2011/06/04

Post #204 She Said Yeah!

読者諸君、俺はこの気持ちのイイ土曜日、ゆったりと眠ってから今、まさに高校生の頃に買ったローリング・ストーンズの初期のアルバム“Out Of Our Heads"を聴いている。CDじゃない、LP盤だ。まだ若々しいミック・ジャガーの歌うラブソングが、俺を少し切なくさせる。はるか大昔の高校時代と、今と、その二つの時空のはざまに体験したさまざまなことが、この風の吹きぬける俺の部屋で交差する。少しセンチメンタルだ。
俺は、ブライアン・ジョーンズが生きていた頃のストーンズが結構好きなんだ。少し感傷的な響きでね。古いロックンロールのカバーもよくやっている。素敵なカンジだ。このころエレベーターの中でチャック・ベリーにであったミックとキースは、チャックベリーから『このままロールし続けろ!』と激励されたという。
このアルバムは、モノクロ写真のジャケットもカッコいい。こういう写真から、いつも俺はインスパイアされる。アサヒカメラなんか見る必要は1マイクロシーベルトも感じない。

一曲目はShe Said Yeahだ。俺の頭の中で、時空と記憶が混ざり合う。ノリの良い叩き付けるようなロックンロールから、She Said Yeahというフレーズを頼りにして、少し切ない記憶が引き出される。

彼女に出会ったのは、何時だったかどこだったか、憶えているけれど忘れたことにしておく。
忘れておいた方がいい事もたくさんある。
彼女は、センスの良い娘だった。とっくにくたびれたロックンロール・キッズの俺と違って、若さがオーラのように輝く年頃だった。この年頃の女の子は、どんな娘だって、とびきり輝いているのさ。その輝きに気付かず、日々を送り、くだらない男と所帯を持ってくたびれていってしまう。残念ながら、それが世の常だ。無情な世界だ。
Sagrada Familia,Barcelona
彼女は個性的な顔立ちに、流行とは一線を画した独自のスタイルを持っていた。そしてスタイルときたら、とびっきりによかった。要は素敵な娘だったのさ。
俺は彼女の写真を撮りたかった。きっと二度と逢うことはないだろうって予感があったから、たくさん撮っておきたかった。アラーキーみたいなカンジで撮りたかったんだ。けれど、彼女は写真をとられるのは好きじゃないと言っていた。残念だ。俺なら彼女の輝く季節を永遠に遺してやれたのにと思う。
彼女は、自分にはいろんな夢があると語っていた。なりたい職業があると言っていた。
俺達はいろんな話をした。俺は調子に乗っていろんなことを話したんだろう。
写真を撮っていること、昔は小説家になりたいと思って、原稿用紙にくだらないことを山ほど書きつけて、最終的には木曜日の燃えるごみの日に捨てたこととかね。
俺の事をもっと知ってほしかったし、彼女の事ももっともっと知りたかった。
彼女は、何時か一人で旅に出てみたいと語っていた。アムステルダム、イビザ、ゴアetc…。
俺は、そんな彼女といつか旅をする自分を想像した。いいだろう、想像するくらい?人生にはちょっぴりのロマンスも必要だろう。
俺は、そんな彼女に自分の旅の写真で編んだポートフォリオをあげた。
バルセロナを旅したときのものだ。
彼女は、そう彼女は俺からそのポートフォリオを受け取ると、その場でポートフォリオを見てくれた。
そして彼女は言ったんだ、Yeah!『写真家になってくださいよ。小説家になってくださいよ』ってね。

それ以来、彼女とはもう逢っていない。連絡を取る術もない。時折、写真を撮りながら、雑踏の中でよく似た人がいないだろうかと、視線を走らせることがあるって程度さ。きっともう、俺の人生で二度とふたたびまみえることはないだろう。人の出会いなんて、所詮はそんなもんさ。
俺が彼女にあげたポートフォリオは、どうなったことだろう?俺が思うに、きっとその日のうちに、駅のごみ箱かなんかに放り込まれていたことだろう。クソッ、酷いもんだ。しかし、所詮は、そんなもんさ。それが人生さ、ロックンロールさ。

けれど、彼女は確かに言ったんだ。『写真家になってくださいよ。小説家になってくださいよ』ってね、Yeah!

