2011/10/02

Post #323 肉眼レフ、或いは警察官へのユーモラスな抵抗

読者諸君、ご機嫌いかがかな?俺はご機嫌斜め45度だ。
俺はこの不愉快極まりない池袋に、そう、俺を犯罪者呼ばわりする自意識過剰な女たちと、違法な職務質問を行う順法意識の欠けたオマワリのうろつくこの池袋にいるんだ。
冗談じゃないぜ、早く帰りたいってもんだ。
とはいえ、夜通し働いて気が付けば昼前まで働いて、やっと眠りにつけば、電話で起こされるという有様だ。そうそう出歩いたりしているわけでもないんでね。ビジネスホテルの狭い部屋に閉じこもって、ベッドに丸太のように転がっているのさ。
ちなみに丸太と人間を表現するのは、戦争中に中国で派手に悪さをしていた、悪名高い我が帝国陸軍の731部隊を想いださせる。毒ガスや病原菌を戦争に使うために、拉致連行してきた中国人を実験台にしてぶっ殺しまくっていたそうだ、お国のためにね。
その実験台にしていた中国の皆さんの事を、丸太と呼んで人間扱いしなかったらしい。
国家が個人の自由を抑圧していくと、こんな非人道的なことをいずれおっぱじめるって見本だ。今でも、奴らが作った毒ガスの処理に、日中両政府は多額の資金を投入している。嘆かわしいことだ。まぁ、イイんだけれど。

