お前、弟のくせに!」とか「親に対してなんて口の利き方だ!」とかいうよくあるセリフに、それがはっきり表れてるんだ。君にも覚えがあるだろう。
2. 直系家族型国家における「排斥(排外主義)」の特徴
絶対的なトップがいて、その下の共同体の中の平等を重んじるロシアや中国などの「共同体家族」や、イギリスやアメリカなどの自由で平等な「絶対核家族」とは異なり、直系家族の国々じゃ、外国人への排斥や差別には以下のよう独自のな特徴が現れることになるんだ。
① 「序列化」と「統合の拒絶」
直系家族の社会では、内部の人間(身内)の間ですら厳格な序列(長男と次男、本家と分家、先輩と後輩など)が存在します。そのため、外部から来た移民(日本における中国人やベトナム人、ドイツにおけるトルコ人や中東系の人々)に対しても、自動的に「社会の最下層」または「外側の序列」に位置づけようとする心理が働くんだ。
彼らを「対等な市民(平等)」として迎え入れるのではなく、「労働力として下位に置くもの」と見なす傾向が生じやすく、彼らが権利を主張したり上位に進出しようとしたりすると、強い拒絶反応(排斥運動)が起こるんだ。
人文たちはそんなことはないといいたくなるかもしれない。けれど、俺はベトナム人の技能実習生を奴隷のように罵倒する日本人や、技能実習性が妊娠すると強制的に母国に送り返すという実態を知っている。それを見ないふりをするのは、誠実な態度とは言えないな。
② 「血統」と「同質性」の絶対視
直系家族は「イエ」を世代を超えて存続させることを最優先も目的にしてるんだ。
それだからこそ、ここでは「血のつながり」や「伝統の継承」が神聖視されるんだ。だからこそ、世代間の技術継承などもしっかり行われるんだけれど、反面、社会は硬直的な傾向がある。つまり、国民意識も「血統主義」と「民族の同質性」に傾きがちなんだ。
フランス(平等主義的な外婚制核家族)のように「帰化すれば誰でもフランス人」という発想にはなかなかなりにくくって、ましてやアメリカのように、アメリカ国内で生まれたら親の国籍は関係なくアメリカ人という考えもない。てことで、「どれだけ長く住んで言葉を話せても、血が違えば永遠に外国人」、つまりアウトカーストという不可視の壁を作り出すんだ。
しかも白人系はお客さん、アジア人や黒人や中東系の人々は下に見るといういやらしさのおまけつきだ。
③ 秩序の乱れに対する過剰な恐怖
かつて古代日本人社会の主流だった流動的双系的核家族システムが、東国の辺境開拓で武装化した武士団の「直系家族」によって「食い破られ、上書きされていく」プロセスは、日本やドイツが、なぜ現代において酷似した直系家族・社会秩序、つまり独自の近代化、職人気質、秩序への執着、そして大日本帝国やナチスに象徴される全体主義至る転落への脆さなんかを持つに至ったのかを完璧に説明してくれるんだ。
トッド的な解釈に基づくこの日独の構造的な相似形は3つのダイナミズムに整理でそうだ。
日本の東国武士(坂東武者)による東国・奥羽への進出」と「中世ドイツの騎士団・貴族による東方開拓(東方植民 / Ostsiedlung)」は、歴史的・人類学的に完全な相似形(パラレル)だ。
どちらも、中央の「しなやかで洗練された(しかし脆弱な)都市・貴族文化」から飛び出した武装集団が、中央の「法と宗教」のシステムの外側にいる「強固な在地性・自然信仰を持つ部族社会」の土地へとなだれ込んでいくという侵略と開拓の構造だ。
先住民の皆さんにしてみれば、いい迷惑だ。
先住民の住む過酷なフロンティアを血で染めながら版図を拡大し、その過程で「直系家族(イエ制度 / 幹家族)」と「独自の法(領主権)」をゼロから組み立て、後に国家そのものを乗っ取っていく(鎌倉幕府 / プロイセン)という、恐ろしいほど一致したマクロ構造を持っている。
1. フロンティア(開拓地)が生んだ「直系家族」の必然
ローマ帝国の分裂と崩壊後に、西ヨーロッパを統一したフランク王国の歴史は、驚くほど徹底された「兄弟による国家の均分(平等)相続」の歴史だったんだ。
2. 西日本(アノミー)を食い破る「鎌倉幕府」という東国OS
4. この「日独の直系」と「中国の共同体」の決定的な違い
ここで、前述の「中国(秦・法家・共同体)」との凄まじい対比が完了しちゃうんだ。
読者諸兄諸姉よ、まさかもう中国の話はすっかり忘れたなんて言わないだろうね。
中国(共同体家族)この直系家族のOSは、国家(中央)が民衆を直接ペシャンコに一律管理する中国的な専制主義(デスポティズム)とは異なり、「それぞれの家、それぞれの領地、それぞれの職人ギルド(あるいは村落)」が、固有の自律性と境界線を持って独立する社会を生み出すんだ。
ほれ、国の法律は守らなくても、会社のルールは守るみたいなの、日本の社会ではよくあるだろう?これよこれ。
一方でこれこそが、西欧の直系地域や日本において、「顔の見える小さな関係」や「中間集団の自律性」が育ち、それがマクロな民主主義や独自の近代化の土台となった理由なんだ。
トッドのいう「直系家族」の二大巨頭の証明
エマニュエル・トッドの家族システム理論において、世界で最も強固な「直系家族(権威主義・不平等)」の代表格として挙げられるのが他でもない「ドイツ」と「日本」だ。
なぜこの二国が、20世紀に驚異的な工業化を達成し、同時に驚異的な軍事組織の形成と大日本帝国やナチス第三帝国という全体主義への暴走を作り得たのか?
