2015/07/21

Post #1567

Copenhagen,Denmark
朝の6時から現場に乗り込み、14時半まで調整、確認、トラブル対応、設計さんへの電話にメールの疾風怒濤、挙げ句の果てには下らないことでいがみ合う職人達を宥め、そうこうするうちに携帯の電池が切れてしまった。まったく、これじゃまったく仕事になりゃしねぇ。
いろいろ頭に来る事ばかりで、頭の芯が痛くなってくるのとこの暑さで、すっかりうんざりして宿に帰ってきたんだ。
そして、19時からまた深夜まで現場だよ。たまらないぜ。飲まず食わずでガンガン行けるソーラーパワーの鋼の体が欲しくなるのさ。
まったく、黄色い胃液を吐きそうだ。死ぬまでこんなのが続くと思うと、げんなりするぜ。

そんなことはいい、昨日の続きだ。

手相観のおばちゃんのいうことじゃ、乗り物全般、観相学では女性を暗示しているらしい。
道理で、車や飛行機に乗るのは気持ちがイイと思ったぜ。

『あんたに車の事故が続いているってのは、女性関係で問題があるってことを意味してるの。なにか思い当たることない?』
あっても言えるか!ましてやここに書くことなんかできないぜ。思い当たらないでもないけどな。出来るわけないだろう?ちなみに言っておくと俺が先日事故ったのは、滋賀県雄琴温泉界隈だったとだけは言っておこう。だからどうした?

俺の心の中には、子供のころから今までに、いろいろあった素敵な女性たちが、今でもミラーボールのようにキラキラ輝いているんだ。
もう二度と逢えなくなった女もたくさんいる。
どこでどうしているのかすらわからない女もいる。
素敵な美魔女になった女性もいる。
俺の心を弄んでくれた女もいる。
俺を最低のクズ野郎と罵って、俺の前から消えていった女もいる。
人生いろいろだ。退屈しないぜ。そんな思い出を、味のしなくなったガムを噛み続けるように、いつまでも大切にしている俺なのさ。
どの女も、今でも大切だし、もしも今でも俺の力が必要だと請われたなら、俺は物惜しみしないだろう。まぁ、そんなことはまずないだろうけどね。俺は頼れる男と言ううより、倒れる男だからな。

俺の友人のY野によれば、俺の女の趣味は確からしいんだ。まぁ、しこたま酒飲んで言ってたことだから、あてにはならんがね。
しかしそれはあたりまえなんだぜ。
俺は女を外見だけじゃなくて、中身も加味して総合評価してるんだ。第一、俺の様な珍獣がイイって言ってくれる女だったら、物事の本質をみる女だって断言できるぜ。俺はこの人生で、見てくれだけのパープリンなんかとつきあったことぁ、憚りながら一度たりともありゃしねぇのさ。まぁ、向こうも俺なんざお呼びじゃないだろけどね。
何はともあれ、俺はガキの頃から惚れっぽい。知り合いの女性に言わせると、俺は恋愛体質なんだそうだ。漢方で体質改善が必要だな。


『ふ~ん、その様子じゃ何かありそうね』
『いやいや、俺はそのぉ、情が深くってさぁ・・・』
『そんな情捨てなさいよ!イイ奥さんがいて、なおかつ子供までできるっていうのに!』
『いやぁ、それは難しいよねぇ・・・』
そういう情を捨て去り断ち切ってしまうなんて、俺が俺じゃなくなることだよ、おばちゃん。
『あなたがねぇ、そういう邪念を捨てて、真っ当になるんだったら、子供は無事に生まれます!』

ひぇっ!さっきとなんか言ってること違わないか?脅しやがって!