読者諸君。こんな話が本当にあったかどうかは、俺は知らないさ。俺はなんて言ったって、小説家志望だったんだからな。嘘を捏ね上げでっち上げるのが得意中の得意なのさ。たったひとかけらの真実を核にしてね。
そう、何時だって俺の真実は、俺の写真の中にだけ入ってる。たとえそれがどんな下手糞な写真でも。でも、もしもそんな言葉が無かったら、俺はこのブログをはじめようとは思わなかったかもしれないな。
俺は少し切なく、少し悲しい。
スピーカーからは、若き日のミック・ジャガーがBig Oことオーティス・レディングの名曲“That's How Strog My Love Is"を唄う声が流れている。俺の愛はなんて強いんだろう。こんな土曜日も悪くないもんだ。あぁ~、ストーンズが骨身に沁みるなぁ。

2011/06/03

Post #203 From The Dark Room

本日、これといって語るべきほどの事も無し。
例の小学校の遊具の点検に行き、一日で五百枚ほどの写真を撮影したってことくらいかな。
特に言っておきたいことも無いので、今日は昨日のプリントから行ってみようか?
そらよ!
Amsterdam
なんだかひさびさに、人物写真らしい写真だ。足元のバケツが実にいい味出してるぜ。
じゃぁ、調子に乗ってもう一丁、行ってみようかなっと。
Amsterdam
昨晩水揚げされたばかりの出来立てだぜ。
水揚げなんて、まるで魚屋の口上のようだ。デジタルしかやったことのない人には、イマイチピンと来ないかもしれないが、俺なんかにとっては、水揚げってのが実にしっくりくる表現だ。
モノクロのプリントには、いくつかの手順がある。ご存じない読者さんのためにざっくり説明しておこう。まずは、ネガフィルムをキャリアに挟み、引伸ばし機に装着する。続いて構図を定め、露出時間を決めて、そののちにはじめて印画紙を引伸ばし機にセットするんだ。
焦ってはいけない。この時、未使用の印画紙は、箱の中にしっかりと収められているかどうかの確認だ。これがもし、不注意で光に晒されてしまったら、せっかくの新品の印画紙が台無しだ。真黒く感光してしまうってもんだ。
そしてこれらの手順を正確にこなした後、まず行われるのは、引伸ばし機によって行われる『露光』、それを現像液の中にするりと突っ込んで感光した印画紙に画像を浮かび上がらせる『現像』だ。現像液の中に浮いた白い印画紙の表面に、ぼんやりとそしてくっきりと浮かび上がってくる画像。この時、印画紙の表面に浮き上がってくる粒子はたまらないもんがある。そう写真は粒子によって点描されているんだぜ。この瞬間こそが俺にはたまらなく楽しみで、なおかつ、生理的にグッとくる感じがするんだ。
そしてこの現像は当然化学反応であるから、これを止めるために酢酸溶液の中に印画紙を突っ込む『停止』、さらに続くのは、印画紙の表面に、化学反応によって描かれた画像をしっかりと定着させる『定着』という手順を踏むんだ。これも定着液の中に印画紙を突っ込み、5分ほど付け込んでおくのさ。これが甘いと印画紙はセピア色に変色してしまうんだ。しっかり定着しないとね。セピア色の写真なんて、俺はゴメンだからな。
この定着液の中に、しばらく留められた印画紙は、そこから抜き出されると、俺の場合、大きなバットにためられた水の中に突っ込まれ、本格的な水洗に先行する予備水洗を施されるんだ。この水の中にゆらゆら浮いている状態が、水揚げって言葉のイメージにピッタリなんだよ、分かるかい、このカンジ。
こうして書いてゆくと、なかなかに大変な作業だ。道楽ってのはすべからくこうでなけりゃねぇ。
つまりこんな訳で、モノクロというか、銀塩写真には、どこか水気が感じられるのさ。それがなんかどこかなまめかしい艶を写真に与えたりするものなんだ。

