2012/08/03

Post #603 やってられない夜もある

俺だって、こう見えて常識的な社会人として各方面にご厄介になっているので、時にはクソミソにけなされても、ぐっとこらえていなければならない時もある。内心には、やってられっかよ、バカ野郎!と思いながらも、それをやっちまったらおしまいなのだ。
今夜もそんな夜だった。
Osaka
そんな時、どうするのか?
酒でも飲んでふて寝したいが、痛風持ちの俺としては、それは避けたい。あれは痛いからな。もちろん、酒をかっ喰らっても、問題は解決しない。
ゆっくり風呂に浸かってリラックスしよう。もちろん、それで問題が解決するわけではないが、心身がリラックスするのは悪いことじゃない。少なくとも、どこかで切れて関係者一同をまとめて虐殺してしまったりするよりは、ずっと建設的だ。内心は虐殺とまではいかなくても、俺の知ったことかって、ほっぽり出したい程度なんなだが・・・、さすがにそれじゃオマンマの食い上げだ。
今夜もそんな夜だった。
むっとして、うんざりし、疲れ果てて帰ってきた。で、風呂に入ってゆっくりしたんだが・・・、気が付けば真夜中も真夜中だ。驚くぜ、ざっと4時間も風呂に入っていた計算だ。

読者諸君、失礼する。俺は眠るぜ。明日も朝早い。寝言は寝て言うに限るぜ。

2012/08/01

Post #602 ふと思い出す金子光晴

車を転がしながら、金子光晴の『愛情60』という詩を思い出した。

  人が戀しあうということは、
  あいての人のむさいのを、
  むさいとおもわなくなることだ。

  もとより人は、むさいもので、
  他人をむさがるいはれはないが、
  じぶんのむささはわからぬもの。

  じぶんのからだの一部となつて、
  つながつたこひびとのからだを
  なでさすりいとほしむエゴイズム。

  じぶんのむささがわからぬ程に
  あひてのむささがわからねばこそ、
  69(ソアサンヌフ)は素馨(ジャスミン)の甘さがにほう。
Osaka
言いえて妙だよな。Soixante-neuf はもちろん、あのシックスナインという奴だ。
俺が生まれた年も69年だがね。何ということはないけれど、ふと身近な出来事から連想して、運転しながら、思わずニヤリとしちまったぜ。人を愛するってのは、そういうことさ。
読者諸君、失礼するぜ。また会おう。 

2012/07/30

Post #601

暑い日々が続いている。
この何日かの間に、いろいろとあった。92歳の祖母が、一時危篤状態になったりもした。この祖母には、いろいろと世話になりとおしだった。俺の栄光を見せてやらねば、死んでもらう訳にはいかないぜ。
仕事の見通しが今一つ立たないので、豊川稲荷の別院でお祈りしたら、次の日からドバドバさばき切れないくらいの仕事のオファーが舞い込んできやがった。何といっても、祀られているダキニ天に『俺が死ぬ時には、肝臓を差し上げますから、じゃぶじゃぶ儲けさせてください』と、切実にお祈りしたんだ。豊川稲荷に祀られているのは、実はインド出身の女神、ダキニ天なのだ。ダキニ天はもともと、人間の生き胆を喰らう悪鬼羅刹の類だったんだ。平清盛も、このダキニ天を信仰していたという伝説があるほどだ。さすがだ。しかし、浮かれれていてはいけない。どんな仕事も金を握ってからじゃないと安心できないもんだろう。
色々なアイディアが浮かんでは、忙しさにかまけ、暑さにヘキエキしている間に、それらは消えていく。生きていくだけで精いっぱいってことだ。それはまったく人類にとって、大きな損失だ。俺の偉大なる才能が、虚しく浪費されているぜ。
いずれ、落ち着いたら何らかの形にしてみたいのだが、落ち着くなんてことがあるのかどうか・・・?まったく、貧乏ヒマなしとはこの事さ。プリントだって、この調子じゃ11月くらいまでやってるような暇はないってところなんだ。結構なことだ。しかし、どうせたいして儲かりゃしないがね。
HomeTown/Nagoya A Philippina
読者諸君、失礼する。また会おう。