ホテルの部屋に潜伏中とはいえ、俺が帰ってきた頃には大抵掃除をしてくれている。まぁ、自分の家じゃないので仕方ない。自分の家じゃ、そんなに頻繁に掃除なんてしないんだが。
そんな時、俺は夜勤明けの疲れた体を引きづって、街をぶらつく。どこかに気持ちのイイ公園でもあれば、芝生やベンチに横になって、ひと眠りできるのだが、お生憎さま、このいけ好かない池袋の街には、そんなほっとするスペースなどない。だから人間はトゲトゲぎすぎすしてしまうのだろう。
あぁ、緑が恋しい。マロニエの花咲くパリのリュクサンブール公園を思い出すぜ。あそこでは、綺麗に手入れされた芝生の上や、マロニエの木陰のベンチで、恋人たちが、いい大人が、子供たちが、横になって、楽しげにしていたり、昼寝をしていたりしたものだ。
Jardin du Luxembourg,Paris
日本でそんなことをすれば、たちまちオマワリがやってきて、これまた職務質問だ。サイテーだ。クソムカつく警察国家だ。1984だ。俺たちの自由はまやかしの自由だったんだ。オマワリどもは憲法を読んだことなんかないんだろう!
あぁ、パリに引っ越したいぜ。アデュー、ジャポンのムカつくオマワリども!
しかし、それも今は遠い。俺はこのごみごみした、電車の線路と百貨店と、夜通しぶらつく若者と、朝からギラギラしている風俗店ばかりの街に押し込められ、カメラも持つことを警察から制止され、鬱屈した日々を送っている。
吹き抜ける風には、嫌な臭いが混じっている。排気ガスと、風俗店のボディソープの香料の入り混じった臭いだ。そして24時間で営業し続けるラーメン屋のねぎの腐ったような臭いだ。
しかし、そんな白く塗りたる墓(これ、イエス様のお好きな表現ね)のように、表は綺麗胃に取り繕って、裏にはどろどろとした物欲と性欲とがしのぎを削っているような街に立つと、俺の目にはあらゆる景色がハイコントラストのモノクロ写真になってはっきり見えてくる。おお、主よ、見えてくるのです。
スゲー超能力だ!これぞまさに肉眼レフだ!
もうカメラはいらないんじゃないかってほどだ!
しかし、残念ながら肉眼レフの写真では、君たちに何も見せてあげることはできない。残念きわまる。
やはりカメラがないとね・・・。
しかし、そもそも一体あの警察の奴らは、どんな権限があって、俺の私権を制限しているのか?
一体どんな権限で、俺の財布の中身や、持ち物の検査をし、免許証の照会までしているのか?
しかも、自分の階級氏名を名乗ることもなく。
俺がどんな趣味を持っていようが、どんな格好髪形をしていようが、どんなライターを使ってどんな煙草を吸っていようが、奴らにはこれっぽっちもカンケーのないことだ。
くせ毛でモジャモジャしてたら覚醒剤をやってそうなのかよ?
目つきが悪けりゃ、犯罪者なのかよ?
調べてみれば、何らかの犯罪に関わっていることが明らかなもの、もしくはまさに罪を犯そうとしているモノ以外に、みだりに職務質問をしてはいけないと、職務質問法には書いてあるそうだ。
更に調べてみると、逮捕した人間に関しては、武器を所持していないか身体検査することが法によって許されているに過ぎないのに、俺は持ち物検査をされ、俺のプライバシーは権力によって丸裸にされてしまう。
しかも、あの勘違いした奴らは大抵こういうんだ。
『やましいモノじゃなかったら、見せることが出来るでしょう?見せられないっていうのは怪しいってことじゃないですか?怪しくないんなら堂々と見せればいいじゃないですか?』
つまりは見せなかったら犯罪者確定ってことだ!とんでもない脅し文句だ!警察は恥を知れよ!
正義ぶった小娘の肖像権は保護されて、俺の人権は、ほかならぬ警察によって蹂躙されているんだ。そいつはあんまりだ!
これは明らかに職務質問法の定める警察の権限を逸脱している。
法律を犯しているのは奴ら自身なんだ。
クソ!あんな国民の自由を抑圧してイイ気になってる奴ら、許しちゃおけないぜ。
怒りが燃え上がってくる。このまま負けるのは、面白くない。よーし見てろよ。
明日から抵抗だ。パルチザンだ。ゲリラ戦だ。パルメザンで、ゲリ腹とは訳が違うぜ!
しかし、正面からぶち当たっても面白くない。奴らに付け込む隙を与えるだけだ。
そこで、俺が思いついたアイディアを、親愛なる皆の衆にだけそっと教えよう。
題して、『肉眼レフ大作戦だ!』
明日から、ホテルの部屋の掃除中、カメラを持って繁華街をぶらつくのさ。
で、職務質問されたらこっちのもんだ。写真を撮られたとかいって警察に届ける自意識過剰ちゃんがいれば、なお良しだ!
俺はその時、奴らをぎゃふんと言わせるのさ。
そう、俺がこれ見よがしに振り回し、写真を撮ってるこのカメラには、なんとフィルムを入れないでおくのさ。さあ、ぎゃふんと言え!
写真を撮られた?どうやって撮るのさ?フィルムも無しで?
肖像権?写真も撮れてないのに何いってんの?
あんたたちこそ、俺を痴漢みたいに扱って、訴えてやろうか?
うふふ・・・、いひひ・・・、俺のこの常識を覆すユーモラスな抵抗作戦に、引っ掛かった奴らは唖然とするだろう。こいつぁ見ものだ、たまらないぜ。腹の皮がよじれちまうぜ!
ついでに片栗粉とかも、小分けにしてポケットに入れておこうか、おまわりに見せてやったら、覚醒剤かと思って大騒ぎだろう。こいつぁイイ!、傑作だ!思わず生活に張り合いが出てくるってもんだ!
Tokyo/こんなの撮るから痴漢扱いされるんだろう?
紛らわしいことするんじゃないって?イイだろう?ここは北朝鮮じゃないんだぜ。
あの戦争に負けたおかげさまで、国民は憲法によって自由を保障されているんだ。
フィルムの入ってない肉眼レフカメラで、エァギターならぬエァフォトをガンガン撮りまくろうが、誰にも迷惑かけちゃいないし、俺の自由さ。片栗粉を持って歩くのだって俺の自由さ。これは面白い。これはすでに一種のパフォーマンスアートだ。
君たちにその写真をお見せできないのは、これまた残念きわまるがね。一度くらいは真剣にやらぜてくれないか?腹の虫がおさまらないのさ。
よし、明日天気が良かったなら、フィルムの入ってないカメラを持って、肉眼レフでガンガン写真を撮りまくるぞ!燃えてきたぜ!
こんなバカなことを思いつくなんて、全く俺もフツーじゃないぜ。
しかし、馬鹿なことを真剣にやることで、そこには大きな意味が生じるとは思わないかい。だってこの世の中のたいていの奴らは、真面目に物事に取り組んで、ばかげた結果になってるんだぜ?バカげたことを真剣にやってみると、面白いことになるとは思わないか?
こいつぁ、いい!池袋の皆さん!世界初のエァフォトグラファーSPARKSの登場を、待っていてくださぁい!国家権力の手先、自由市民の敵対者たるケーサツの皆さん!今度俺に職質したら、目にもの見せてやるぜ!首を洗ってまっていやがれ!ダぁハッハッハ!
意味ないだろうなんて言わないでくれよ、面白ければ何でもいいのさ。しかし、君たちに肉眼レフの写真をお見せできずに残念だなぁ・・・。あぁ、俺のこの目玉がゾナーやテッサーやビオゴンだったらよかったのに。

