2015/06/27

Post #1543

Malmö,Sweden
胃カメラを呑んできた。
下世話な話で恐縮だが、先日、トイレに行ってケツを拭いたら、紙に墨汁の様に真っ黒なのがついていたんで、これは胃潰瘍だか十二指腸潰瘍だかかもしれないと思い、検査することにしたのだ。
結果、俺の胃と十二指腸は処女のおまんこのように綺麗なもんだったぜ。
では、いったい何でそんなことになったのか。
思い当たる節はある。
俺はその前の晩、KAGOMEの『野菜生活100』っていう、ポリフェノールたっぷりで、紫色した野菜ジュースを、風呂上がりにぐびぐび何杯も飲んでいたのだ。
俺は思わず、お客様相談センターに電話して、そんなことってあるのかいって訊いちまったよ。
そうしたら、やはりメーカーでも、そういった事例は多々ございますとぬかしやがった。
冗談じゃないぜ。検査代4500円払ってもらいたいもんだぜ!
さすがにそこまで要求する気にはなれなかったが、ちゃんとパッケージに明記しておけよって言ってやったぜ。
ふん、これで俺も立派なクレーマーってことさ。

しかし、本当に俺がクレームをつけたいのは自民党のド腐れ集団だ。

日本各地で、自民党議員さんのもとに、地元の支援者から、安保法案可決に向けた傲慢きわまる国会運営に、非難GOGO!批判の声が寄せられているという。次の選挙では、あなたを支持しないという声が、自民党議員に次々寄せられているというのだ。
奴ら、先生とかいって偉そうにしているが、偉そうにさせてやっているのは、実は俺たち善良な市民の皆さんなんだ。もっとも、俺は共産党支持者だがね。だから、俺たち一人一人の市民が、議員たちに文句を言えば、奴らは落選=失業を恐れて、日和見だすに違いないぜ。

さぁ、君も君の町の自民党議員さんの事務所に出向いて、もう二度とあんたに投票しないって、はっきり言ってやろうぜ!

自民党の皆さんの増長はあまりにも目に余る。
今朝の朝日新聞の記事を見て、俺はひっくり返ったぜ。
見出しは「報道 広告主を通じて規制を」だ。リンクが貼ってあるからぜひ見てほしいが、大まかに言えば、安倍首相に近い若手議員が立ち上げた『文化芸術懇話会』なるお勉強会の会合で、議員たちは、『マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番。経団連に働きかけてほしい』とか、『悪影響を与えている番組を発表し、スポンサーを列挙すればいい』などという意見が出たそうだ。
これに奮発反発しないようメディアは、とっとと看板を下ろして廃業したほうがいいぜ。

もちろん、これは明確な憲法違反であることは、中学生でもわかる。
俺たちの国の政治を執り行っているのは、中学生以下の常識しかない阿呆どもだってことだ。
こりゃ、自民党議員さんの事務所に行って、絶縁状を叩きつけたくなるってもんだよな。

これって、いったいどこの国の話だよ。
報道の自由、言論の自由はこの国にはないのかい?
政権に都合の悪いニュースが突如カットされたりする中国や、プーチンを批判すると何者かに暗殺されるロシアと、何にも変わりはしないじゃないか?
この国は、ほんとうに民主国家なのか?
立憲主義はどうしちまったんだ?
それとも、政治家が居酒屋でくだをまくおっさんの様な無責任で見識のない発言をするのも、言論の自由だから、何を言っても勝手だってのか?
それは違うだろう?
政権に都合がイイのは、グルメ番組やくだらないバラエティー番組だっていうのかい?
そういうのを、愚民政治っていうんだぜ。

俺は昼飯を食いに入ったラーメン屋で、今度はこの記事に関する中日新聞の報道を見て、ラーメンを吹き出しそうになっちまった!

この会合には、講師役として作家の百田尚樹が出席していたんだが、彼はこの場で、『沖縄の二つの新聞は潰さないといけない。あってはならないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば、目を覚ますはずだ』とご高説を開陳なさったそうだ。
詳細はこちらライブドアニュース『百田氏「沖縄2紙つぶせ」発言は「雑談の中で冗談として言った」
しかも、自らのツイッターで、部屋の外からそれを盗み聞きしたマスコミを、卑劣だとこき下ろしている。
ちなみに、この懇話会の代表である木原稔自民党青年局長さんは、『ベストセラー作家から、改めて言葉の大切さを学びました』とかほざいているが、これはもう、苦笑いするしかないレベルだわ。

この一方で、自民党ハト派の『宏池会』の会合は、中止させられている。

あまりにひどい!