『いや、邪念だなんて、俺はな~んにもやましいこたぁないんだぜ』
おばはん、なおも俺に疑いの目をむける。

だいたい、こういうことってのは、自分に邪心執心があったとしても、相手にその気がなければ、たんなる片想い、自分が苦しいだけだぜ。
そんな思いはもうごめんだ。
そんな甘酸っぱい想いは、十代の不毛地帯で十分だ。
いいか俺はもう46なんだぜ。
そうさ十分に歳食った俺は、股を開かない女には、とんと興味がないような最低の下種野郎なのさ。
その気もない女に山っ気をだしたりするのは、金と人生の無駄使いだ。
けれど、情が通じちゃったら、仕方ないだろう・・・。
俺は女をモノのように扱うことはできない男なんだ。

おばはん、俺の手相をしげしげと見ながら語りだした。
『あんたねぇ、この生命線の先端のところの三角形、これが大きいでしょう?これは先祖が立派な家を建ててるってことなの。』

どこに?

『つまりあんたは家柄がイイの』

そりゃ、俺は由緒正しい伊賀の忍びの末裔だからな。友人たちからは忍者ならぬ淫者はっとりくんと呼ばれているぜ。

『それはすなわち、昔のことだから、その分女の人を苦しめてきてるの、お妾さん持ったりとかねぇ・・・。』

『おおっ、実は俺の親父もカミさんの親父さんも、なんだその、艶福家というか…』
『なにが艶福家よ!そんなの女にだらしないだけでしょう!あんた、そういう情があるんなら、きっぱり断ち切りなさい!そうすれば、事故も無くなるし、子供も無事生まれます!』

おいおい、頼むぜおばはん。勘弁してくれよ。男にはロマンが必要なんだぜ。男のロマンのためなら、俺は女難の相の一つや二つ、全然楽しんじゃうぜ。むしろ望むところだ。
平穏無事な人生なんて、犬のえさにもなりゃしないぜ。
せいぜい赤ん坊の離乳食ってところだ。

『あなた名前は?』
おばはんはおもむろに俺の名前を聞き、それを百均で売ってそうな、薄汚れた小さな手帳に記した俺の生年月日の横に書き付けた。
『奥さんの名前は?』
俺はカミさん名前を教えた。長らく読んでくれている皆の衆はご存知だと思うが、俺とカミさんは籍を入れてない。もちろん別姓だ。同棲してはや20年になるか。
するとおばはん、またすごい剣幕で『なんであんた籍を入れてないの!すぐ入れなさい、次の大安吉日にすぐ入れなさい!』と来たもんだ。

『いやいや、俺はほら、こっちには単身で来てるから、婚姻届けなんて出しに行けないんだよ…』

『そんなの関係ないから、次の大安吉日に籍を入れなさい!これから子供も生まれるっていうのに!』
『いや、だから無理!』
『じゃぁ、15,000円出しなさい!』
へぇっ!?
『祈祷してあげるから、15,000円出しなさい!あんたの子供が無事生まれるように祈祷してあげます。15,000円出しなさい。子供が無事生まれることを思えば、安いもんじゃないの』

なんだかおかしな展開になってきたな。このババア、人の足元見やがって・・・。

読者諸君、失礼する。次回は金難の相だ。いったい俺の女難の相はどこに行ったんだ?

2015/07/20

Post #1566

Istanbul,Turk ウサギ占い。ウサギがおみくじを引いてくれるような類のものらしいぞ。
銀座四丁目、中央通りに面した現場のすぐそばに、毎晩手相観のおばちゃんがいるんだ。70くらいの小柄なばあさんで、夕方になるとタクシーでやってきては、小さな机に、手相を描いた布をかけ、ろうそくを灯して椅子に座って客待ちをしている。その布には、科学的観察、神秘的直観とある。どっちなんだ、いったい?
そんなモノ好きな奴がいるんだろうかと気になっていたが、世の中にはそんなモノ好きがいるものだ。
それは俺だ。見料3,000円出して占ってもらったぜ。俺はこう見えておみくじとか占いとかが大好きなんだ。若い頃、宗教をやってた時には、真言密教に伝わるインド占星術を研究したこともある。


