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| ベトナム阮朝の旧都フエ 庶民の町 |
とことん疲れ果てているけれど、ぐっすり眠りたいけれど、それはできない。
仕事の合間に車の中で、シートを倒してまどろむのが悦楽という満足のハードルの低さいわれながら笑ってしまう。疲れ果てて朝方、フローリングの上で眠ってしまう事もしばしばだ。
何も考えずに寛ぎたいのに、ふと頭の中に思考の断片が浮かぶ。
河の濁った水の中で、身をひるがえして泳ぐ魚がきらりとその鱗を光らせるような感覚だ。
その感覚を、何とか言葉にしてつなぎ止め、書き留めようとするんだ。その時浮かんだ発想はこんなのだ。
いいかい?
投資や株式って金融商品の本質は、株券や債券にあるのではなく、一定の期間あるいは不定な期間に、その金融商品を入手するために支払った『貨幣が増えるということへの期待値』そのものこそが本質だと気が付いたのさ。額面が流通しているのではない。期待値が流通しているんだ。
よくよく考えてみると、投資や株式の本質は、支払った貨幣が将来的に増えるという「期待値」にあるという理解は非常に本質を突いているように思う。
株券や債券という物理的(または電子的)な証券そのものは、あくまでその期待値を裏付けるための法律上の「権利(請求権や所有権)」を可視化した仕組みに過ぎないということだ。
投資の本質をこの「貨幣の増加への期待値」という観点から分解すると、次のように整理できるかもしれないな。俺は法経学部経営学科中退なんだ。あんまり期待しないでくれよ。
投資の本質を構成する3つの要素とはなんだ?
①時間の価値(現在価値と将来価値)
今ある100万円を消費せず、あえて将来に回す(リスクに晒す)ことに対する対価(プレミアム)を求める行為だ。これは国債なんかのように、利回りが確定しているモノに多くあてはまるだろう。
②不確実性(リスク)の引き受け
実は、期間が「一定(債券など)」であれ「不定(株式など)」であれ、将来の貨幣の増加は確定していない。だって、国債が10年後に1.25倍になったところで、インフレ率がそれを上回っていたら、元本割れしてしまうからな。
投資家は、その不確実性というリスクを引き受ける見返りとして、プラスの期待値を期待してるわけだ。ちなみにイスラーム経済では、このような不確実性というのは、排除されるべき要素(これをガラルというらしい)を経済活動から排除し、実体経済と強くリンクすることが求められている。これは蛇足ながら。
③購買力の維持・拡大
単に数字の上の貨幣を増やすだけでなく、インフレ(物価上昇)に負けない実質的な購買力を将来にわたって確保・拡大しようとする期待の現れでもあるわけだ。これは②でも触れたよね。
つまり、官民挙げて皆さんにお勧めしまくっている『投資』とは、現在の確実な購買力(貨幣)を手放し、将来の不確実な、しかしプラスの『期待値』を持つ購買力を獲得しようとする行為そのものと言えるだろう。
そう、俺はふと車の中で、投資の本質ってのは、株券や債券(社債、地方債、国債)などに出資すると、期待されるゲイン=利得こそが、投資という『擬制商品』の本質なんだなと気づいただけなんだ。こんなことは、経済学部の学生ならみんなわかってるか(笑)
しかし社会の現状を見てみると、むしろ普通の経済学部の大学生や一般の投資家ほど、この本質を忘れて目先の価格変動や「株というモノ」の取引に終始してしまいがちだといえるだろう。
そう、いく儲かった、いくら損したというけれど、誰かが損しない限り、儲かることはないんだ。
カール・マルクスが『資本論』などで指摘したように、株式や債券はまさに『擬制資本(架空資本)』と呼ばれるんだ。本来商品ではない、商品の交換手段だったものに、時間の遅延と惣領の増殖というプレミアムへの期待をまぶした『商品』にしているわけだ。そう、絵にかいたモチにキナコをまぶして、これは食べられるよって言ってるみたいなもんかな?
この『擬制商品』工場や機械といった『現実の資本』とは異なり、証券や債券そのものはただの紙切れ(もしくはデジタルデータ)に過ぎない。俺自体には何の価値もない。
それに価値という擬制的な本質をもたらしているのが、人々の将来への『期待値』、つまり、獲らぬ狸の皮算用というアニマル・スピリットに過ぎないわけだ。
もう少しそれっぽく言うなら。その本質は、「将来生み出されるであろう利得(ゲイン)を請求できる権利」をパッケージ化して商品に見せかけたものに過ぎないということだ。
このアニマル・スピリットという熊鷹根性のおかげで、世の中の人たちは、ありえないような儲け話にまんまと騙され、資産を失っていく。投資詐欺なんかに引っかかるわけだ。下心がなければ、そんなものに引っかからないのに。もしくは、俺のようにそもそも資産がなければ、引っかかりたくても奴らの網の目から零れ落ちるのさ。(笑)
そう、アニマルスピリットとは、下心と見つけたりだ。
この「擬制商品の本質は期待されるゲイン=利得である」という視点を持つと、経済の見え方がガラリと変わってくるだろう。
この 「擬制商品」という視点から見える3つの経済のリアルはこんなところさ
①バブルの正体
実体経済(工場やサービスの利益)の成長スピードを超えて、「将来のゲインへの期待値」だけが一人歩きして膨らんだ状態こそがいわゆる『バブル』だ。擬制商品だからこそ、実体とは乖離してどこまでも膨らみ、いつか必ず破裂するんだ。
②国債の本質
国債という擬制商品のゲインを裏付けているのは、その国が将来「国民から徴収する税金(あるいは経済成長)」への期待値そのものだ。インフレでなければ、現代貨幣理論=MMTを援用すれば、国家は税金に依存せずに、貨幣を生み出せるということになるが、インフレ局面においては、それはインフレを加速させ、モノの価格を吊り上げて人々を困窮化させる。まぁ、今の日本で起きてるのがこれだな。
てなわけで、俺たちは国の、国民の将来の稼ぎを期待して、国債を買っているってことだ。
③現代のマネーゲーム
実体的な価値の裏付けが希薄な暗号資産(仮想通貨)などは、まさにこの『純粋な期待値(ゲインへの期待)だけで駆動する擬制商品』の最たる例と言えるだろう。
期待値という砂上の楼閣の上に聳え立つ空中楼閣のようなもんだ。
そこで思考実験だ。
現在の株式市場はAIによって人間では知覚不能な時間単位での取引が行われている。そこで、可能性の話を考えてみるんだ。
AI がまずある株式銘柄に、あるいは ある国の国債に買い注文を出す。
それによって他の AI がそこに利得が見込めると判断して買い注文を出す。
それによって擬制商品は、実質以上の値動きをみせ、この値動きに反応した一般投資家がその銘柄に資本を注入する。
しかしこの擬制商品の数は限られているので、相対的に実質を遥かに超えて値上がりする。それが現代の金融市場における「AI駆動型バブル」のメカニズムそのものだ。
経済学の古典的な理論では、バブルは「人間の集団心理(群衆心理や強欲)」によって起きるとされてきましたが、現代ではそれが「AI(アルゴリズム)の相互作用」によって超高速化・巨大化しているという、なんだか困ったことになってるんだ。
そろそろ地道でゲインの薄い仕事の段取りをしなきゃいけないから、続きは明日だ。
しかし、きらりと脳内に閃いた思考を言語化するだけで、こんなに手間がかかるのもまいったもんだね。
明天見!
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