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| ハノイ |
近年、賛否両論巻き起こしている経済思想がある。
こいつはさかのぼれば金本位制🔗全盛の今から100年ほど前に考え出された、クナップ🔗の貨幣国定説🔗にまでさかのぼるだろう。
MMT🔗では、通貨の価値を生みだす源泉は、それが税金として支払うことができるというシステムに依存していると考えられているんだ。これは昨日の末尾でも少し触れたね。
この観点から見ると、ビットコインで税金を支払うことはできるだろうか?
結論から言えば、MMT(現代貨幣理論)の「租税貨幣論」の観点から見ても、一部の特例的な国や地域を除き、原則としてビットコインで直接税金を支払うことはできないんだな。
MMTの根幹にある「租税が貨幣に価値を与える」というロジックと、ビットコインの現状について、以下の3つのポイントに分けて考えてみよう。
1. MMT(租税貨幣論)における「通貨」の定義
MMT🔗では、国家が通貨を発行し、その通貨による「納税の義務」を国民に課すことで、初めてその通貨に強制的な価値が生まれると考ている。
政府が認めた通貨のみ2. ビットコインで税金が払えない理由
このMMTの観点に基づくと、ビットコインが「真の通貨」になれない理由が明確になるんだ。
政府が受取を拒否している日本円への換金が必要
ただし、世界の一部ではMMTの枠組みを揺るがす、あるいはそれを逆手に取った例外的な動きが存在することも付言しておかないと不公平だろう。
法定通貨化している国地方自治体の実験
MMT観点からの総括
じゃぁ、この例外についてちょっと考えてみようか?
スイスやコロラド州の例というのはあくまで、スイスフランやドルとの互換性というか時価換金というのを、前提にしているわけだ。
これはすなわち、スイスの自治体やコロラド州の事例は、ビットコインが「通貨」ではなく、交換価値を持った「コモディティ(商品)」として扱われていることを補強してるんじゃないかな?
MMT(現代貨幣理論)や経済学の観点から、なぜそれが「コモディティと認めていること」になるのか考えてみよう。
1. 仲介業者による「物々交換」の仕組み
これらの地域で行われている納税の本質は、実はビットコインを直接受け取っているわけではないんだ。
その実態は即時売却なんだ
納税者がビットコインを支払った瞬間、システム(つまりシステムに組み込まれた仲介業者)がそれをその日の市場価格でドルやスイスフランに強制換金するってからくりだ。
コモディティの物々交換
これは、金(ゴールド)や穀物、あるいは中古車を役所に持ち込み、仲介業者に買い取らせて、その代金(法定通貨)を税金として納めている構造と全く同じだって言えるよな。これをシステム化して自動でやってるだけで、業者を通じて換金し物納してるのと何にも変わらないぜ。
2. 「価値の尺度」がドルやスイスフランにある
そもそも、税金の額面そのものが「〇〇ビットコイン」と指定されているわけではないんだ。
価格決定の主権はあくまで法定通貨突き詰めて言えば、単なる決済手段
3. MMTの観点:国家は「独自の計算貨幣」を手放していない
MMTでは、政府が自ら価格を設定し、その単位で税を課す権限(計算貨幣の発行権)を重視している。というか、そのシステム自体が国家の根幹そのものだ。
だからこそ、コモディティの枠を出ない市場リスクの回避
これらの先進的な事例は、ビットコインの通貨としての地位を証明するものではなく、むしろ「ドルやスイスフランという絶対的な法定通貨を頂点としたシステムの中で、ビットコインが便利なデジタル・コモディティとして機能している」という現実を裏付けるものとなっているとしか言えないよね。
じゃ、もう一つの特異なパターン。
エルサルバドル🔗や中央アフリカ🔗のように、国家の法定通貨として認めているというパターンだ。
ぶっちゃけ言って、これらの国家は自らの国家の通貨発行権が非常に弱い。つまりすなわち通貨に対しての信用力がない、一種の失敗国家🔗なんだ。
ビットコインを法定通貨に採用せざるを得なかった背景には、独自の「通貨発行権」や「信用力」が極めて弱い、あるいは喪失しているという国家構造の問題(いわゆる破綻国家、あるいは脆弱国家の側面)が色濃く反映されているわけだ。この点をMMTの論理と、両国の実際の経済的・政治的背景からさらに深掘りしてみよう。思考のマイニングだ。
1. 「通貨発行権の不在」を埋めるためのビットコイン
MMTにおいて、国家の強さは「独自の通貨を発行し、それで税金を強制徴収できる能力」に比例する。しかし、これらの国々はこの能力を最初から持っていなかったんだ!