その謎の答えが、まさにこの「東方植民」と「東国開拓」という、原野を這い回ってシステムを力ずくで着地させた、泥臭い下部構造の記憶にあるわけだ。
地理の果てで交差する「構造の必然」
ユーラシア大陸の東の最果て(坂東・奥羽)と、西の最果て(エルベ川以東のプロイセン)。
この2つの地で、数千キロの距離と時間を超えて、全く同じ「フロンティアでの闘争 → 土地私有のための荘園排除 → 単独相続の直系家族の組み立て → 首狩り族的な空間支配 → 国家の乗っ取り」という美しいトランスフォーム(構造変化)が起きていたという事実。
日本人が、大陸の先進地帯から見れば「東夷倭人」の蛮族と言われ、武士が「東国の野蛮人」と言われながらも、結果として世界最強クラスの近代インフラを構築できた謎は、まさにドイツにおけるプロイセンの役割と完全に重なってくるだろう。
近代日本の「プロイセン熱狂」という伏線回収
この「OSの一致」は、さらに近代の巨大な伏線へと繋がってるんだ。
明治維新後、日本のリーダーたち(武士のDNAを持つ人々)は、完全核家族システムのイギリスや平等主義核家族システムのフランスの民主主義ではなく、なぜかプロイセンの国家システムをお手本にして「大日本帝国憲法」を作り出し、軍隊システム構築するなどの荒業を、熱狂的に模倣することで驚くほどスムーズに達成したんだ。
まぁ、その大日本帝国憲法観が、今日の社会にも様々な後遺症を及ぼしてるんだがね。
何はともあれ、このプロセスは、単に西洋列強の真似事ではなく、「東国武士」と「プロイセンのユンカー」という、全く同じフロンティアの血と汗から生まれた『直系・軍事OS』同士が、時空を超えて強烈に共鳴し合ったからだと言えるだろう。
![]() |
| 白菜・近江八幡 |
さて、仕事が暇だから今のうちにせっせと進めよう。人生は意外と短いんだ。
武家政治による「直系家族」の西日本席巻
鎌倉幕府の成立(1192年)と、それに続く「承久の乱(1221年)」こそが、この関東発の直系家族システムが西日本を肉体的に席巻していく決定的な契機だったことは昨日話した通りだね。
この承久の乱を境にして西日本を支配していた朝廷側に勝利した鎌倉幕府は、西日本の数千箇所にのぼる没収領地に、関東の御家人🔗たちを「地頭🔗」として大量に送り込んだんだ。これを『西国補任』というんだけれど、これによって流動的でアノミーだった西日本の貴族社会・農民社会の上に、自分たちの生み出した直系家族システムのOSを西日本にインストールすることになったって寸法だ。
その後、室町・戦国時代を経て、江戸時代に施行された檀家制度🔗、明治の旧民法🔗の家父長制🔗で、この武家型直系家族システムが日本全国の「スタンダード」へと定着していくことになったわけだ。もちろんこれはアウトラインをなぞるだけの大雑把な言説だとは理解しておいてほしい。あくまでフレームワークだ。俺は学者先生じゃないんでね。
日本独自の「ハイブリッド直系」
中国が「秦によるスキタイ起源の遊牧民の家族システム導入」によってキメラ🔗=饕餮🔗化したのに対し、日本は「関東武士という内部のフロンティア」から湧き上がった直系家族のエネルギーが、西日本のアノミーな古代社会を征服・統合していくという独自のプロセスをたどってきた。
だからこそ日本の直系家族は、朱子学🔗による純粋培養の直系社会の朝鮮とは異なり、血統の純血性よりも「イエ」という経営体の存続を最優先し、優秀な養子を柔軟に受け入れるという、西日本的なアノミー・流動性のDNAを内包した「独特の強靭な直系家族」として完成したと言えるだろう。
この独自の着地を遂げたからこそ、日本はのちに西欧(こちらも直系ないし核家族の系譜)と同様に、単独相続による資本の本源的蓄積や、老舗企業の多さにもみられる家業の永続性、そして近代化へのスムーズな適応力を手に入れることができたと考えることができるだろう。
おそらくそれは、もともとのアノミーな土台があったからこその『ご都合主義的なアレンジ』だったんだろう。つまり本来が「流動的で柔軟な双系社会」であったからこそ、日本は大陸のイデオロギーを都合よく取捨選択し、血縁に縛られない「経営体としての直系家族(イエ)」という独自のシステムを構築・着地させることができたちゅうことだわ。