至極そっけないというか、むしろつっ慳貪な態度だったおばちゃん、俺が見料いくらと聞いて3,000円出した途端に、愛想がよくなった。

やはり世の中金だな。

『いやぁ、ここんところ俺、車の事故とか続いてるし、なによりカミさんが妊娠してて、無事に生まれるかどうか気がかりでね、占ってもらおうと思ったんだよ』といいながら両手を差し出すと、おばちゃん、虫眼鏡を使うわけでもなく、俺の手相を覗き込みながら、『あんた、生年月日は?』と訊ねてきた。
俺が自分の生年月日を答えると、今度は『奥さんの生年月日は?』と来たもんだ。
で、俺がえ~となんて言いながら間違えないように思い出して答えると、いきなりおばちゃん速攻で、『あんたたちは相性最高!まさに運命の人、今のあなたがあるのは全部奥さんのおかげ!』ときやがった。

そんなこと、おばはん、あんたに言われんでもワシわかっとりゃあすて。
こんな変な男と20年も一緒におって、なおかつ子供まで作ろうなんて物好きな女は、そうはおらんて・・・。それに俺は世間ではヒモと言われてるくらいの男だぜ。不遇なときも俺を支えてくれたのは、恥ずかしながらうちのカミさんだ。さすがは神秘的直観だな。

そうやってのっけに一発ぶちかましてから、おばさんやっと俺の手相を見ながら、『あなたは一生働き続けるわねぇ、ビジネスマンと言うよりワーカーねぇ・・・(冗談じゃないぜ、こんな苦行を死ぬまで続けるのかよ・・・)もっとも、家でもいろんなことに気が付いて、マメに動くタイプってことねぇ(あたってるわ、掃除洗濯は俺の担当だ)』なんて語り始めやがった。

『生命線も長いし、副生命線もしっかりしてるから、先祖の守りもあって健康ねぇ、お金にも不自由しないし…』
『いやいや、待ってくれ、いつも金が有り余ってるなんてことはないぜ』とやり返すと、おばさん『あなたの場合は稼いでお金を回していくってこと。でもそろそろ子供も生まれるんだったらためたほうがいいわね・・・人の上に立って面倒見もイイ、情も深いし、優しいようだし、独立心も旺盛ねぇ・・・。』

『いや、それは当たってると思うけど、子供はどうなの、無事生まれるのけ?』そう、それが一番の気がかりだ。
『子供は無事に生まれますねぇ』取ってつけたようにというか、さも当然といった風に言ってのけやがった。
『そりゃよかった。他に何かないのかねぇ?・・・例えばそう、女難の相とか出てないの?』そう聞くとおばさん、ぎろりとメガネの奥の目を光らせてきやがった。そろそろ本気か?

波乱万丈な男の往く手には、魅力的な女がごろごろしていて、イエス様を誘惑した悪魔みたいにいろいろちょっかいかけてくるもんだろう?そうでなくっちゃ、男の人生に退屈しちまうぜ!
まぁ、いままでそんなことなかったけど、これからあってもおかしくはないだろう?HEY!どうなんだい!

『あんたさっき、車の事故って言ったわねぇ。占いじゃ車でも列車でも、飛行機でも女を意味するものなのよ。それで事故が続いてるってことは、あなた、いい奥さんがいるのに他所に女性とかいるわけ?』と、いきなりスゲーことを聞いてきやがった。

そんなにモテモテなら俺の人生、もっと愉しいだろうよ!

そんなこんなで、明日(というかもう今日だな)早起きして、6時には現場に行かないとならないからな、続きは明日だ。

読者諸君、失礼する。次回、スパークス、憧れの女難の相の巻きだ。しかし、その裏に金難の相が出ていたのだった。

2015/07/19

Post #1565

Praha,Czech
ここんところ、PVはウナギくだりだ。仕方ない。俺が下らない与太話ばかりしているからだ。身から出た錆だ。自業自得だ。
誰がどう考えても、俺のブログを覗くよりも、もっと有意義なことは世の中にごまんとある。

