2011/06/23

Post #222 夢を見た

昨晩は、ブロガーの不具合で写真をUP出来なかったから、これは昨日の投稿なんだ、実は。

昨日の夜は、遅くまで仕事をしていた。しこたま写真をメールに添付して、お客さん送ったときには、もう真夜中どころか夜明けだった。つまり、夜明けまで仕事をしていたんだ。
床に就いた頃には、すっかり空は白み始めていた。まぁイイ、それでも2時間は眠れるぜ。充分だ。何なら、明日の仕事は、車で出撃で高速に乗って行けばいいだろう。飛ばして行くぜ。なんせ仕事はまさに今山場だ、胸突き八丁だ。ボケボケ眠っている場合じゃない。
Izmir,Turk

その短い眠りの中で、夢を見た。
夢の中では、もう二度と逢うこともないと思っていた君から、俺の携帯に電話がかかってくるんだ。
そして、俺はまた、君と逢えたんだ。君はまたあの頃のあの夜と同じように、どこか照れたような笑顔で屈託のない話をしていたんだ。
俺は、嬉しかったんだ。夢の中で、これが夢だなんて思ってもみなかったぜ。
そんな嬉しさは、目覚ましの音で幻のように消えちまった。
隣には、俺のつれあいが眠っている。それが現実だ。
そうさ、全て夢だったのさ。俺は、無性に悲しくてやりきれなかった。君たちには、そんな経験はないものかねぇ?

俺は思い出したぜ。RCサクセションの切ない曲、『夢を見た』を。こんな曲だ。

きみのことを 夢に見たのさ
目が覚めて ぼくは悲しい
夢の中には 涙はなかったさ
目が覚めて ぼくは悲しい

鏡の前できみを呼んでも
泣き出しそうな ぼくがいるだけ

今日一日は 朝から晩まで
なんとなくなんとなく 悲しい

決して目立つ曲じゃないんだぜ。ヒットしたわけでもない。むしろ、売れない部類だろう。けれど、こころに残るイイ歌だ。まぁ、つまらないと思う奴は思っていればいいさ。きっと、俺の感性とは志向性が違うだけの話だ。しかし、今日はそれを云々する気にもならない。そう、今日の俺ときたら、まるでこの歌のような一日を送っていたんだ。

なんとなくなんとなく、悲しかったのさ。
Izmir,Turk

いくら悲しんだところで、どうなるもんでもないんだけれどね。けど、なんとなく、そう、なんとなく、悲しい余韻が残る一日だったのさ。もっとも、仕事はそんな俺のなまっちょろな感傷なんかすっ飛ばしてしまう程、大回転の大忙し、八面六臂の大活躍だったんだがね。それがまた、やりきれない反面、有難かったんだけれどね。

そうだぜいつだって、心の中に、ブルースがあっても、それでへこたれへたれている訳にはいかないのさ。そんなブルースのない人生なんて、味気ないものさ。

2011/06/20

Post #220 Grief Of Last Dinosaur

俺は、今日仕事が終わってから、久しぶりに現場のそばにあるカメラ屋に行ったんだ。久々に中古カメラを物色したり、暗室用品を物色したりしていたんだ。そこで目に入った一枚の告知。俺は愕然とした。膝から力が抜けそうだ。
HongKong
それは、次のようなものだ。
『黒白印画紙 一部製品の販売終了について
拝啓 貴社益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。
また、平素は富士フィルム製品に格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、標記の件、永年にわたりご使用拡販頂きました本製品は、需要が大幅に減少したため、下記サイズを順次販売終了と致しますのでご案内申し上げます。
これまでのご愛顧を深く感謝いたしますとともに、今後とも弊社製品をお引き立て賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。

