2014/10/02

Post #1275

仕事帰りの道すがら、子供の落書きを見つけた。いとおしい。
今日もまた、暗室に籠ってプリントしようと思う。
午前中に、知り合いの家に行って犬と戯れたら、左目が犬アレルギーで真っ赤に充血してしまった。思わず薬局で抗アレルギー目薬を買って点眼したら、充血は引いたけれど、まだ左目の奥がうずくような違和感がある。だから本当は暗室で闇の視力を酷使するのは如何なものかとも思えるのだけれど、何かと理由をつけて苦役のような営みから、逃げ出そうとする身体に鞭打ってでも、這いずるようにして前に進んでゆくしかないんだなぁ…。
なんだか最近、俺にとって写真が、趣味道楽というよりも、修行になってきた趣があるぜ。

読者諸君、失礼する。こうしちゃいられない。

2014/10/01

Post #1274

春、近所の廃屋に朝日を浴びながら藤が咲き誇っていた
本日、性懲りもなくプリント。
フィルム2本、37カット。

プリントの量を重ねていけばいくほどに、自分の目指しているものと、撮影も含めて、自分の技量の拙さに気づき、愕然とし、懊悩煩悶することしきりだ。

たかが道楽なんだけど、道楽が故に譲れぬものが、俺の中には、確かにある。
ほどほどの出来で、君たちも含めた他人から、褒めてもらえば確かにウレシーが、それで満足してるわけでもない。問題なのは、自分の思い描いた写真に、どれだけ近づけるか、どれだけ満足できるかなんだから。

楽がしたいだけなら、こんなこと止めて、デジカメで愉しく撮ればいいのさ。世間のみんなは、楽しそうにやってるじゃないか?
そんな金も手間もかかること、どうしていつまでもやり続けるのか?そういう問いすら、時折自分自身の中から湧き上がってくる。

けれど、俺が求めてる描写は、とっくに時代遅れな手法でしか、俺にはつかむことができないし、その悪戦苦闘の営みが、実は愉しかったりもする。
しかしやはり、その過程がいくら愉しくても、出来上がりがイマイチだとしか思えないと、一体ぜんたい、俺は何をやってるんだと、悲しいような、情けないような気分になってしまう。

こんな時は、プリントをしていても、ちっとも愉しくはない。
むしろ、焦燥感と無力感に打ちのめされて、とっとと止めて昼寝でもした方がイイとさえ思える。

けれど、そんなネガティブな想いを吹っ切るには、自分で手ごたえを掴むまで、やってやって、やりまくるしかないんだと自分に言い聞かせて、また引伸機に向かうのだ。
君たちには、そんなことはないだろうか?

俺にとっては、写真は自分を取り巻く世界との格闘でもあるし、自分自身との格闘でもあると思える。その果てに何があるのか、俺は知らない。

読者諸君、失礼する。明日ももう一度チャレンジだ。

2014/09/30

Post #1273

士林夜市、台北、台湾
本日、久々にプリント。
フィルム2本分、25カットくらいか。
いずれまた、君たちにもお見せしよう。

明日もやらせてもらうさ。

読者諸君、失礼する。やっぱり、プリントはやめられないな。