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| Thailand、Bangkok |
昨日も話したエルサルバドルや中央アフリカの話は、もうちょっと深掘りしてみると面白そうなんで、掘ってみることにするかな?
社会的にデジタルインフラの普及や、社会資本の蓄積が十分でない社会でビットコインを『法定通貨』にするというのは、あまりにも無謀でリスクが大きい話だと思うんだ。
まず第一にデジタル弱者の人たちが、価値の交換手段を喪失してしまうという事態が容易に想像されるんだ。
こいつは単なる技術的な問題ではなく、人権や生存権に関わる極めて深刻な構造的欠陥だといえないか?俺はうちの近所の戸松さんご夫妻(御年80代後半)が、ビットコインで買いものするなんて想像できないよ。
情報インフラやWEBリテラシーが十分でない社会で、ビットコインを無理やりに法定通貨にすることは、「デジタル弱者を社会の経済活動から完全に排除する」という最悪の結果が来ること120%間違いない。とんでもなく無謀で、とんでもなくリスキーなんだ。
1. 「生存のための交換手段」の喪失
ちょっと想像してみてほしい。デジタルインフラやスマートフォンなどの端末を持たない、あるいは使いこなせない人々にとって、決済手段がデジタルのみ(あるいは推奨)に移行することは、命に関わる死活問題だ。とりわけ、こういったデジタル端末を持っていない人は、持ちたくても持つ経済的な余裕のない人である場合もあるだろう。また、新しい技術についていけないという人もかなりの割合でいるだろう。
近所のスーパーのセルフレジキャッシュレス専用で途方に暮れている老人を見たことがあるだろう?まさにあの光景が、全国的に広がるわけだ。君なら、どうする?
日常の売買からの排除ビットコインを日常的に使うためには、国家規模で膨大な「社会的共通資本」つまりインフラが必要だろう。どこでもつながる通信網、WiFi環境、停電したりすることのない送電網とか、そういった俺たち日本人が当たり前に享受してるインフラだ。
しかし、この手の破綻・脆弱国家にはこれが決定的に不足しているってのがお決まりのパターンだ!どうするんだよ?
電力と通信インフラの脆弱さ中央アフリカ共和国のインターネット普及率はわずか数%、電化率も10数%程度だった。
高額な手数料の壁
ビットコインは取引や送金のたびにネットワーク手数料がかかる。当然だ。
3. 「価値の保存」すらできない価格変動
弱者にとって最も残酷なのは、ビットコインの激しい価格変動(ボラティリティ)だ。
資産の目減りという恐怖結論:国家の責任放棄
MMTの観点から見ても、国家の本質的な役割の一つは、「すべての国民が安心して経済活動に参加できる共通のインフラ(信頼できる通貨)を提供すること」に他ならないはずだ。
社会的な富の蓄積とインフラの整備が不十分なままでビットコインを導入することは、ずばり、国家としての責任を放棄し、国民(とりわけデジタル弱者や貧困層)を情け無用な弱肉強食な市場という、万人の万人に対する闘争の修羅場に、裸一貫で放り込むという「極めて無謀で、実験的な暴挙」であったと言わざるを得ないわな。
皆の衆、日本に生まれてラッキーだったな。
だからこそ、中央アフリカはすぐに撤回し、エルサルバドルも義務化を事実上取り下げざるを得なかったわけだ。てか、そんなことぐらい、ちょっと考えたらわかりそうなもんだけどな。まったくどうかしてるぜ。
ビットコインは、対ドルでその価値が測られているわけだけれど、その価値は貨幣の安定性というモノには程遠いといわざるを得ないね。
まったく投機的な金融商品=コモディティとして常に大きく乱高下しているんだ。これが何を意味するか分かるだろう?
そう、昨日は 0.0001 ビットコインで買えたものが、今日は 0.0002 ビットコインでしか買えないということが、容易に発生するということなんだ。
この価格変動の激しさ(ボラティリティ)こそが、ビットコインが日常の買い物を支える「通貨」には絶対になれない最大の実務的欠陥なんだ。
上にあげたように、「昨日は0.0001BTC、今日は0.0002BTC」という例は、物価が1日で2倍になったってことだ。つまり100%のインフレーションだ。あるいはビットコインの価値が1日で半減したことを意味するよな。
これが日常的に起きる社会がいかに不条理であるか、考えてみてもごらんよ。
まったくたまらないぜ!