OK、読者諸君。今日はこれくらいにしておこう。明日か明後日、また会おう。今日は早起きだったから、俺もう眠くなってきちまったのさ。諸君は素敵なウィークエンドを過ごしてくれ。頼むぜ。

2011/06/02

Post #202 コソ泥たちが争っている

今日は予定の仕事が雨で中止になってしまったので、久々にのんびりさせてもらったぜ。
友人と談笑したり、14枚プリントしたりね。出来の方は、う~む、イマイチかもしれんな。これはいい感じに焼けたぞ、なんて思って水洗して明るいところで見てみると、俺の紙が一本、印画紙の上にのっていたようで、白い筋が画面に走っていたりしたしな。これは放射能の影響だろう。どうにも最近抜け毛が多い気がするぜ。まぁ、昨日髪を切ったら、連れ合いには少し若く見えるようになったと言われまんざらでもないんだが…。頼むぜ、吉田所長、俺の髪の毛の為にも、早く原発をなんとかしてくれよ。ただでさえ、日本の男たちの最大の関心事は薄毛だといっても過言じゃない。男は自分の髪の毛の事、女は自分の体重の事、そんなことばかり気にしている。それがこの日本の国だ。
正確には、3月11日まで、俺達国民の最大の関心事は、そんなくだらない事だった。おかげで、政治家の連中は、国民を小ばかにしたような政策を何十年も続けてきたんだ。いわゆる愚民政治という奴さ。
Paris
俺がそんな有意義に人生を送っている間に、国会ではとんだ茶番が繰り広げられていた。
菅内閣に対する不信任案が、自民党の馬鹿連中によって提出され、採決が行われた。
民主党議員の大量造反が予想されていたが、造反者はたったの二人。大差で否決された。
とろくさいわ。
日本人は民度は高いが、その政治のレベルは残念なほどに低いと、世界中から笑われちまったことだろう。
世間では菅内閣に対する批判キャンペーン展開中だ。
俺が思うに、この未曽有の大災害に加え、人類史上最悪レベルの放射能災害だ。誰がやったとしても、うまくはいかないだろう。もちろん、それが自民党の谷垣総裁でも、小沢一郎でも。それどころか、かつての麻生が総理だったら、被災地に行ってはくだらないジョークを飛ばして国中の顰蹙を買っただろうってことも想像に難くないぜ。
にもかかわらず、2チャンネルから週刊誌、そして大新聞に至るまで、国を挙げての反菅キャンペーンだ。
何か臭い。
ここまでみんなして菅総理の事をバッシングするのを見ていると、なんだか俺の反骨精神がうずくぜ。猛烈に菅総理を応援したくなるじゃないか。別に菅に対して好意を持っているわけではないが、大政翼賛会かよ、お前らって言いたくなるほどの、猛烈な反菅キャンペーンだからね、俺の反骨精神にボーボー火がつくぜ。むしろ、お前ら、菅が総理じゃ都合が悪いことがあるのかよって思えてくるんだ。

