2011/07/10

Post #239 Townscape #1

梅雨が明けた途端、凄い暑さだ。昨日一日外で仕事をしただけで、顔が日焼けでひりひりする。
節電を呼びかける声が世間に満ちているが、クーラーなしでは日中はとてもいられない。
なにしろ、俺の住んでる一帯は、アフリカ人ですら暑さに根をあげるという。仕事仲間にそういうと、かつてフィリピンパブでさんざん散財した彼は、すかさず、『フィリピン人も、暑いって言ってるぞ』と教えてくれた。
HomeTown
俺の住むミッドランド・エリア、つまり中部地方は湿気が高くねっとりとした空気によって、異常な暑さに感じられる。不快指数が高いんだろう。だからといって、冬暖かいわけでもない。雪こそさほど降らないが、北陸へと続く山々から吹き付けるいわゆる“伊吹おろし”のために、風は身をきるようだ。しかし、今ではその寒い冬が懐かしいほどだ。何しろ、熱帯ど真ん中のフィリピンや赤道直下のアフリカの人間すら閉口する暑さだ。この地域で生まれ育った俺とて、この暑さにはまいっている。車のボンネットで目玉焼きがつくれそうだ。なんにもやる気が湧いてこないぜ。熱い地域の国々の経済発展が遅れているのも、仕方ないだろう。何しろクーラーも無しじゃ、日中に頭を使って仕事するなんて困難きわまるからな。インド人が太陽よりも、月のほうを好むってのがよくわかるぜ。
どれだけ水を飲んでも、すぐに汗になってしまう。毎日熱中症で多くの人が病院に担ぎ込まれている。節電節電とか言って、クーラーを使うのを我慢するのも考えもんだ。
熱中症も心配だが、俺としては痛風の発作が起きないか心配だ。いつも発作が起きるのは、こんな夏の初めごろなんだ。発汗によって血液の濃度が濃くなり、溜まりに溜まった尿酸が、結晶化しやすくなるのさ。気が重いったらないぜ。そういや、左の足首がなんとなく痛いしな。
HomeTown
OK、今日はそんなことでねっとりクソ暑い、俺のHomeTownの光景をお届けしよう。
人間は生まれる場所や境遇を選ぶことなど出来ない。世界には、俺の知らないところが無限にある事だろう。しかし、残念ながらというか、当然ながら、行ったことのない場所の写真はとれない。今、自分がいるこの場所の写真を撮っていくしかないのさ。そうそう、この時期、日焼け止めと飲み物を忘れずに。

読者諸君、失礼する。あまりの暑さに何をするにもおっくうな俺なのさ。こんなところでご勘弁いただきたいぜ。

2011/07/09

Post #238 Atmosphere

あんたの写真は、よく意味が解らないと言われるんだ。
俺ははなっから写真に意味なんて求めていないし、それを通じて伝えたいメッセージもないし、何か特定のモチーフを題材にしてるわけでもない。
だから、なんだかよくわからないと言われると、それでイイのさ、それがイイのさ、それでサイコーなのっさ!とニンマリする。
HomeTown
例えば、こういうのは、なにがなんだかよくわかんないと特にいわれがちだ。
ふふふ…、全日写連的には、ダメな写真の見本のような写真だろうか。それをいったら、俺の写真なんてダメ写真のオンパレードだ。
しかし、俺はこういうの、自分ではかなり好きなんだぜ。流れるライト、手振れによりのたうつような光、激しいコントラスト、光に溶け込むように熔解するシルエット。最近のデジカメではこうは(つまり、いわゆる下手糞には)撮らせてもらえない。感度がいいからな。しかし、俺はこういう写真がかなり好きで、ネガを見てこんなのがあると、必ずプリントする。
揺らぐ世界。人はすでに人ではなく、夜の精霊のようにも見えてくる。
目に見える世界の向こう側に広がる、見えない世界が一瞬のぞいたような気すらする。
OK、それは俺の想像力過剰だろう。しかし、想像力の欠落した奴に、創造は出来ないんだぜ。
じゃ、こういうのはどうかな?
HomeTown
車の窓から撮ったのかなぁ、これ。流れる背景。写り込む反射光。そして真昼の暗黒のように焼きこまれた画面。これも、フツーに言えば、酷い写真だろう。けどイイんだ。なんてったって、この俺がいい写真だと思っているんだからね。けど、それで落ちを付けてしまえば、単なる独りよがりで終わってしまうのさ。だから、たまには何がイイと感じてるのか、おさわりだけでもいってみようか?どうだい、皆の衆。何がいいたいの?何が写ってるの?って言いたくなるんじゃないのかな?
イイだろう、お答えしよう。
そう、ATOMOSPHEREさ。
あえて日本語に訳せば、雰囲気、空気感。これらの写真にはあの時、この場に漂っていた、そして俺が感じたATMOSPHEREが写っているのさ。
そう、もう一度言おう。アトモスフィアだ。もっとも、これは森山大道が大昔に言っていたことなんだけどね。パクらせていただくぜ。あくまでパクリだろう、っていうんなら、他の言葉で置き換えてみるかな。
そう、においが写っているのさ。画面に鼻を近づけてクンクンしてみたって、何かがにおう訳じゃないが、そう、あの時、その場に漂っていたにおいが写っているのさ。

