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| 沖縄。駐車場に猫 |
昨日の続きだ。まぁ人生は何時だって昨日の続きなんだけどね。
沖縄の負担軽減と経済振興を言うんだったら、首都機能を那覇に移転したらどうだって話だよ。
スルーされるといけないから、もう一度言っておこうかな。
沖縄の負担軽減と経済振興を言うんだったら、首都機能を那覇に移転したらどうだって話だよ。
政府の皆さんがもし本気で沖縄の『負担軽減』と『経済振興』を謳うのであれば、口先だけの振興策や数字のごまかしじゃなくて、いっそ思い切ってドドンと!首都機能を那覇に移転さたらどうじゃろう?という提案は、日米両政府がこれまで一億回くらい繰り返してきた「言葉の欺瞞」を根底から吹き飛ばす、ある意味最大にして究極のストレートな言説かもね。我ながら笑っちまうぜ。
まぁ、思考実験だ。俺の頭の中を君にのぞかせたからって、誰からも文句は言えないだろう。それがこの民主国家日本のいいところだ。中国みたいな専制国家では、そうはいかない。
もし国会、官邸、中央官庁、そして皇居が那覇に移転し、この国の政治・経済・文化の「本当の中心」が沖縄になれば、これまで本土が安全な場所から沖縄を「2級市民・捨て石」として扱ってきた構造は完全に、瞬時に消滅しちまうだろう。
この「那覇への首都移転」が、なぜこれまでの対話のすべてと完璧に一貫しており、この国の欺瞞を完全に終わらせる力を持つのか、ちょっと一緒に考えてみよまいか。
1. 「これ以上の経済振興策はない」という絶対の真理
政府や与党政治家たちは、基地を受け入れさせるための「人参」として、毎年のように数千億円規模の「沖縄振興予算」を自慢げに提示してきた。しかし、それは沖縄の自立を阻み、基地に依存させるための「欺瞞の金」に過ぎなかったわけだ。そんなことはないっていうんなら、那覇の街を歩いてみればいい。きっと君にもわかるだろう。
そこで俺がぶち上げる真の経済振興策がこれだ。
もし首都機能が那覇に移れば、数百万人の人口、数万の企業、そして国家の富がどどんと津波のように沖縄に集まることになるだろう。
国策としての補助金に頼る「不自由で閉ざされた経済」ではなく、沖縄が名実ともに日本とアジアを結ぶ「本当の経済の中心(ハブ)」=『万国津梁』へと生まれ変わるってわけだ。「これ以上の負担軽減と経済振興はない」という俺の一見荒唐無稽な発想は、政治家や官僚たちの言い訳を完全に封じる圧倒的な奇策だろう?
2. 「満腔の怒り」を伴う本物の平和外交への強制転換
首都機能が那覇(つまり米軍基地のすぐ横)に移るということは、中国の弾道ミサイルや極超音速ミサイルの「最前線の射程内」に、勇ましい政治家のセンセーがたや優秀な官僚の皆さんといった、国家の意思決定者たちの命が文字通り配置されることを意味するんだ。
ついでに、ひめゆりの塔とかに参拝してもらうとするか。ここなら、どっかの神社と違って中国から文句が出ることもないだろう。
こいつは自作自演の終わりだ。いままでお疲れさん。いままではなんとなく安全な東京から「中国の脅威」を叫び、米軍の不安定な最高司令官トランプの気まぐれにお付き合いしてきたわけだけど、自分たちがミサイルの第一撃の標的になった瞬間、彼らは自らの命を守るために必死になるだろう?なんてったって、人間は自分の命を惜しむからな。命がかかると急に臆病で吝嗇になるものさ。
そうすると、中国共産党政権を相手に、そのメンツ第一の顔を無用に逆なでするような、勇ましく敵対的な言葉はオフィシャルな場から一瞬で消え去ることだろう。
「敵を作らないことこそが真の無敵である」という最高の価値(徹底した外交と対話)へ、政治家の皆さんは方針転換せざるを得なくなるだろう。
自らが「盾」のレイヤーに立たされて初めて、本物の平和外交がこの国の第一原則になるんだ。死ぬのはいつも他人ばかりとは限らないのさ。
3. 「1人1人のインテグラル(総和)」としての国家の回復
政府が「地政学的な優位性」を語り、沖縄の女性がレイプされ、殺害され、死体を放置されるような凄惨な事件が起きても日常生活で使わない「遺憾」という冷たい記号でやり過ごせてきたのは、自分たちが安全な本土の特権的なレイヤー(1級の安全)にいたからに他ならないんだ。
安全地帯にいるのなら、どんな勇ましいこともいえる。しかし、現実の世界は勇ましいことを言った途端に、お前、それは本気で言ってるんだろうな?って胸ぐらをつかまれることだってある。そんな経験はうんざりするほどしてきた。それが野戦の世界だ。現実の社会だ。
那覇に首都を移すということは、国家の意思決定者たちを、切り捨てられる側の現場へ強制的に合流させることを意味するんだ。道ずれなのさ。
ここにトロッコ問題は生じないぜ。なぜって弱い立場の少数派も、強者の多数派も、同じレールの上にいるんだからね。暴走トロッコなり弾道ミサイルなりが突進してきたら、一蓮托生のお陀仏さんだ。
だからこそ、誰一人として記号にしない、国家体制維持のコストにしない、1人1人の尊厳を絶対に切り捨てない「インテグラル=国民の総和としての国家」の理念は、彼らが自らの命を沖縄の人々と等しく天秤の皿に乗せられた瞬間に、初めてこの国において本物の、血の通った政治原則へと転換されることになるだろう。
どうだい?笑えて来ないか?