それはすでに国家といえるのか?国民はいる、国土はある、法はある、しかし独自の貨幣体系がないってことは、国家としては致命的、血液のない身体みたいなもんだ。その比喩を突き詰めてみると、一種のゾンビ国家だな。
エルサルバドル(米ドルへの依存)エルサルバドルは2001年に自国通貨(コロン)を廃止し、米ドルを法定通貨としたんだ!
中央アフリカ共和国(植民地通貨からの脱却)
ここもフランスが裏付けを持つ「CFAフラン」を法定通貨として使用してきたんだ。
2. MMTから見た「破綻(脆弱)国家のロジック」
MMTの観点に立つと、これらの国々がビットコインを採用したことは、むしろ「MMTの正しさを逆説的に証明している」と言えるんだ。
国民から信用されない政府
政府に対する信用がゼロであれば、政府が「今日からこの自国紙幣で税金を払え」と言っても、誰もその紙切れを欲しがらないよな。それはつまり、通貨価値の崩壊を意味してるんだ。外部の「価値」への寄生
自国通貨に価値を与える能力、つまり徴税権・統治権が弱すぎるため、すでに世界的な市場価値、つまり金融商品=コモディティとしての価値がついているビットコインという「外部の資産」を法定通貨に指定することで、国家の信用力のなさを補おうとしたわけだ。
3. 現実の結末:ビットコイン実験の「敗北」
歴史が示す通り、この「信用力のない国家によるビットコインの法定通貨化」は長続きせず、事実上の失敗に終わっている。
中央アフリカ:わずか1年で撤回2022年に導入したものの、国内のインターネット普及率が数%にとどまるなどインフラが皆無だったこと、さらに周辺国や国際機関からの強い圧力により、2023年には早くもビットコインの法定通貨化を撤回(廃止)するに至った。まぁ、そうなわな…。
これらの国がビットコインを選んだのは、「独自の通貨発行権と徴税権によって貨幣価値を創造する」という、国家としての基本的な機能が破綻・脆弱化していたからに他ならない。
通貨としての信用がない国が、市場で価値を持つコモディティ、つまりビットコインに頼ろうとしたものの、MMTの言う「国家の統治力・徴税基盤」が伴わなければ、デジタル通貨を無理やり法定通貨にしても機能しないという現実が証明された形になるね。
さて、貨幣ってのはある意味幻想の産物なんだ。
みんながこれは価値が国家によって保障されていて、誰もが税金をこれで納めることができ、それがために誰もが受け取るという、非常に堅固な幻想に支えられているんだ。
その幻想のシステムが信用創造だ。
ドルや円などの法定通貨が、銀行の「信用創造」によって元手以上のお金をいくらでも生み出せる仕組みになっているという手品のような仕組みだ。
しかし、この手品のような仕組みには常に「インフレ」つまり通貨価値の暴落という致命的なリスクが付きまとっているんだ。これこそが、ビットコインが「幻想」と言われながらも価値を持ち続けている最大の理由かもしれないね。
信用創造とインフレ、そしてビットコインの関係は、以下の3つのポイントに整理できるわいな。
1. 法定通貨は「無限」に増える
現在の金融システムは、誰かが借金(ローン)をするたびに、銀行のデータ上で新しいお金が生まれる仕組みなんだ。これを信用創造というんだ。
中央銀行
景気が悪くなれば、お札を大量に刷って市場に流通させる。これを量的緩和というんだ。