もし、日本が最初から強力な父系原理を持っていたら、大陸の儒教を教条主義的に—それこそ朝鮮半島のように極端な形で—受け入れるしかなかっただろう。
けれども、縄文+百越🔗の双系核家族の柔軟な土台があったからこそ、日本はきわめてプラグマティック(実利主義的)な大改造を行えたんだと俺は考えているんだ。
1. 血縁の「ゆるさ」がもたらした柔軟性
古代日本の双系社会では、血統は父からも母からも辿れる曖昧なものだったんだ。つまり、「血統の純血性」に対する執着が、大陸や半島に比べて最初から圧倒的に希薄だったんだ。
だからこそ、中世に「単独相続の直系家族」へシフトする際、「血のつながった実子」がいなければ、他所から優秀な人間を連れてきて「養子」にすればいいという、とんでもなくドラスティックな割り切りが可能になったんだな。
天皇家に後継ぎがいなかったら、600年も前に分かれた分家から養子を連れてこればいいって考えとどこか通じるなぁ。
もしこれが、血縁を絶対視する強固な父系社会であれば、血の混じらない養子は一族の祭祀を汚すものとして絶対に許されないだろう。というか、そんなもの、発想さえされないだろう。実際に韓国や中国では、一族以外の養子は厳しく排除されていた。諸葛孔明🔗も、敵対する呉に仕えていた兄の諸葛瑾🔗のもとから次男を養子を迎えているんだ。
2. 「双系」から「単独相続」への構造変換
双系的な核家族社会における平行・交叉いとこ婚の頻発は、「身内だけで財産や権力を囲い込む」ための防衛策でもあったわけだ。余談ながら俺の親類にも母方交叉いとこ婚の家庭があるけど、別に財産も権力もない。ただ、その受容をめぐって、容認派と否認派の断絶が数十年続いているだけだ。
この現状に、大陸から入ってきた「一系に絞る直系家族システム」という観念が結合した時、東国で過酷な現実と格闘する武士たちは気づいちゃったんだろうな。「いとこ婚で必死になって掴んだ財産をこねくり回すより、優秀な一人の後継者に全財産を単独相続させ、残りの兄弟は外に出したり、家臣にする方が、組織としてイケてるんじゃね?」って。
このダイナミックな方向転換ができたのは、古い血縁ルールが双系的で固定化されていなかったからだって言えるだろう。
3. 「神道(アニミズム)」という混沌なOSの持続
精神性の面でも、アノミーな土台は生き続けた。
中国の儒教は「先祖の血(祖先崇拝)」を絶対的な宗教としたけども、日本は大陸の儒教や仏教を入れつつも、土着の「神道(八百万の神)」という、ほとんど無秩序で何でもありの多中心的な宗教観を捨てなかったんだ。
おかげさんで、社会が「儒教の教え(=血縁絶対主義)」に100%染まることもなかったし、儒教の「直系・長幼の序」という便利な『統治の型』だけを道具として利用し、中身は日本独自の「家の存続第一主義」にカスタマイズすることができたという筋書きだ。
もっと突っ込んで言えば、分裂生成って考えがここでも作動してるんだ。
つまり、朝鮮半島や中国南部との差異化を図るために、あえてその融通性の高いシステムを採用したとも考えられるだろうな。『俺たちは、一応文明人だけど、あいつらとは一味違うんだ』って奴だ。
4.家督の単独相続と分家という名の細胞分裂
中国の共同体家族は、息子全員に財産を分けるため、一族の土地がどんどん細分化され、全員が貧窮化するか、あるいは巨大な宗族の中に留まり続けるしかなかったんだ。共同体家族システムそのものだ。
一方で、日本の「アノミーから着地した直系家族」は、驚くほどシステマチックに社会を新陳代謝させることに成功したんだ。
後継者(主に長男)が「家」の苗字と財産を丸ごと継承する。次男以下は、そのまま家に残れば「家臣」や「使用人」あるいは「部屋住み」ってニートみたいなもんになるしかないんだけど、経済的余裕があれば、新しい土地で「新しい苗字」を名乗って独立、つまり分家することもできたんだ。ラーメン屋ののれん分けみたいなもんだ。
しかも、こうして分家した瞬間、なんと元の本家とは「別の直系家族」としてカウントされ始めるんだ。この「苗字による分化 = 新しい直系家族の誕生」というプロセスが無限に繰り返され、社会全体が自立した中小の「経営体(イエ)」の集合体へと再編されていったわけだ。