2014/10/01

Post #1274

春、近所の廃屋に朝日を浴びながら藤が咲き誇っていた
本日、性懲りもなくプリント。
フィルム2本、37カット。

プリントの量を重ねていけばいくほどに、自分の目指しているものと、撮影も含めて、自分の技量の拙さに気づき、愕然とし、懊悩煩悶することしきりだ。

たかが道楽なんだけど、道楽が故に譲れぬものが、俺の中には、確かにある。
ほどほどの出来で、君たちも含めた他人から、褒めてもらえば確かにウレシーが、それで満足してるわけでもない。問題なのは、自分の思い描いた写真に、どれだけ近づけるか、どれだけ満足できるかなんだから。

楽がしたいだけなら、こんなこと止めて、デジカメで愉しく撮ればいいのさ。世間のみんなは、楽しそうにやってるじゃないか?
そんな金も手間もかかること、どうしていつまでもやり続けるのか?そういう問いすら、時折自分自身の中から湧き上がってくる。

けれど、俺が求めてる描写は、とっくに時代遅れな手法でしか、俺にはつかむことができないし、その悪戦苦闘の営みが、実は愉しかったりもする。
しかしやはり、その過程がいくら愉しくても、出来上がりがイマイチだとしか思えないと、一体ぜんたい、俺は何をやってるんだと、悲しいような、情けないような気分になってしまう。

こんな時は、プリントをしていても、ちっとも愉しくはない。
むしろ、焦燥感と無力感に打ちのめされて、とっとと止めて昼寝でもした方がイイとさえ思える。

けれど、そんなネガティブな想いを吹っ切るには、自分で手ごたえを掴むまで、やってやって、やりまくるしかないんだと自分に言い聞かせて、また引伸機に向かうのだ。
君たちには、そんなことはないだろうか?

俺にとっては、写真は自分を取り巻く世界との格闘でもあるし、自分自身との格闘でもあると思える。その果てに何があるのか、俺は知らない。

読者諸君、失礼する。明日ももう一度チャレンジだ。

2014/09/30

Post #1273

士林夜市、台北、台湾
本日、久々にプリント。
フィルム2本分、25カットくらいか。
いずれまた、君たちにもお見せしよう。

明日もやらせてもらうさ。

読者諸君、失礼する。やっぱり、プリントはやめられないな。

2014/09/29

Post #1272

HongKong
香港で、民主的な選挙を求める人々のデモが続いている。
香港島のメインストリートには多くの人々が押し寄せて、警察などの治安部隊と対峙している。警察は丸腰で平和的なデモ参加者に対して、催涙弾を発射している。

今回の騒乱の発端は、香港長官の選挙に立候補できるのが、予め中国共産党政府のお眼鏡にかなった3人の候補しか立候補できないという、一見民主的を装った、胡散臭い制度導入に、人々が激しく反発したことに端を発する。

民主主義ってのは、当たり前にあるものではなく人類の長い歴史によって、勝ち取られてきたものだ。香港の場合は、1997年までイギリスの植民地だったこともあり、この欺瞞的な選挙制度は、明らかに市民の権利権限の後退であり、反動的なものだということが理解できる。

俺は、香港市民が自分たちの権利を守り通すことができるように、強く願っている。

しかし、同じような反動的な選挙制度改悪がこの日本で起こったなら、人々はどうふるまうだろう。

日本の国政選挙は、ほとんど2世、3世議員ばかりで、実際には世襲の貴族制のように俺には思える。実際、社会に異議申し立てをしたい貧乏人には、ほとんど勝ち目がないし、仕事もあれば、供託金だって馬鹿にならん。だから、庶民にはそもそも門戸は閉ざされている。

また、地方議会の選挙に至っては、地方議会自体何をやっているのか市民に全く見えないことが多く、たいていの市民が、そんなものどうでもイイと思っているに違いない。
実際に、政務活動費の使い込みだの、セクハラ発言だのばかりが次から次に明らかになる一方で、候補者が定員以下の為に無投票で当選という話も、珍しいものではないという。

う~む、困ったものだ。やはり日本の民主主義は、アメリカ様から頂いたものだから、ダメなんだろうか?それとも、日本人そのものが、見た目ばかりは変わっても、中身は未だに吾作や与平だからであろうか?そういうのを奴隷根性というんではなかろうか?中国や韓国や朝日新聞の批判をしていればイイというものでもあるまいて。
しまった、また要らんことを言ってしまった。こういうこと言うと、面倒くせぇことになるんだよなぁ。

読者諸君、失礼する。そのうち俺も、市会議員選挙でも出てみようかな?そん時は夜露死苦頼むぜ!