この件に関する、辻本清美の安倍総理に対する追及が傑作。政権寄りの報道でおなじみの政権の提灯持ち、産経新聞の記事のリンクも貼っておくかな。辻本氏「ソーリ 言い訳しないほうがいいですよ」に安倍首相逆ギレ!

読者諸君、失礼する。あまりのひどさに、開いた口がふさがらないぜ。俺はこの週末、俺の街出身の国会議員、江崎鉄磨の事務所に行ってみようかな。こいつの甥っ子とは高校時代、同級生だったからな。

2015/06/26

Post #1542

Copenhagen,Denmark
昨日の事故の関係で、四六時中電話がかかってくるので、何も手につかない。
他にも、なんだかんだといろんな電話がかかってくる。
生命保険のおばさんは、書類にハンコが足らないとやってくる。
カミさんの体調も芳しくないので、掃除洗濯はもちろん、朝夕カミさんの仕事の送迎と集中するひまもない。昨日の夜なんて、食事まで作ってしまったくらいだ。まぁ、暇と言えば暇だからかまわないけどね。
しかも、悩みのタネはそれに尽きないんだ。
夜が明けたなら、俺は病院に行って胃カメラを飲む羽目になっちっまった。
やれやれ、俺の人生ときたら、まったくどうかしてるぜ。

そうして、何一つまとまったこともできないうちに、一日が終わるんだ。

ふと、人生そのものもそんなもんなんじゃないかって、うすら寒い思いがこみ上げてくる。
この暑いさなかに、薄ら寒いおもいとは、結構なことだ。

何も手につかないついでに、今夜はブログを書き進めるのも気が進まない。

そんなわけで読者諸君、失礼する。要するに、今夜は気分が乗らないのさ。そんなときもあるってことさ。

2015/06/25

Post #1541

またもや、車で事故ってしまった。左折しようとして原付を巻き込んでしまったのだ。
ウンザリだ。それについては、もう書く気にもならないぜ。
まぁ、一言でいえば身から出た錆って奴だ。
Bremen,Germany
承前。
昨日の話の続きだから、昨日読んでいない君は昨日の記事を読んでからね。人生なんて、いつだってそんなもんだ。

声を合わせて移民排斥を訴えているらしいゲルマン民族の皆さんに、一人の男が我慢ならないといった風情で、歩み寄って行った。
その足取りは力強く、肩のあたりには言葉にならない怒りが立ち上っているように見える。
大柄なドイツ人の皆の衆に対して、彼は小柄で、薄汚れた身なりで、サンドバックの様な袋を肩にかけている。
トルコ系の男だろうか。
ひげを生やした顔に輝く眼は、怒りに燃えている。
多勢に無勢、しかし臆することなく向かっていく。なんて勇気があるんだ!
自分たちの権利と尊厳を、断固として守ろうという意思が感じられる。

しかし、勇敢な男がレイシストたちの胸ぐらをつかむ前に、屈強な武装警察官が2,3人、疾風のような勢いで走ってきて、彼を制止する。そして、何とか彼の歩みを阻止して、諍いがおこらないように俺たちが対岸の火事のように眺めている、大通りのこちらに連行してきた。
仕方ない。ここで小さなつかみ合いを発端にして、暴動みたいなことになったら大ごとだ。警察としては、止めるべきなんだろう。
それはわかる。
分かるんだけれど、心情的にまったく納得いかない。
つまり、俺の感じた思いはこういうことだよ!

おいおい、お巡りさん方よ、本当に黙らせるべきは、その勇気ある移民のおじさんじゃなくって、移民排斥を訴えて大盛り上がりの連中のほうだろう!違うのかい?どっちが正しいと思ってんだ?

