2026/06/11

POST#1874 現代民主主義のモデルは、北米先住民社会だったんだぜ

Sweden

今日は朝から、まいった。

夜勤を終えて明るくなった帰ってきて、ふろも入らずにベッドに倒れ込むように眠っていたんだが、しつこく鳴る電話でたたき起こされた。

時計を見ると午前九時だ。

横を見ると、まだ息子が眠っている。学校はどうしたんだ?

カミさんからの電話だった。どうやら昨夜、俺が仕事をしている間に息子とカミさんは勉強のことで揉めて、息子は母親に『死ね!』と暴言を吐いたらしい。で、精神的に昂っていたからそのまま寝かして仕事に出かけたというのだ。

やれやれ、で、この時間か…。

俺は息子を揺り起こすと、息子は寝ぼけながら『お母さん、死なないよね』と俺に訪ねてきた。それは以前、やはり母親に切れて『死ね』と暴言を吐いたときに俺が息子に語って聞かせた言葉を覚えていたからのようだ。言葉には言霊が宿ってるからな。POST#1857🔗に書いた話だ。

どうも息子はしっかり覚えていたようだ。覚えていてもつい言っちまうのが人間だ。

『僕の言葉にも、力があるんだよね』

そう、だれの言葉にも力が宿っている。しかも、その見えない力はひとたび口から放たれたならば、取り消すことなどできない。それが撤回できると思っているのは、阿呆な政治家だけさ。

俺は行きたくなければ、行かなくても構わないといったんだけど、変に真面目な息子は、いや行くと聞かない。そうか、君の好きにするがいい。

息子に食事をとらせ、学校に送り出し、なんやかんや家事や仕事の経理事務を片付けて眠るころにはもう正午を回っていた。

そして、一時間半ほど眠ったところで、おっとり刀でカミさんが帰ってきて、息子が学校で担任の先生に暴言を吐き、先生を攻撃して興奮しているというので、迎えに来てほしいという連絡があったという。マジかよ。

俺はカミさんと二人で学校に行った。

百年近いこの小学校の歴史で初めての女性校長とは、良好な関係を保っている。

俺とカミさんは、とりあえず校長先生と話したんだ。話を聞いてみると、どうやら息子は学校が窮屈で辛いようだった。

しばらくすると、クールな感じの教頭先生と、熱意のあるスポーツマンの担任の先生が無s子を連れてやってきた。

そうして一時間ほど、どうしていくのがベストなのかを話し合ったんだ。

おかげさまで、眠い。今この瞬間も眠くて仕方ない。しかし、もうしばらくしたら車を転がして仕事に行かないといけないんだよな…。

ただでさえ、俺が夜働いているのを知っているはずなのに、GERMANYもこいつも朝から連絡してくるんだ。俺は24時間365日営業中のコンビニエンスな男なのさ。


さて、最近話の縁によく上らせていたイロコイ連邦🔗の合議制だ。

イロコイ連邦(ホデノショニ)の合議制は、全会一致を原則とする高度な民主的意志決定システムだ。

16世紀頃に結成され、母系社会を基盤とした独自の権力分立と相互監視の仕組みを備えていたという。一説には14世紀半ばまでさかのぼるんじゃないかともいわれている。日本で言ったら南北朝時代ってとこか。

この合議制には、近代の民主主義国家のシステムにも影響を与えたの4つの特徴があったんだ。

まず第一に、全会一致の原則だ。

彼らは多数決は使わず、すべての代表者が納得するまで徹底的に話し合った。

これは彼らの氏族社会ならではの特徴で、母系社会の権力バランス構造を持っていたことだ。

実際に政治を行う男性首長(サチェム)の選出や罷免の権限を握っていたのは、各氏族の女性の族長(クランマザー)が握っていた。どこかの国の男系男子以外は認めない家族氏族システムとは大きく違っていたんだ。

余談ながら、こういう事例に接すると、男系男子、直系男子による長子相続制度ってのも、単なる多様な家族システムの一つのパターン、つまりその社会の人たちの選好=単なる好みに過ぎないことがわかる。普遍的なせいどなんてものは、ないんだ。