現在、本土の安全な東京の官邸から、政治家たちが「中国の脅威」を叫び、威勢のいい強硬論を口にできるのは、自らの肉体が中国人民解放軍のミサイルの射程から遠く離れているような気がしてるからだ。実際には、思いっきり射程距離内にあるんだけどね。
物理的な位置関係で見れば、中国本土から東京(永田町)までの直線距離は約1,500km〜2,000kmだ。一衣帯水だ。中国人民解放軍が保有するミサイル網に照らすと、東京の中枢は「余裕で狙える」どころか、日本全土が連中の精密誘導ミサイルの射程にすっぽりと覆われているのが冷酷な事実なわけだ。どこにいたって全然安心じゃない。不沈空母とかいうけれど、動けない空母じゃしょうがないよな。
しかし、国会や官邸が普天間や嘉手納のすぐ横に移転しちゃったら、政治家のセンセー自身が「自分が不用意な一言を発した瞬間、数分後には頭上に弾道ミサイルが着弾して何もかもバラバラに吹き飛ぶ」という極限の恐怖の中で生きることになるわけだ。
小気味いいぜ。
勇ましい言葉に酔いしれる自分自身の命が人質(盾)に取られた状態では、一人一人の国民を、マクロな防衛論のもとで顔のない記号に還元して、「ガタガタ言うな」と言わんばかりに1人1人の命を必要経費扱いしていた政治家のセンセー、官僚の皆さんであっても、言葉の重みと恐怖に直面せざるを得ないよな。うふふ、楽しみだ。
2. 相手を「敵にしないための死に物狂いの外交」への転換
これまでは「中国は話が通じない独裁国家だ」と外交を諦め、中国との対話を推進しようものなら、媚中派だ、親中派だとつるし上げられてきた。そのくせ、経済は中国とデカップリングできなほど相互依存しているのにだ。経済界から中国大使になった故・丹羽宇一郎氏は、「このままではZ世代は戦後初めて実戦を経験する世代になりかねない」と現在の流れを懸念しながら世を去った。
それでも、長年寄らば大樹の陰という思考停止のまま米軍の暴力装置に依存していましたわけだが、首都機能が最前線に移れば、そんな欺瞞は一瞬で破綻するんだぜ。
サウジアラビアを見てごらん。アメリカ軍の基地がイランから、フーシ派からネチネチと攻撃されているのを君も知らないわけではないだろう。そして、アメリカはそれでも重い腰を上げない。日本の時にアメリカが即応してくれるなんて思うのは、甘ったれた考えだね。
そこで生じるのが言葉の選択の慎重化だ。
相手を挑発して「火事」を起こせば自分が死ぬため、オフィシャルな発言から敵対的なレトリックは完全に排除されることになるだろう。いきったことは言えなくなるのさ。
じゃあ、どうするんだって?そんなの戦わずして勝つ政治の実行しかないだろう。戦いになった時点ですべてはバッドエンドなんだぜ。
好戦的な言葉の応酬から、偶発的な軍事衝突を絶対に防ぐための「常設ホットライン」の完全な運用や、経済・文化を通じた「絶対に戦争を起こせない不可分の関係」の構築など、これまでサボってきた「敵を作らないためのタフな外交努力」を、政治家のセンセー方や官僚の皆さんは自らの生存のために死に物狂いで始めるはずだ。
もっとも、ホットラインの運用不可に関しては、中国人民解放軍が意固地になってその運用を放棄してるってのが原因だけれど、その遠因はどこにあるのか、謙虚に考えてみることも大人の態度じゃないかな。
東京には「強力なミサイル防衛(イージス艦やPAC-3)」や「1,500を超える地下シェルター(地下鉄駅などの避難指定)」が優先的に整備されている。
何より「本当に戦争(台湾有事)が始まった時、最初にミサイルの雨が降り注ぎ、戦場になるのは東京ではなく、米軍基地と自衛隊のミサイル部隊が密集する『沖縄・南西諸島』である」という、軍事戦略上の冷徹な計算(盾としての沖縄の利用)がある。
沖縄の国民はどうなるのか?避難計画策定とか言っているけれど、有事にそんな大規模な人員海上輸送や、航空輸送ができるわけではない。それに、人間は持ち運びできる鉢植えじゃない。
自分たちの頭上にも刃が向いているという「本当のこと」を知りながら、その刃の切っ先を沖縄という場所に引きつけさせることで、東京の安全なレイヤーを維持しているってのがこの国の本当の姿だ。
この構造こそが、俺が君たちを辟易させながらストレートな言葉で暴いてきたこの国の安全保障の「最大にして究極の欺瞞」に他ならないのさ。
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