2026/01/17

POST#1732 白い竜神に導かれ

タイ、アユッタヤー 有名な仏頭

閑話休題 

以前、ある女性の案内で京都の車折神社を参拝したことがあった。

俺は若いころ宗教をやっていただけあって、正しい参拝の作法は心得ているつもりだ。

若いころは、儀式で神の名を呼べば、天から地から天神地祇が光の柱となって立ち上ることを見ることができた、ような気がする。

信じられないのならいつもの与太話だと思ってくれて構わないぜ。俺の真実は俺の中にある。けれど、神を祀るに、其処に存するが如く、座ますが如くに仕えることは当然だ。

ましてや、その存在が肌身に感じられるならば。

俺が摂社の社を参拝した後に、彼女は不思議なことを柔らかな京言葉で言った。

「なんやあんたのまわりに煙が見えると思ったら、白い竜の神さんが取り巻いてはったわ」

その女性は、見える人だったんだ。

俺が陋屋に斎き祀る尾張一宮の真清田の大神は、竜神とも伝えられる。この罪深い俺をも日々守り給うかとかたじけなくなった。もう何年も前の話だ。

その女性とは、縁が切れて久しい。

たまたまかつて1月17日にあった阪神淡路大震災で、親しい友人を亡くしたことを毎年忘れずにいた彼女を、今日ふと思い出した。思い出しては、もう会うこともないだろうその女性に幸多からんことを、心ひそかに思う俺だった。

罪業深重な俺の身にも、二度と生きて逢うこともなかろうその女性にも、真清田の大神のお導きがあらんことを乞い願い奉る。

今日は静かに失礼する。

2026/01/16

POST#1731 悪党的思考

三重県尾鷲

 承前

親父は病院のHCUで半死半生、棺桶に足を突っ込んでる。

病状を説明してくれた医師によれば、筋肉や脳の組織からアミノ酸が分解されて流れ出し、通常190くらいのクレアチンの値が20000超えているんだとさ。人工透析必須で、この溶け出した筋肉とかの成分が赤黒い肉汁のような尿の正体だ。

今回は死ぬかもな、助かってもどのみち今のアパートに独りで住み続けることはできないだろう。病院のケースワーカーさんに相談しなくちゃな。市役所の老人福祉課にもいかなきゃいけないだろう。いや、もしかしたら月末に予定しているおばあさんの13回忌と親父の葬式が一緒にできるかもしれないな。こいつは手間が省けていいこった。

それよりも猫だ。猫は生き物なので、餌をやらないと死んじまう。まぁ、死んでくれたほうが親父もあっさり転居できるってもんだ。この年取った猫の存在が、親父の転居のハードルを上げていたんだ。ちなみに俺は猫上皮、ダニのアレルギーがあるので、親父の家に入るだけで目がかゆくなる。しかし、どうにかしないといけないな。

俺は親父のアパートに向かった。

カギは空いていた。俺はあまりの散らかりようにうんざりし、土足のまま上がり込んだ。

埃と油、猫の毛なんかが複合した汚れが、あらゆるものにこびりついていた。

臆病で人になれない猫は、押し入れの中に逃げ込み、気配を断っている。猫のトイレの便臭が鼻を衝く。

台所のシンクには、洗っていない食器が山のように積まれ、何もかものが油っぽくべたべたしている。男所帯に蛆がわくというのは本当なんだなとおもったよ。

猫の餌と水を新しいものに取り換え、様々ながらくたでいっぱいで歩く場所もないようなリビングを見渡しため息をつく。

母が死んだときに何百万もかけて買い替えた浄土真宗特有の金箔ギラギラの仏壇の扉は閉ざされたままだ。親父は一人暮らしの寂しさに耐えかね、いつのまにか創価学会に入信していたから、仏壇は締め切られたままなんだ。死んだ祖母や母の遺影は、顔向けできないのか仏壇の横の狭い隙間に押し込められている。

みすぼらしく擦り切れた下着。

長年着古してよれよれになった時代遅れの服。

かかとがすり減りつま先の皮がはげちょろになった革靴。

熟女ヌードのカレンダー。

壁のあちこちに張られた新聞の切り抜きやメモ、名刺、写真。

今年届いた年賀状は机の上にトランプのカードのように散らかっている。

食べきれないほどの食料品や甘いお菓子。

そして、このとっ散らかった部屋の中に、いったいいくらあるのかわからない借金の手がかりや、一体いくらもらえてるのかわからない年金の振り込まれている通帳があるはずだ。