秀逸なのは二院制に似た審議構造を備えており、反対意見を述べるものが選定され、それを排除するのではなく、どうすれば反対意見を持つ者たちも納得できる制度を作ることが出くるのかを、全員が納得するまで、根気よく話し合う習慣を持っていたことだ。

彼らは自分たちの合議制度を、伝統的な「ロングハウス(長屋)」になぞらえ、部族間で役割を分担して段階的に議論したと伝えられている。

また、七代先の子孫たちにとって、今日の自分たちの決定がどのような影響を及ぼすかをその議題の検討過程に導入するという、社会の持続可能性にその価値観の重きを置いていたわけだ。

そして連邦という呼び名の通り、各氏族は明確な主権を維持していた。

各部族は自立しており、連邦全体の共通課題(外交や戦争など)のみを中央会議で扱っていたという。これをモデルにして、それぞれ異なる植民地をルーツにする州=ステイトが連邦を形成するアメリカ合衆国が 構想されることになったわけだ。


この中央会議(50人の首長会議とも呼ばれている)の仕組みは、簡単にまとめればこんな感じだ。

連邦の意思決定は、構成する各部族から選ばれた50人の首長による会議で行われる合議制だ。そして議論は以下の3つのグループに分かれて段階的に進められたという。

[第一段階: 東の門番] ―――→ [第二段階: 西の門番] ―――→ [最終段階: 火の番人]

モホーク族 & オナイダ族       セネカ族 & カユーガ族        オノンダガ族

(議案を審議・修正)           (別の視点から再審議)        (拒否権の発動・最終決定)

  1. モホークとオナイダ(東の門番): 最初に議案を審議し、意見をまとめた。
  2. セネカとカユーガ(西の門番): 東のグループが出した結論を、別の角度から検証・審議した。野党のような立ち位置になるだろうけれど、このシステムが機能するために、このポジションは実にじゅうような立ち位置だったのさ。これがないと、深く考えることもなく、重要な議題が決まってしまう。そして、ここで出される対案は単なる反対意見ではなく、最初に提出された議題を違う角度から批判的に検証し、その施策の有効性を検証するために欠かせないものだと考えられていたことだ。どこかの国の民度の高い人々が、野党は反対ばかりで、政府の施策の足を引っ張っているだけで意味がない無用なものだと、与党に巨大な議席を与えるような考え方とは、同じ民主主義といってもまったくレベルのちがうものだと感心せざるを得ないよ。
  3. オノンダガ(火の番人): 両者の意見を調整し、最終決定を下す役回りだ。オノンダガには議論を差し戻す拒否権もあった。まる議長のようなものだな。俺は元井桐下院議会議長のジョン・バーコウ🔗をもい出したぜ。ブレクジットをめぐって紛糾する議会を、中立公平な立場で運営し、その大きな声で『order!order!』と議員たちに冷静で秩序ある議論を呼びかけた名議長だ。どこかの国のついうっかり、皇室の養子の子どもは皇位継承権を持つとかペロッといっちまうようなのとは、まったく違うな。

近代民主主義への影響

この完成された合議制と連邦制度は、のちのアメリカ合衆国憲法の草案に大きなヒントを与えたとされている。

[アメリカ合衆国の建国の父] の一人であるベンジャミン・フランクリン🔗らは、バラバラだった植民地を統合するモデルとして、このイロコイ連邦を参考にしたとされている。

連邦制(各州の主権と中央政府のバランス)、二院制、大統領の弾劾制度など、現代の政治システムの基礎にその思想が反映されているわけだ。つまり民主主義のOSを作ったいたのがこのイロコイ連邦だったというわけだ。

では、なぜこのような一見迂遠に見える優れて民主的なシステムを、彼らは作り出したのか?気にならないかい?俺は気になる。とっても。

イロコイ連邦がこの合議制システムを作った最大の理由は、部族間の果てしない血の復讐(殺し合い)を終わらせ、永遠の平和を実現するためだった

彼らの格言にある「一本の矢は簡単に折れるが、束ねた矢は折れない」という言葉の通り、生存をかけた切実な背景がありったんだ。

さて、今夜も仕事に行ってくるからここいらでおしまい。続きは明日!


0 件のコメント:

コメントを投稿