さて、今日はこんなところで失礼するぜ。なんせ土曜の夜だ。寛いで過ごしたってイイだろう?それに今日はアマゾンでオーダーした森山大道の写真集『狩人 A HUNTER』が届いてたからな、それを見ながらダラダラしたって、イイだろう?俺にだって、健康で文化的な生活を享受する時間が必要なのさ。なんせ、世界に誇る我が国の憲法によって、健康で文化的な生活を送る権利は保障されてるんだからな。この写真集に関しては、例によってまた後日。
では、失礼する。読者諸姉諸兄が、よい日曜日をお過ごしくださるよう、俺は写真の神様とロックンロールの神様にお祈りしてるぜ。

2011/07/08

Post #237 On The Train, In The Tube

しまった、迂闊だった。魔女の宅急便を見ていたら、すっかり遅くなってしまった。
明日はこの梅雨明けの炎天下の中、外で仕事だというのに、何時までもボケボケしてはいられない。睡眠不足じゃ、熱中症で倒れちまうことだろう。それはマズイ。俺は身体だけが資本なんだ。肉体的資本主義者なんだ。仕方ない、あっさり行こう。
On The Train
少し前にも書いたが、電車通勤ほど苦痛なものはない。しかし、昼下がりにすいている電車に乗るのは、決して嫌いじゃないんだ。こうして、こっそり素敵な光の中で写真を撮ったりできるしな。
しかし、気を付けないとこれも不審者として突き出されることになっちまうから、これはこれで、気を使うんだ。しかし、そんなスリルもたまらないんだけどね。前にも言ったように、俺には写真を撮るってことに関して、どこか反社会的というか、後ろめたい行為のように感じている部分があるんだ。しかし、そういう部分が内包されていない写真ちゅうのは、どこか毒にも薬にもならないように感じる。ロックンロールな香りがね、しないのね。まぁ、人の好みはそれぞれってのは充分承知の助ではありますがね。
そういえば、天才アラーキーの写真集に『Subway Love』というのがある。あれは、ずいぶん以前の写真とお見受けするが、どうだろう。まだ写真家としてデビューする前の電通時代のショットなのかな。地下鉄の乗客をひたすら撮って、ページごとに並べた写真集だった。
それに、どんな意味があるのか?などと訊いてはいけない。そもそも、写真に限らず、意味とは受け取る側が見出すものだからね。やりたいからやっただけっていうのが、正しいだろう。
むしろ、そんな意味がないような写真で写真集を一冊作り上げ、ひょいと発表出来る荒木経惟の力技、無限のパワーにこそ、敬服脱帽だ。
アラーキーはその頃、通りがかりの出会いがしらの人を、手当たり次第に一眼レフでポートレートを撮るという苛酷な修行もしていたらしい。よくおばさんに怒鳴られたりしていたそうだ。
しかし、その一見無意味で、苛酷な修練があったからこそ、荒木経惟は後に天才アラーキーとして、華々しく活躍することとなったんだろう。
日々の修練、侮りがたし。
In The Tube
さて、じゃ今度は地下鉄の中での一枚だ。
Tubeとは、ロンドンの地下鉄の事だ。決してシーズン・イン・ザ・サンのチューブではない。
地下鉄のトンネルが、チューブ状なことに由来する呼び名だ。本来なら、日本の地下鉄の英語表記はSUBWAYだろうが、この呼称は、俺にはホットドッグ屋さんの名前のようで、イマイチ好きになれない。メトロってのも、ちょいと格好つけすぎだ。とはいえ、パリの地下鉄だって、そんな格好いいものじゃないんだけど。なにしろ、無賃乗車する黒人のアンチャン姉ちゃんなんか、毎度おなじみだし、酔っぱらいのオヤジが見えない相手に向かって延々と怒鳴りつけていたりするんだからな。
UKロック好きな俺としては、地下鉄はやはりTUBEかUNDERGROUNDと呼びたいところだ。
まぁ、気取ってやがるといや、気取ってるんだけどね。

さて、今日はこんなところで失礼させてもらおうか。明日の仕事もハードなんだ。しかも安い。儲からないッたらないんだ。泣けてくるぜ、まったく。しかし、これも人生さ、ロックンロールさ。それもハードロックなのさ。読者諸君、また会おう。
暑さにやられないように気を付けておくれ。