とりあえず俺は、心配して様子を見に来た近所のかたに猫の餌を定期的にあげてもらえるようにお願いし、仏壇の横に突っ込まれた母や祖母の写真(あぁ、この人たちについても語るべきことはたくさんある。しかし、俺はもう母のことはほとんど覚えていない。というか、詳しく知らなかったんだ。ひでぇもんだ)と仏壇のなかの繰出位牌、阿弥陀様のご本尊と親鸞聖人、蓮如上人の掛け軸を家に持ち帰ることにした。

そこに、例の大家のおばはんが現れたんだ。

彼女は、父の容態を一応心配するようなことを言いつつも、こうなった以上は早く出て行ってほしいという雰囲気を全身から放射しまくっていた。

「服部さん、昨年中に出て行行くって約束だったので、もう私は三か月もお家賃いただいてませんの」

「知りませんよ、僕は別人格なんだから」

「今日も息子さんとアパートの契約に行くって言ってましたけど、どうなったのかご存じ」

「そんな話、今初めて聞きましたよ」

大家は思った通りという表情をして、「私もビジネスとしてこのアパートを持っているんですから、私がまだ元気なうちにこの部屋をリフォームして資産価値を維持したいと考えておりますの」

そりゃそうだろう。脱衣所の引き戸の扉枠は腐ってるし、洗濯機の前の床は根太が腐っているのかトランポリンみたいだ。親父に大家として金をとって貸しているってんなら、大家としてすぐに直すべきだと俺は思うぜ。ダンスは二人じゃないと踊れないように、ビジネスも相手がいないと成立しないんだからな。自分の都合だけで物を言ってもらっても困るぜ。

「まぁ、おっしゃることもごもっともの状況ですが、なにぶん急にこんなことになってしまったので、一月末までご容赦いただきたい。」

「…わかりました。」

「つきましては、お宅様から頂いた猫ですがお引き取り願えませんか」俺はダメもとで聞いてみた。

そうすると途端に上品ぶった慇懃無礼な態度が豹変した。

実はその猫は彼女の大きな田舎の資産家風な家の納屋で野良猫が産み落としたものだったんだが、彼女はそんなことは棚に上げて、その猫は決してじぶんが親父に押し付けたわけではなく、親父が寂しさを紛らわすために自発的にもらっていったものだとか、自分の家にも90歳の母親が一緒に住むことになって、そのわがままな婆さんの世話も大変なので、とてもじゃないが無理だとまくし立てた。

いるんだよ、人に無理難題を押し付けて身動きできないようにしてタコ殴りにして愉しむような人間性の歪んだ奴が。ビンゴ!ここにもいたぜ。

その話を聞きながら俺は、はるかむかし御幼少のみぎりに、ネズミ捕りにかかったネズミがキーキー鳴くのもお構いなしに、家の前の側溝の淀んだ水の中に、籠ごとネズミを沈めて殺していた、まだ若かった母の無表情で端正な顔を思い出していた。そうだよね、母さん。

「じゃぁ仕方ない。保健所で殺処分ですな。何なら僕がこの手で殺してもいい。猫の一匹くらい、ひねり殺してあなたの家に放り込んでおくくらい、僕には造作もないことですから」

大家は呆気に取られ多様な顔をして、早々に帰っていった。

俺は時折、狂ったようなことを言う。マッドマンセオリーなのか、本当に狂っているのか。それとも単に性根が悪党なのか。この年で誰かに好かれたいわけじゃない。悪党で十分さ。

2026/01/15

POST#1731 気の滅入る話を書くのは俺自身のサイコセラピーさ

二十年前の匂やかだった女たちのやうに
二十年後は、若いあなたも老いてゐるか
金子光晴『女たちへのいたみうた』より

 どこまで話したっけ?

そうだ、2025年1月5日の親父は病院で赤黒い肉汁のような小便を垂れ流すリビングデッドになっていた。

遡った別の時空では(それは今から17,8年も前だろうか?)、長年同棲していた女性と別れ、住処を失い、資産家の未亡人の持つアパートの一室に転がり込んだところまでだ。