2011/10/01

Post #322 ココが思案のしどころだ

昨日の件があって、俺は悩んでいる。
この道をこのまま進み続けるべきか、大人しく立ちどまり、権力や世間の皆さんの肖像権とやらを尊重すべきか。
見ることと、写真を撮ることの間には、一体どんな違いがあるのか?
カメラを持って歩かないようにとは、いったいどういう意味なのか?誰もがケータイ電話を持ち、それにはまず間違いなくカメラがついている時代に、何故、スナップシューターだけがカメラを持つことを禁じられねばならないのか。
警察官の言葉が、呪縛のように俺の中に響いている。
俺にぶつけられた憎悪の塊が、俺を揺さぶる。
ココが思案のしどころだ。
かつて、アンリ・カルティエ・ブレッソンは目立たないカメラを切望していたという。なので、彼はブラックペイントのライカを愛用していたという。
ブレッソンが、ウィリアム・クラインが、北島敬三が、森山大道が、荒木経惟が、同じような状況に陥った時、どうするだろうか?
写真評論家の飯沢耕太郎氏も、ここ十年ほどの間、肖像権の問題によってスナップ写真の衰えが激しいと嘆いていた。そしてそれが将来、この時代の風俗習慣流行を検証することを難しくしていくだろうと予見していた。
俺達は、いつの間にか、ジョージ・オーウェルの『1984』のような、奇妙な世界に、ビッグブラザーなる権力に常に監視され、自由のない世界に生きているようになってしまったようだ。
権力の手のひらの上にのっている限りは、自由に生きているように錯覚しているが、ひとたび、自律的に何かを始めると、すぐに向こうからオマワリが二人連れでやってきて、俺を職務質問する。
全く嫌な世の中だ。
不正義と退廃がはびこっているというのに、それらはプライバシーや肖像権の名のもとに権力によって擁護され、記録として残すことは許されないことだろう。そういった人間の姿こそ、もっとも生々しく、もっとも俺を惹きつけるものなに。
Paris
権力にとって、カメラは拳銃のように危険なものなのか。
英語では、撃つのも撮るのも同じShootだ。オマワリが目を光らせるのも解かる。
俺は、夜勤明けの睡眠不足の身体一つで、都会の群衆に対峙するとき、まるで素っ裸で対峙しているように感じる。何を見ても、俺にはそれがモノクロの写真になって見える。拳銃一丁も持たずに戦場に放り出されたような気分だ。
ココが思案のしどころだ。
親愛なる読者諸君、とりわけコメントをよせてくれたたけはらさん、M社さん、Aria_msさん、ありがとう。心から感謝しています。
俺は独房のようなビジネスホテルの部屋で、一人自分の行方を模索している。

2011/09/30

Post #321 つまらねぇ、写真なんてもうやってられないぜ!

仕事で来ている池袋、俺は朝の朝の6時くらいまで働いて、宿に帰って眠りについたのは、もう8時過ぎだったろうか?11時には目を覚まし、シャワーを浴びて外に出た。掃除をするので出て欲しいってことだ。ゆっくり眠らせておいてくれってカンジだが、仕方ない。
星占いでは、俺の山羊座は12位と運気は低迷していた。気にもしなかったが、もう少し気にしておくべきだった。俺は眠たく、かつ疲労した体を引きずりながら、街を歩き回った。もちろん愛用のコンタックスT3がお供だ。見も知らぬ大勢の人々が行きかう。誰もかれも疲れているようにも見えるし、不機嫌そうにも見える。悲しくなってくるぜ。俺は気楽にいつものように、ノーファインダーで行きかう人々をパチリパチリとやっていたんだ。それくらいしか俺には楽しみなんかないからね。