俺が思うに、菅は市民運動家から総理になった初めての政治家だ。
きっと、経済界や官僚、そしてヤクザとのしがらみが少ないんだろう。日本の政治が、政官業の鉄壁のトライアングルに、闇の実働部門たるヤクザを加えた利益集団によって動かされてきたのは、国民みんなが知っている。奴らは堅固な利益集団として、善良な市民をカモにして、長年にわたってやり放題だったんだ。それが秘密だと思っているのは、当の本人たちだけだろう。
そんな小汚いしがらみの少ない菅だからこそ、浜岡原子力発電所運転停止の決断を下せたんだろう。俺はこれは英断だと思うけど、自民党のクソ連中は、相変わらず文句たらたらだ。よっぽど、うまい汁を吸ってきたんだろう。
これに対する東電を筆頭とする電気連合会や、経済界のプレッシャーを受けて、自民党はこの時期に、そう、よりによってこの国が戦後経験したことのないほどの災害に直面したこの時期に、内閣不信任案を提出したんじゃないかって、思えてくるくらいさ。
冗談じゃないぜ、コソ泥どもめ!
国民はとっくにそんな茶番を非常識なものだとお見通しだと信じたい。
結果的に、国民の激しい反発が報道されることによって、今回の不信任案は否決になったのだろうと信じたい。
けれど、報道を見る限りでは、菅総理が今回の震災復興と原発事故の終息にある一定のめどがついた時点で退陣するという、まぁ、どうにでもとれるような約束をしたことで、小沢が満足したというのが実情らしい。
くだらないぜ。昨日も言ったが、奴らの目はどこについてやがるんだ?奴らの耳は、国民の声をきくためにはついてないんじゃないのか?奴らの目は自分たちに献金してくれる大旦那さんの方を向いている。奴らの耳は、経団連とアメリカのほうを向いている。いつだってそうだ。
俺には国民をだましている詐欺師やコソ泥たちが、利益を巡って争いあってるようにしか見えないぜ。

俺がブログをはじめて、こんなくだらない話題にふれたことはない。俺は世間の事なんかよりも、自分自身に浮かれて夢中になっていたいんだ。しかし、あえて言わせてもらおうか?
Paris
俺は、政治家が、人々から尊敬されるような国に住みたいと願っている。
俺は、政治家が、人々から恐れられたり軽蔑されたりしない国に住みたいと願っている。
俺は、政治家になっても何にもメリットがないような、当たり前の世界に住みたいと願っている。
俺は、政治家の倅が政治家になるのが当たり前じゃないような社会に住みたいと願っている。
俺は、サラリーマンやうどん屋の倅が、志だけを頼りに政治に携わっていくような社会に住みたいと願っている。
俺は、政治家が国民の幸福のために、自らの身命を顧みず働く国に住みたいと願っている。
俺は、市民が政治家共の醜い諍いのことなど気にもしなくても、社会が円滑に回って行くような国に住みたいと願っている。
この地球のどこかに、そんな国があるのかどうか知らない。
どこの国だって、政治家はみんなコソ泥と詐欺師たちばかりだ。
しかし、そんな夢を一人一人が持ち、その夢を見ながら、国民の権利を行使していけば、つまり、よりましな奴に投票していけば、いつかはそんな国になると信じている。

読者諸君、今日は不愉快な話ですまない。しかし、どうかこの機会に一度よく考えてみてくれ。自分には関係ないなんて言うなよ、水臭いぜ。古代ギリシャの都市国家では、指導者がくじ引きで選ばれた時代もあったんだぜ。だから市民は、国家の問題について、常に自分ならこうするだろうという見識を持つ事が当然だと考えていたんだよ。そう、批判するのは簡単だけれど、自分が明日、くじで指導者に選ばれたとき、何もできないようでは困っちまうからな。
どうにも俺は、この国の政治風土に嫌気がさしている。
世界中どこでも、味噌カツや味噌煮込みうどんやきしめんが食えて、赤だしの味噌汁が飲めるんなら、とっくにこの国から逃げ出しているだろうよ。しかし、そんな国は日本しかない。厳密に言えば、俺の住む愛知県だけだがね。ならば、コソ泥連中の国民を舐めきった今日の振る舞いを忘れることなく、よりましな国になるように、国民の権利を行使し続けていくしかないんだ。
読者諸君、失礼する。バカバカしくってやっていられないぜ。