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2014/06/07
Post #1159
根尾村水鳥
田舎の葬式は、なんとか会館じゃなくて自宅で行われるんで、参列者は田んぼの横の道に並んでいる。
根尾村水鳥
参列の皆さんは、部落の序列や死者との縁の深さによって定められた、さまざまな供物をもって、もうすぐ始まる野辺送りを待っている。うちのカミサンは、そうめん持ちだった。
俺はもちろん、カメラ持ちさ。
根尾村水鳥
もうすぐ、出棺だ。この細い道を、焼き場まで歩いてゆくのさ。
俺たちは、誰もみな、生まれながらに不完全な死体だ。徐々に時間をかけて、毎日少しづつ死んでいっているのさ。
読者諸君、失礼する。死を自分の人生から切り離して考えるのではなくて、自分の人生に繰り込んで生きる事。それによって、生きる意味が初めて浮き彫りになる。闇がなければ、星は輝けないんだぜ。
2014/06/06
Post #1158
根尾村水鳥
昨日は爆睡してしまったというのに、今日はまた携帯用に新しく用立てたSDカードに音楽を5,000曲くらいぶちこむなんて、しょうもないことをしていたおかげで、睡眠不足だ。生欠伸が止まらないぜ。
これから朝まで男の仕事だというのに。困ったもんだ。
しかし、ロックがなければ男の仕事ははかどらないしな。
まぁ、そんなことはイイんだ。
今日もまた、君に見てほしい、岐阜県の山の中の部落の葬儀の断片を。
民俗学者、宮本常一のとった写真のように、もうすでに俺たち21世紀の日本人には、異国としか思えない風景だ。
根尾村水鳥
読者諸君、失礼する。それ、およそはかなきものは、この世の始中終さ。どんなに時代が変わっても、人が死ぬことからは逃れられないぜ。
2014/06/05
Post #1157
根尾村水鳥
梅雨入りが近い。
先日の異常な暑さはすっかりおさまり、雨模様だ。
気圧のせいなのか、日ごろの仕事の睡眠不足がたたっているのか、どうにも眠くて仕方ない。
涼しいので夕方仕事に出かけるまでに、プリントでもしようかなんて下心もあったのだが、どうにもそんな気にもなれないほど眠い。
そういう時は、眠るに限る。
眠りは一回ごとの小さな死だというような文言を、どこかで読んだ。
どこで読んだのか全く思い出せないけれど。
ならばこそ、一日一日をよく生き、よく死ぬことが必要だ。
読者諸君、失礼する。人生はなんだか夢のように過ぎていきます。
根尾村水鳥
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