1.販売終了製品 および終了見込み
*終了時期は見込みのため、終了時期が前後する可能性があります。』

何だと?聞いてないぜ、俺。俺は一覧に目を通した。俺の目ん玉はトムとジェリーのトムが驚いた時のように、飛び出していただろう。そこには、こうあった。

③黒白ネガ用引伸印画紙“フジブロWP FM4号”シリーズ
終了品 F BRO WP FM4 6 100A 
おいおい、こいつはズバリ俺の使ってる印画紙じゃないか?フジのRCペーパー、六つ切り、特別硬調、100枚7180円の愛用品だ。マジかよ。
終了見込み 平成23年3月
おいおいおい、待てよ、今平成23年の6月だぜ。俺、ついこの間100枚入り買ったよな?どうなってんだよ。
代替品 F BRO WP FM4 6 20A
おいおいおいおい、それって割高な20枚入りだろう!ふざけるんじゃないぜ、富士フィルムさんよ!あんたら確か以前、写真文化を守るために、フィルムカメラや用品をなくすことはないって言っていただろう?いやいや、薬品が統合され、引伸機の製造販売から撤退したのは、つい2,3年前だったよな。どうなんだよ、
そりゃ、20枚入りでは残ってますよ、同じ商品が、しかし100枚買ったら8900円だ。約24%の値上げだ。そりゃ、あんまりだろう!
ふざけるな!
俺は棚を見た。すでに俺の愛用のFM4の100枚入りは無い。しまった。
俺は直ちにその店を出て、地下鉄に乗り、ビックカメラに行った。いつも俺が印画紙を買っているところだ。あるじゃないか、FM4 100枚入り。しかも二箱。(この箱が、プリントの整理にはもってこいなんだぜ。それが無くなるなんて…。)
懐に金はない。しかも今月は市県民税を払わねばならんのだが…。
市県民税と印画紙。俺にとってどちらが大切か、言うまでもない。
お金がなければ、カードを使えばいいじゃないと、心の中のマリー・アントワネットがささやく。
俺は、2箱抱え込んでレジに向かった。『カードでお願いします。』 
いや~、まいったなぁ…。
HongKong
富士フィルムさんよ、写真は単なる商売じゃなくて、文化なんだぜ!
そんな値上げで需要の減少に対応しようなんて、ますます印画紙を使う奴が減っちまうだろう!本当にシビアなビジネスならば、需要喚起を考えろよ!流行のドラッカーでも読んだらどうだい、こんチクショー!
そもそも写真を文化として捉えていないから、みんな目新しいものにぴょんぴょん飛びついて、昔ながらのモノクロ愛好者がガンガン減っちまうんじゃないのかい?
デジタルで処理すればいいだろうという声も聞こえてくるけれど、ケミカルでプリントを作る充実感、緊張感、達成感。これはやったことのない奴には、ちょっと分からないだろうな。黒の粒子の織り成す美しさ。そして何より、同じものは二度とは焼けないという一回性。
ロバート・フランクが言うように、モノクロ写真は、『私の手の詩』なんだ!
そうさ、俺は滅びゆく文化を愛しているんだ。
しかし、鈍行列車が新幹線に取って代わられ、リニアに取って代わろうかって時代の旅が、長期の船旅が飛行機に取って代わられ、東京パリ間を2時間半で結ぶ大陸弾道航空機が開発されようとしている時代の旅は、俺が思うに、密度が下がったんではないだろうか?
それと同じように、こだわらなければ何もかもお手軽に出来てしまうデジタルな時代の写真は、俺にはどこか物足らない。いまどきのロックがどこか物足りないのと同じだ。ちなみに言っておくと、俺は内田裕也もダイゴも、どっちも認めていないんだけれどね。

ああ、それはもちろん俺の個人的な感想だ。

俺の心の中では、荒涼たる大地を彷徨う、滅びゆく定めの最後の恐竜が天を仰いで悲しげに咆哮している。怒りに燃えていても、その怒りを誰にぶつけることも出来ない。
Tokyo
フィルムカメラ、モノクロ写真愛好家の諸君、立ち上がれ!
モノクロ写真こそ、ズバリ写真の王道だろう!写真の火を消してはいけない。立ち上がれ、同志たちよ!値上げにも負けず、じゃんじゃんプリントし、じゃぶじゃぶ印画紙を浪費してやろうぜ!
読者諸君、俺はやり続けるぜ。自分の選んだ俺の道だ。金がかかってこそ、高尚な道楽ってもんだ。あぁ、それでこそ、金儲けにも励みが出るってもんさ!Fuck!
読者諸君、また会おう。俺は悲しみと怒りに悶えながらも、闘志に燃えているだろう。