俺のことを見た目で判断して受け入れない奴は、世の中に多い。

別にかまわない。俺は芸人とかじゃないんでね。

このもじゃもじゃ頭は天然パーマだし、自分を曲げてまで受け入れてもらっても、おもしろくもねぇぜ。
なんてったって、これは俺の人生なんだからな。
誰かのルールに合わせて、自分を曲げるのは御免蒙るぜ。
甲本ヒロトも、大昔そう歌っていたな。

もっとも、俺の生業である建築内装業界には、変わりもんが多いから、俺のような風体の男だって、フツーに受け入れられているんだ。言うならば、トレードマークだ。
この自由なカンジがたまらないのさ。
なにしろ俺は、家の近所で解体作業をしていたトルコ人に、あんた日本人に見えないって言われたくらいだ。日本人の男がみんなちょんまげ結ってると思ったら、大間違いだぜ。

日本に暮らしていると、怪しいおっさん全開にみられる俺だが、こう見えても世界的には結構受け入れられているんだぜ。

2年前の夏のことだったっけ。
チェコの骸骨寺院と名高いセドレッツ納骨堂の前で、ロン毛でひげで半ズボンといったいでたちの、いかにもアメリカ西海岸からやってきたという雰囲気を漂わせた、屈強なアングロサクソンのあんちゃんに俺は呼び止められたことがある。

『ちょっといいかい、俺、あんたに聞きたいことがるんだ?』

おいおい、藪から棒になんだよって思ったが、これも何かの縁だ。おもしれーぜ。なんかようかい?

『あんたはロックミュージシャンかい?あんた、ロックミュージシャンにしか見えないぜ』とアングロサクソン。

『あはは、ミュージシャンじゃないけど、ロックンロール・フォトグラファーだよ』

『そいつはイイな!』

そんなやり取りをふと思い出した。英語圏じゃ『You Rock!』ってのは、スッゲーかっこいいぜって褒め言葉なんだぜ。Awesome!以上だ。光栄だぜ。

どんなに疲れているときでも、ハードなロックンロールを聴けば、元気が湧いてくる俺なのさ。
この糞ッ垂れな現実に立ち向かうための音楽ってのは、確かにある。
どんなに落ち込んでいるときでも、クールなダンスミュージックを聴けば、自然と手足が動く俺なのさ。
ますます怪しいぜ。なぁに、構うもんか。

忙しい忙しいと言いながらも、アマゾンでケミカル・ブラザーズのニューアルバムをゲットしてゴキゲンな俺なのさ。ウィークリーマンションのそばのコンビニで受け取ったのさ。
ノリノリだ。
思わず腰が動いちまう。思わず腰が動いてしまうのが、いい音楽の定義だ。
覚えといてくれ、これが世界の定説だ。

今年は政治はサイテーだけど、俺としては音楽の当たり年だ。ファンカデリック、ノエル・ギャラガー、ポール・ウェラー、ケミカル・ブラザーズ、そしてこれは去年出た奴だけど、元レッド・ツェッペリンのロバート・プラント。どれもサイコ―だ。

もちろん音楽で腹は膨れはしない。
俺や君の抱えるチンケな悩みが解決するわけでもない。
けれど、心を遠くまでぶっ飛ばす、カタパルトにはなってくれるさ。
イエス様も『人はパンのみにて生きるにあらず』と仰っておいでだ。

『ロックンロールは悩みを解決してはくれない。悩んだまま躍らせるんだ。』
偉大なギタリスト、ピート・タウンゼントはかつてそう語っていた。

『心にグルーブがある限り、水に入っても濡れることはない。(つまり、世間のつまらない常識にがんじがらめにされて自由な心を失うことはないってことだ)』と、P-FUNK軍団の総帥ジョージ・クリントンは歌っていた。

まったくその通りだと思うぜ。これは俺の座右の銘なのさ。

読者諸君、失礼する。できることなら、俺の写真も君たちにとって、そんなモノであってくれたなら・・・。あばよ。