そろそろ掃除も終わった頃だ。宿にかえってひと眠りさ、なんて思って歩いていると、向こうからオマワリが二人してやってきやがった。面倒だな。しかも俺に声を掛けてきた。職務質問だ。
俺は、東京で歩いていると、必ず職務質問に会う。
か・な・ら・ず・だ。ふざけやがって!
どうして奴らは俺を狙ってる?
俺はオマワリから見ると、そんなに怪しいのか?
地元じゃ、俺は町の人気者なのに。どうなってやがるんだ、この東京って街は。

俺はもう怒る気もなく、財布から免許証から、タバコからパイプやライターまで、全部奴らに見せてやったぜ。こういう時は明るく、協力的にやり過ごすのが一番だ。内心では煮えくり返っていても、食って掛かれば奴らの思うつぼだ。表面上にこやかに、きわどいゲームのように話を進めていくのがポイントだ。

オマワリが俺の免許証を一応照会させてもらうと言ったまま、なかなか電話が終わらない。嫌な雰囲気だ。俺の犯罪歴は、去年の夏のスピード違反くらいしかないはずだ。それもとっくに罰金は払ったぜ。俺は何にも悪いことしてないぜ。こう見えても、正義の味方なのさ。

電話を終えたオマワリが俺に告げたのは、俺と思しき人物に写真を撮られたと言って、女性が警察に届けたということだった。やめてくれよ、悪い冗談だろう。
俺はスカートの中を撮ったりするような変態じゃないんだぜ。
肖像権?いつからそんなものが大手を振るようになったんだ?
コンビニやスーパーや百貨店で、俺達は嫌になるほど撮影され続けてるってのに、それにはみんな文句を言わない。オマワリだってやってるだろう?車のナンバーをチェックするNシステムとかね。
俺達は、いつだって誰かに撮影され続けてるってのに・・。
俺はうんざりした。変な疑いをかけられるのはまっぴらだ。
俺はフィルムをカメラから抜いて、オマワリの目の前で、パトローネからフィルムをすべて引き出して、感光させた。そうするとオマワリは、証拠隠滅だと思ったんだろうか、ますます俺に対してあたりをきつくさせてきやがった。挙句の果てには、現代の技術では、感光させてしまったフィルムでも、再現可能だってこきやがる。そんな訳ないだろう。化学の知識があれば、そんなのは脅しだってわかる。
で、結局どうなったかっていうと、撮られたと主張している女が俺に一言文句を言いたいっていうんで、俺はおまわりに促されるように連れられて行った。
そこにいたのは二十歳くらいの小娘二人で、憎悪に燃えた目で俺をにらみつけていた。
こんな小娘撮ったかどうか、まったく身に覚えはない。女の子を撮るのはしばしばな俺だが、この程度の精度の女、撮る気にもならないしな・・・。正直言って、身に覚えがないんだが、そいつらは、俺をずっとつけていたというんだ。とんだ暇人だ。それとも自意識過剰か。こんな手合いを相手に争っても、時間の無駄だ。俺は早く宿に帰って、眠りたいんだ。
正直に言って、撮ったか撮っていないかは、全く以て覚えがないが、カメラを持っていたのは事実なので、ゴメンなさいと頭を下げて謝ると、『これだけフィルムがあれば、(たった1本ですけどね)私たち以外にも、撮ってんだろう。私等はその人たちを代表して怒ってんだよ!』とぷんすかしている。まいったなぁ。まぁ、読者諸君はよく御存じのとおり、そりゃいつも撮ってますけどね。
けど、それは俺に言わせれば、マグロに泳ぐな、鳥に空を飛ぶなというようなもんだわさ。反省してないのかと突っ込まれると、困るが、読者諸君には言っておこう。
いやぁ、まいったなぁ~。
警察に促されて深々と頭を下げて謝る俺に、奴らは『東京から出てけ!』とか、『訴えて金とってやろうか!』とか、『誠意を見せるためにカメラを壊せ』とか、『謝り方が気に入らない』とかさんざん罵声を浴びせてくれたぜ。ありがとよ。いいケーケンだぜ。
俺が頭を下げ続けている間に、女たちはぷんすかしながら行っちまった。俺はおまわりに何度も促されて始めた頭をあげ、その場にドカリと座り込んだ。
