2012/01/27

Post #441 27/Jan/2012

HomeTown
今日は一日、眠って暮らした。今日まで仕事が続く予定だったんだが、昨日の夜で片がついてしまったんで、眠って暮らした。とはいえ、家に帰ってきたのは朝の8時。いろいろと所用を済ませて、布団にもぐりこんだときには、もう正午過ぎ。40過ぎると休息が必要なのさ。働くだけが能じゃないってことだ。
それはそうと冬は、活性が低くなるのでいけないぜ。
数少ない貴重な読者諸君、また会おう。

2012/01/26

Post #440 26/Jan/2012

昨日の夜、仕事に出撃しようとしたところ、うちの連れ合いが電話をしてきた。
どうも、25日の夜東海地震が起こるという噂が、ネット上に飛び交っているというので、不安になったということだ。
金儲けのためには、そんな流言飛語に構っちゃいられないんだ。そんな誰かの予知夢だなんだってのに付き合って、震え上がってちゃ、こちとら仕事にならん。俺は構わず出撃した。
Paris
案の定、何事もなかった。当然だ。
この手の話しは、俺はノストラダムスの大予言で懲りているんだ。あれで人生を踏み外したと言っても過言ではない。あの忌々しい『ノストラダムスの大予言』の著者、五島勉は切腹でもするのが当然だと考えているんだ。しかし、世間の皆さんは忘れっぽい。TVで外国からやって来た何やら胡散臭いおっさんやおばはんが、いついつどこどこで地震が起きるとかほざいているのを見ると、腹が立つ。起きなかったとき、奴らが謝罪した話を、俺は聴いたことが無い。風評被害なんてもんじゃないぜ。
そんな噂を流す奴は、責任を取ってほしいもんだ。一体何を根拠に・・・。そんな夢を見たからっていちいち大騒ぎするなんて、とんだ暇人だ。俺は自分の生活を切り盛りししていくことに精一杯なんだ。バカバカしいったらありゃしないぜ。第一夢で見たことが本当になるんだったら、今頃俺は、金にも不自由してないだろうし、女の子にも大人気だって!
バカバカしいッたらありゃしない。大地震が来ようが、癌になろうがならなかろうが、人間はいつか必ず死ぬ。備えをするのは大切だけれど、それに怯えて生きるのは本末転倒だ。

戦国時代最大のトリックスター松永弾正久秀は、こういっていたっけ。
『たとえば今、天の落ちるということになれば、空を見ずしているがよきなり。見てかなしむとて、落ちるべき天の落ちずしてあるべき事かは。』(『なぐさみ草』より、一部言い回しを改めた)
さすが、東大寺の大仏を焼き払い、将軍を殺し、おのれの主君の三好家を滅ぼし、信長に反旗を翻しただけの男は言うことが違う。

今、この瞬間にやるべきことをん一生懸命やってない奴は、せいぜい命を惜しめばいいのさ。もっとも、そんな奴は、どれだけ長生きしたって、ただ生きてるだけに過ぎなんだ。とはいえ、俺とてまだ死ぬ気はサラサラないが、人間いつ死ぬかなんて、見当もつかんしな。ひょっとしたら、今夜にでも交通事故で死ぬかもしれんのだ。しかし、それがどうした。今この瞬間は、生きて活きて好き放題やってるってもんだ。
そろそろ今夜も出撃だ。寝言は寝て言え!と言いたいぜ。
読者諸君、失礼する。

2012/01/25

Post #439 25/Jan/2012

Bruxelles
最近、白戸三平の『カムイ伝』にはまっています。三部構成の大長編マンガとして構想され、第一部がスタートしたのが1964年。今から50年近く前だ。にもかかわらず、第3部は未だにスタートしていない。未完の大長編だ。
非人部落に生まれた故に、強さとそれによって得られる自由を求めて忍者となるカムイ。しかし、その忍者の世界も厳然とした階級社会であり、陰惨な掟でがんじがらめであることを悟ったカムイには、抜け忍となり、次々と襲いくる追手を倒し続けるしか生きる道は無くなっていくことだろう。
最下級の農民である下人に生まれながらも、本百姓となり、皆の生活を豊かにするために苦闘する正助。正助は、隠れて文字を習い、仲間たちに教え、自分たちのことは自分たちで考えて行こうと訴える。その一方で、蚕の養殖や綿花の栽培など、新しい産業を興すことで、農民を豊かにするために試行錯誤を続けてゆく。
藩の家老の家に生まれながらも、一族全てを惨殺されながらも生き延び、藩主への復讐を誓う竜之介。生き延びるために、非人にまで身をやつした竜之介は、自らは何も働かず、唯、農民から搾取するだけの武士の在り方に疑問を抱いてゆく。
この3人三様の主人公たちが、身分制度が生み出す世の理不尽と闘い、もがき、苦しみながら生きる姿を描いた大長編マンガ、それが『カムイ伝』だ。どう、面白そうでしょう?
第一部だけで15巻もあって、まだ5巻までしか読んでないんですが、これが面白くてたまらないわけです。毎日のように、本屋に行ってはコツコツ一冊づつ買ってきて、夜勤明けのぼんやりした頭で読んでいます。忍者同士の暗闘や武士の殺し合いで、首が飛ぶ、腕が千切れ飛ぶなどの残酷描写は日常茶飯事。次から次に一揆が起こされ、首謀者は磔にされ、首が晒されるのも日常茶飯事。いまどきの人がなかなか死なないヌルいマンガとは大違いだ。
第一部、第二部、そして外伝も合わせると38巻にもなる大長編なのですが、そのテーマはズバリ、『反権力』、『反差別』、『反搾取』といったところでしょうか。
あくまでも舞台は江戸時代初期なんですが、この身分制度のような構図は、形を変えて今も俺達の周りをがっちり固めているに違いないのだ。それはより巧妙で、一見それとは気が付かないようにソフトに偽装されている。
サラリーマンを辞めた俺には、サラリーマンは江戸時代の百姓と変わらないように見えていた。そして、その下部構造として、派遣やアルバイトなどしか働き口の無い若者たちや初老の人々。誤解を恐れずいうならば、彼らは、自らの土地を持つことを許されなかった下人か、それとも生業を持つことを許されなかった江戸時代の非人のようだ。
正直、現場関係の派遣のような会社で働いていた俺は、登録アルバイトスタッフという名の、現代の下人たちを搾取しているような、後ろめたさというか居心地の悪さを、感じ続けてきた。
そして、如何に理不尽な内容でも、組織の上からの指示には従わざるを得ないという阿呆らしさ。そして、その指示が如何に理不尽で自分たちを苦しめることになっても、唯々諾々として従う同僚たち。彼らは如何に搾取され、理不尽な命令を吞まされても、自らの安逸な生活を維持するために従い、戦おうともしない。
それら全てにうんざりして、俺はサラリーマンを抜けたのだ。
俺は、白戸三平のカムイを読むことで、この現代社会が、新たに照らし出されているように感じているんだ。
あぁ、カムイや正助のように、生きることができたなら・・・。しかし、その覚悟が俺達にあるだろうか?さてと、今夜も仕事だ。そろそろ、準備しないとな。読者諸君、また会おう。