そりゃ、言論の自由があるから移民の排斥を訴えたって、罰せられることはないだろうよ。

けれど、自由ってものには、節度ってものが必要だと俺は思うぜ?
Bremen,Germany
移民のおじさんの怒りはまったくやむことがない。
自分よりはるかに背が高く屈強な警察官たちに対して、厳しい表情で怒りをぶちまけている。
その剣幕に、応援が必要だと思ったのか、それともただ状況把握しておきたいだけなのかわからないが、さらに何人かの警察官がおじさんのもとに駆け寄ってくる。
おじさんは、終始ズボンのポケットに手を突っ込んでいたし、その袋の中も何が入っているかわからない。ポケットの中には、何らかの凶器が握られているかもしれないと警察官なら思うだろうし、おじさんの頭陀袋も、中にどんな武器弾薬が隠されているか、外からはわからない。
分からない以上は、万全を期すというのが、プロフェッショナルだ。

高校時代に、自転車泥棒と間違われて、10数人のお巡りと3台ほどのパトカーに包囲され、制圧されかかった経験のある俺は、こんないかつい武装警官が何人も取り囲んでいたら、さぞかし気持ちが萎縮するよなっておもったのさ。俺ならこの状況で自分を抑えずに振る舞うことは、難しいかもしれんな。
けれど、おじさんはひるまない。
いつまでも、警察官相手に思いのたけをぶちまけている。
俺が思うにきっと、ドイツ人に対する不満があるんだ。生粋のドイツ人は、自分たちがやりたがらないような低賃金で、肉体を酷使するような汚れ仕事は、移民の仕事だと思っているんだろう!とか言っているに違いない。
自分たちはそんな仕事には見向きもしない癖に、自分たちの仕事を、移民が奪っているというのは、まったくおかしいじゃないか?これを差別といわなくて何を差別っていうんだ?
俺たちは奴隷じゃないんだ!同じ人間だろう!

そんなことを言っているんだろうと、想像してみた。

俺は、ついさっき見かけた駅の掃除夫のおじさんのことを思い出していた。
生粋のドイツ人が、サッカーの試合に浮かれて、ゴミを投げ捨てたそばから、やるせないような悲しいような表情で、黙々と掃除をしていたおじさんの顔に刻まれていた皺を。日に焼けて鞣した革のようになった肌を。
言葉がわからなくても、国が違っても、自分の身に引き寄せて、彼の立場に立ってみて考えれば、何を言っているのか、容易に想像がつく。



Bremen,Germany
警官相手に思いのたけをぶちまけたおじさんは、憤懣やるかたないといった風情で、移民排斥を訴える連中の背後を通り、駅に消えていった。

俺は、自分の目の前で起きた出来事の意味を考えてみる。

正直に言って、移民排斥を唱える人々は、俺には何かを恐れているように見えた。
経済的に仕事を奪われることを恐れているというだけでなく、彼らがいままで思い描いてきた、ゲルマン人の住む国ドイツと言う共同体が、多くの移民を受け入れることで、その自己同一性を保てなくなることを恐れているように思えた。
つまり、ドイツがドイツでなくなってしまうことを恐れているように思えたんだ。浅黒い肌をしたドイツ人、黒い肌をしたドイツ人、黄色い肌をしたドイツ人。彼らはそれが一番恐ろしいのかもしれない。

ヨーロッパを旅してみれば、実に多種多様な民族が混交していることに気が付くだろう。
もともとヨーロッパに住んでいるコーカソイドだけでも、東西南北でずいぶん違う。文化も肌の色も、言葉も違う。
それに加えて、道義的な観点と植民地を持っていたという歴史的な因縁から、ヨーロッパは様々な地域から、様々な宗教、文化、民族に属する移民や難民を受け入れてきた。
アフリカ系、インド系、トルコ系、アラブ系、アジア系。実に様々だ。
それは、日本に暮らしていると、想像もつかない軋轢を生む社会だ。

どこの社会にも、人々の集団と集団の間には、絶望的な断絶が存在する。

だからこそ、たった一人のニンゲンとして、他者に真摯に向かい合い、相手のことを思いやるべきなんだと俺は思う。
その時、たった一瞬でも人は深い断絶の谷間に、想像力によって橋を架けることができる。
そして、私たちの間には、違いよりも、似通ったもののほうが多いはずだ。きっと。

俺はそう信じている。
俺は、差別する側と差別される側があるのなら、差別される側に与したい。
なぜって、差別し誰かを貶めようとする者は、自分が貶められることを認めているのと同じだからだ。
俺は、自分が大好きだし、自分を貶めることはしたくない。
俺は、自分と違う価値観のニンゲンを恐れて、遠ざけようとするような臆病者ではありたくない。
未知なものを受け入れ、違う価値観を理解し、より豊かな世界を見出したい。
そして、短いこの人生を、もっと楽しみたい。

読者諸君、失礼する。俺も考えるさ。君も考えろよ。