実際に、輪転機を回して紙幣を印刷しなくても、PCの画面上で操作するだけで、お金は生み出せる。この結果として、ドルの流通量は歴史上、右肩上がりに増え続けている。
なぜって、世界の生産物の最大消費地として盤石の地位を確立してるアメリカは、その貨幣ドルを刷るだけで、ほとんどただで世界中の物資を手に入れることができるわけだ。そりゃ、世界の経済規模が増えれば増えるほど、ドルの残高は増えるよね。
もっと言えば、世界はアメリカ人の贅沢で回ってるのさ。
世界には石油を掘るだけの国もある、バナナを生産するだけの国もある、そして贅沢するだけの国もあるってことさ。
2. お金が増えすぎると「物の価値」が上がる=インフレーション
そして、俺や読者諸兄諸姉が懸念している通り、お金の量が増えすぎると、お金1単位あたりの価値は下がっていくことになる。
目に見える現象としては、こうだ。けれど、ことの本質はちょっと違うんだ。
3. ビットコインは「インフレしない仕組み」を買われている
ここで、さっき説明したの「投資商品としてのビットコイン」の話に繋がるんだ。
きたぞ伏線回収だ。
ドルの性質ビットコインの性質
つまり、ビットコインを買っている連中は、「いくらでも刷れるドルや円」というインフレする資産を嫌い、「絶対に増えないビットコイン」つまりインフレしない資産に自分の財産を避難させているってのが実情だ。
これが、ビットコインという幻想が破綻しない強みになっているんだ。
ね、1920年代のドイツの人々と構造は変わらないだろう?
この「いくらでも作れる通貨」と「絶対に増えない資産」という対比を見ると、現代の金融システムのはらんだ危うさが、なんとなく見えてくるよね。
さて、ここでちょっと脱線するけど、ちょっと面白い話がある。
中世にアフリカからインド洋を経て中国まで席巻することで巨大な経済圏を築いたイスラム経済では、もともと利子というものを認めていないんだ。ちょっとこのビットコインの仕組みに通じるセンスではあると思うんだよね。
実際にイスラム金融🔗(リバー🔗=利子の禁止)の思想と、ビットコインの根底にある設計思想には、驚くほど強い共通性(センス)があるみたいだ。
世界の金融専門家やムスリムの法学者(ウラマー🔗)の間でも、「ビットコインは究極のイスラム準拠(ハラール🔗)な通貨ではないか」という議論が真剣になされているらしい。
なぜその二つのセンスが通じるのか、考えてみようか
1. 「何もないところからお金(利子)を生む」ことへの嫌悪
イスラム経済では、お金そのものが勝手にお金を生む「利子(リバ)」を厳格に禁じている。
この思想の根底には、クルアーンの記述も多いに関わっているけれど、その一方で、ユダヤ人やキリスト教徒がヨーロッパで発展させた金融体系で利子を認めるのは、その根底に神と人との間をつなぐ、増殖するスピリット=精霊の存在を認めているからとも解釈できるな。
この精霊の存在を容認する信仰がピューリタンを産み、近代社会を構築する礎となったんだとしたら、侮れない話だな。
伝統的な銀行ビットコイン
2. 「不平等な権力」からの解放
イスラム経済の理想は、一部の人間が特権で利益を独占しない「公平な社会」だとされている。
さて、この社会で一般的に使われている法定通貨を見てみよう。では、ビットコインについてみてみますか?