時間軸とエピソードが行ったり来たりするんで、混乱するかもね。仕方ないさ、俺は自分の世界をそんな重層的なミルフィーユみたいなものとしてとらえてるんだから。

因果応報する多元時空だ。


その資産家の女とは、女が犬の散歩をしているときに出会ったらしい。

父は、性懲りもなく自分は息子を4人も私立の中高一貫校に入れて、京大だの東工大だのに通わせた(俺は地元の私立大学を中退だったがね)と自慢にもならない自慢で彼女の気を惹いたようだ。あほな息子を四人も私立の中高一貫校に通わせ、そこそこの大学を卒業させるには、それ相応の資本力が必要だからな。父にとっては、子供は自分の過ぎ去った経済力のトロフィーみたいなものだったんだ。だからドロップアウトして自力で人生をはいずるようにして生きてきた俺は、まさに鬼子、不肖の息子だったのさ。

ちなみに父は社会人になった息子を保証人して、何千万円も借金をしたりしたこともある。さすがに二度目にそれをたくらんだときは、俺が親父のところに出向いて、自分の子供にそんな負債を背負わせるようなことをするなら、この場で殴り殺すと宣言して止めたこともある。借金の保証人になれない不肖の息子は、暴力的なのさ。

親父は若いころから社長社長とおだてられて来たせいで、少しでも自分に利益になりそうな人、うまい儲け話を持ってくる人、甘言を弄して近づいてくる人のことは、すぐにいい人だ、いい人だと信用し、毎度裏切られてきた。

その一方で自分より貧しい人、生活のために懸命に働く人を軽蔑し見下すことが大好きだった。しかしですよ、地に足をつけて、本当に相手のことを思ってモノを言ってくれるのは、貧しさの中でも節を曲げず、懸命に生きている人たちだろ。

その資産家の未亡人は、父と同棲していた女性が、父より二回りほど若かったことから、まだ将来のある方だからとか何とか言って別れさせた。親父自身も、方々に土地やアパートをもってる資産家の未亡人のほうが、年はいってても魅力的だったんだろう。

本人たちは否定していたが、俺を含めた子供たちは、この資産家の未亡人と親父ができていると確信していた。俺は父がその未亡人の持つアパートに暮らしだしてしばらくしたころ、父の部屋で、その未亡人の娘の結婚式の写真にまるで彼女の父親のように相好を崩してだらしなく微笑む父の写真を見て、「あぁ、こいつはあれだ、俺たち血のつながった息子たちより、この未亡人の家族を選んだんだな」と思って妙に納得した覚えがある。

しかし、金の切れ目が縁の切れ目だ。太宰治先生もおっしゃっていたぜ。

苦労知らずの親父は、周囲の人間にそそのかされて建築関係の会社を立ち上げ、ブローカーのようなことを始めた。建築業のしょっぱさを骨の髄まで味わっている俺は、建築のケの字も知らない親父がそんなことを始めたと聞いて、あぜんとした。その会社の役員には例の未亡人がおさまり、彼女の持ってるアパートの内装現状復旧などをやっていたようだ。

しかし、そんな商売が長続きするわけもなく、未亡人との関係は冷えてゆき、残ったのは滞納した家賃、夜逃げしないように押し付けられた雑種の猫、未亡人への借金と、彼女からの軽蔑だった。

年金、どこかから見つけてきた信州みその販売代理人の仕事のささやかな収入、京大を出て上場企業に就職した独り身の息子からの仕送り、借金、そんなものでやりくりする危うい生活が続いていた。

そして何年もの間、早く出て行ってくれ、金を返してくれと催促される日々が続いていた。本来なら居住権という権利があるので、一方的に退去を迫ることはできないはずだが、そもそも賃貸契約すら交わしていない、男女間の馴れ合いから間借りすることになった手前、法を盾に争う気も、父には全くなかった。去勢された駄馬みたいなもんさ。夜中に電話がかかってきて、とっとと出ていけ!と罵られることもあったという。やれやれ・・・

父はその苦境を、近くの公園でラジオ体操をする仲間と出会い、彼らと損得抜きの関係を、おそらく人生で初めて結ぶことで何とかやり過ごしていたんだろう。

そして、2025年1月5日、父は大家である未亡人に、息子、つまり俺とともにアパートを借りに行く予定だとその場しのぎのウソをついていたのその日に、ラジオ体操から帰った後、インフルエンザによる横紋筋融解症で、足腰の筋肉組織が崩壊して倒れ、動くこともできなくなり、そのまま行けばお陀仏さんだったところを、たまたま訪ねてきたラジオ体操仲間に助けられ、救急搬送されたのだった。

やれやれ、やっと一本にまとまってきたぞ。気の滅入る話は読むほうも書くほうもつかれるもんだ。今日はもうやめるぜ。

俺の経験からすれば、怖くない女なんて地球には生息していない。君たちも変な希望も幻想も持たないことだ。