オマワリが言うには、こういうのは痴漢と同じで、やった覚えがなくても、女性がやったといえば、やったことにされてしまうので気を付けたほうがいいということだ。冗談じゃないぜ。そして、こういう繁華街ではカメラを持って歩かないように、約束してくださいとまで言われちまったわな。やってられないぜ。俺の喉はカラカラだ。俺はオマワリに一言言ってすぐそばの自販機で水を買って飲んだ。さすが、星占いってのはあたるもんだ。こんなところに来て、こんな目に遭うなんて、思ってもみなかったぜ。大人しくホテルでアダルト放送でも見とけってことかよ?泣けてくるぜ。
俺には解かった。どうしてどいつもこいつも、公園のブランコだとか、花だとか、風呂屋の書き割りみたいな風景だとか、自分の身の回りの私的なモノゴトを撮るのかってことが。俺のような写真は、なかなか撮れないってどいつもこいつも言うのか、はっきりと解かった。了解した。
俺のような写真を撮っている限り、社会との軋轢は避けられない。
誰だって、面倒なことはゴメンだろう。けど、そんな俺からすると人畜無害な写真を撮ってるくらいなら、写真なんてきっぱりやめてしまいたい。俺はもっと生々しくて、人間の生の姿が写っているような写真を撮りたいってのに。こんなことでいちいち裁判沙汰だって脅かされていたら、やってられないぜ。
いっそ、きっぱりやめるか。そうなりゃ当然、このブログもおしまいだ。
権力と、権力によって肖像権とかいうまやかしを吹き込まれ、映像の体制独占に知らず知らずに片棒担いでるような奴らがいっぱいな世の中だ。やってられないぜ。バカバカしい。生存権とか、労働権とかはいくらでもないがしろにされているのに、この肖像権というのはお上の腹も痛まないので、大いにもてはやされている。
聞けば、防犯カメラとかの映像には、肖像権は無いんだということだ。おかしくないか、それ。
ゆっくり考えてみよう。本当にバカバカしくなってきた。後悔すれども反省せずがモットーの俺だが、こんなくだらないことで犯罪者扱いされちまったら鬱陶しくてかなわないぜ。
写真よさようならだ!
以前にも書いたことがあるが、写真ってのは、どこか後ろめたく、反社会的な営みだってことが、骨身にしみるぜ。俺は基本、今日までずっと、反権力でやってきた。今、やっと見つけた自分の生きがいで、犯罪者扱いされ、権力からやんわりと警告されている。
俺が俺であるために、これは欠かせないものであるのだが、そんなことを警察官や、場合によっては裁判官にいってみたところで、彼らは芸術を、しかも反社会的なにおいのするゲージュツを理解するような回路は持ち合わせていないんだ、残念ながら。
誰か有能な弁護士を探すべきか。いや、奴らは金がかかりすぎる。ソクラテスの弁明のように、自分自身で自分の弁護をすべきなのか。もっともソクラテス自身は、自らの身の潔白を確信しながらも、疑われたことにうんざりしたのか、ドクニンジンを飲んで処刑されたけどねその気持ちも分からなくはないさ。道を歩いているだけで、犯罪者に見られる。俺だって、ドクニンジンでも食いたくなって来るってもんだ。
犯罪者、浮浪人、亡命者、ボヘミアン。俺はそんな風に見えているのか。ゲージュツは犯罪、つまり人間の暗い側面と気脈が通じているからな・・・。喜ぶべきか、悲しむべきか・・・。
どうするべきなのか。俺は、社会との軋轢を覚悟の上で、写真を撮り続けるべきなのか。それとも、大人しく尻尾をまいて、カメラをさっさと売り払い、パチンコでもして暮らすべきなのか?
読者諸君、しばらくゆっくり考えさせてくれ。君たちの意見も聞かせて欲しい。今回ばかりは真剣に聴いているんだ。もちろん、裁判沙汰になったりすることがあった時、俺の弁護人になってくれなんて頼んでいるわけじゃないさ。だから、頼む。俺はうんざりしまくってるんだ。世の中、こんなに写真を撮られることが嫌いな奴が多いなんて。魂を撮られるとか、丑三つ時に写真を使って呪うとかするつもりじゃないんだぜ。それが心配なら、アラブ人みたいにチャドルでもきればいいだろう?そのくせTVの中継の時には、レポーターの後ろで、カメラ目線でピースしたりするような奴がごまんといるってのに。

かつて森山大道の写真集には、こんな素敵なタイトルが付けられていた。
『写真よ さようなら』