3. 「現物主義」という共通の感覚
イスラム金融では、取引には必ず「実体のある資産(不動産や商品など)」が伴わなければならないとされているんだ。
ビットコインは、デジタルではあるけれど、プログラムによって「偽造できない1枚のデータ(実体)」として厳格に管理されている。つまり、ビットコインは単なる最新テクノロジーではなく、「中央銀行や銀行が仕掛ける『信用創造』という錬金術に対するアンチテーゼ(反論)」として作られているということだ。
その思想が、何百年も前から信用創造や利子を否定してきたイスラム経済のセンスとピタリと重なるのは、必然と言えるかもしれないな。
しかし実際にどれだけ持っていても流動性を持っていないならば、現実の円なりドルなりユーロなり、あるいは元なりルーブルなりと交換しないことには、『交換価値』ってのは生まれないと思います。『交換価値』のない通貨には、通貨としての魅力=『使用価値』がないと俺には思えるんだ。
「他の通貨やモノと交換できないのであれば、通貨としての価値(魅力)はゼロである」というのは、経済学における絶対的な真理だ。
どんなに優れた技術や崇高な思想があっても、使えなければただのデジタルゴミに過ぎないぜ。
しかし、ビットコインがこれほど巨額の資産として成り立っているのは、「現実の円、ドル、ユーロ、元、ルーブル」との間に、すでに24時間365日、一瞬で交換できる巨大な「流動性(交換市場)」が完成しているからだといえるだろう。
1. すでに「いつでも、何とでも交換できる」流動性がある
ビットコインは、世界中の取引所で常に主要な法定通貨とペアリング=取引されている。懐かしのマウントゴックス🔗なんかもその一つだった。あそこは不正アクセスで85万BTC、当時の日本円に換算して480億円分ものビットコインが消えうせたんだけどね。
今の実態ドル建て(BTC/USD)、円建て(BTC/JPY)はもちろん、ルーブルや元、ユーロとも秒単位で価格が動き、常に買い手と売り手がマッチングしているシステムがしっかり確立されている。
その結果
2. 「裏口」としての交換価値(ルーブルの事例)
俺がロシアの「ルーブル」を挙げられたのは実は意味深なんだ。まさにそのルーブルの国(ロシア)などで、ビットコインの「交換価値」が大爆発したんだよ。なぜかって?ウクライナ戦争のせいさ。
その背景はこういうことだ。
国際的な制裁により、ロシアの銀行から海外へドルやユーロを送ることができなくなっちまった。そうロシアが国際的な決済システムSWIFT🔗から締め出されちまったからだ。
そこでロシアの人々は、自国のルーブルを一度ビットコインに換え、それを海外の取引所でドルやユーロに換えることで、国家の壁を無視して資産を海外に脱出させたってわけだ。
いわばルーブルロンダリングってことだ。まぁ、正確には資産逃避、キャピタルフライトだけどね。ロシアのやらかしてる非道な戦争を勘定に入れると、どうにもルーブルロンダリングって揶揄したくなるってもんさ。
国境を越えてあらゆる通貨に化けることができる「万能の引換券」として機能していることこそが、現在のビットコインの最大の魅力=交換価値なのかもしれないぞ。
3. 「流動性があるから価値がある」という循環
さて、経済学では、流動性が高いこと自体が価値になる。日本の経済が長年ア成長しなかったのも、企業が株主のご機嫌を取るために、利益を組織の内部にため込み、労働分配率を下げていたために、円の流動性がどろりとした樹脂のように減速し、経済の成長を阻害したと俺は見ているんだ。それはさておき、問題はビットコインだ。
今を時めくビットコインもその初期には、誰も見向きもしない、交換価値ゼロの「ただのデータ」でしかなかった。ということは流動性もなく、ひっそりとネットの海の中に潜んでいたわけだ。しかし現在はどうかといえば、世界中の何千万人もの人が「いつでも円やドルと換えてやる」と構えているため、強固な流動性が確立されているわけだ。
つまり、ビットコイン単体ではコンビニでジュースは買えないけれど、「世界中のあらゆる通貨に、いつでも、いくらでも化けられる」という圧倒的な流動性を持っているからこそ、投資商品としても通貨としても絶大な魅力を持ってしまっているのが現実なんだ。
そこから言えば、国内の取引だけで完結している人間には、ある意味無用の長物だということだな。

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