1. 「価値の尺度」としての機能不全
経済学において、通貨には「交換手段」「価値の保存」に並び、「価値の尺度(物差し)」という重要な機能があるのは、賢明な読者諸兄諸姉にもお分かりだろう。
ちょっとたとえ話をしてみよう。
君は日曜大工をするために、工具屋さんでJIS1級のメジャーを買ってきたとしよう。このメジャーのメモリが、日によって伸び縮みしたらどうなるだろう?
決して君の加齢による老眼のせいじゃない。
昨日と今日とでメジャーの示す値が2倍も違ってたら、日曜大工なんてできないぜ。価格が乱高下してるビットコインはまさにそんな状態なんだ。
価格表示の不可能性2. 「生活設計」と「ビジネス」の破壊
価格がこれほど乱高下する環境では、将来の予測が全く立たなくなるよね。
麻生漫☆画太郎の『老後2000万円必要』問題を考えてみてほしい。
確かに長期的なインフレーションによる貨幣の減価は、円でもドルでも元でもユーロでも起こりうる。円はここんとこずっと、インフレーション気味だ。
それでも、一夜明けたら、その価値が半減しているとかってことは、まず考えられないだろう。けど、ビットコインが法定通貨の世界じゃ、そういう可能性は否定できない。そんな社会では、将来設計もできないし、ローンを組んで家を買うこともできやしない。
一消費者として考えてみても、そんな社会は恐怖以外の何物でもないぜ。そして、この不安定な経済構造の社会では、企業の倒産リスクはとんでもなく跳ね上がる。というか、どんな企業も安定した資金繰りや返済計画が組めずに、ビジネス展開の計画すら描けないだろう。
3. MMT(現代貨幣理論)が求める「安定」との乖離
MMTの観点から見ても、政府が中央銀行を通じて法定通貨を発行し、税制を通じてその流通量をコントロールするのは、「物価と通貨価値の安定」を維持するために他ならない。
しかし、ビットコインじゃ中央銀行や政府のできることはほとんど何もない。管理できない通貨なんだ。そうなると頼みの綱は投機しかない。つまり国家の命運をギャンブルに託すという究極のギャン中社会の顕現だ。
つまり、1日で価値が倍増したり半減したりするコモディティであるビットコインは、どれだけ技術的に優れていても「通貨」としては機能しえないんだ。
エルサルバドルなどの実験が失敗したのも、国民がこの「明日の生活の購買力が予測できない恐怖」に耐えられず、結局は価値の安定した米ドルに回帰したからだ。
このように通貨の価値が不安定な時、洋の東西を問わず人々はこの通貨を手にした瞬間に、犬のように走って資産価値の目減りのしにくい商品に殺到し、価値を保存しようとするというのが、往々にして歴史上見られるシステムだ。
経済学や歴史において、まさにその現象は「グレシャムの法則🔗(悪貨は良貨を駆逐する)」や「ハイパーインフレ期の実物資産への逃避(フライト・トゥ・リアルアセット)」として何度も繰り返されてきた。
価値が不安定な通貨を手にした人々が、どのように行動し、社会がどう崩壊していくのか、歴史の教訓からそのメカニズムを検証してみるとするか。
1. 歴史が証明する「モノへの殺到」
通貨の価値が信用できなくなった時、人々は「紙切れ(あるいはデジタルデータ)」よりも、腐らない、あるいはそれ自体に価値がある「現物」を必死に手に入れようとする。
ハイパーインフレ時の購買運動物々交換経済への逆戻り
2. 「バケツリレー」にされる不安定な通貨
この「手にした瞬間に換金する」というダイレクトな行動は、不安定な通貨が「誰も持ちたがらないババ抜きのカード」になることを意味してるんだ。
「価値の保存」機能の完全な喪失
3. MMT(現代貨幣理論)の視点:国家の崩壊
MMTの観点からこの現象を見ると、これは「国家の徴税権の敗北」と「統治能力の喪失」を意味しているといってもいいだろう。
税金で回収できないリスク
政府がいくら「この通貨で税金を払え」と言っても、その通貨の価値が1日で半分になるような状態では、国民は税金を払うためにその通貨を保有するインセンティブすら失くしちまうよな。
コモディティ(外貨・金)への完全移行いくらビットコインを稼いでも、次の瞬間に暴落するリスクがあるなら、人々はそれを手に入れた瞬間に「米ドル」や「生活必需品」に変えるために行列を作り続けるだろう。
結果として、その社会ではビットコインは単なる「不便でリスクの高い中継点」になり下がり、通貨として定着することは絶対にないわけだ。
最も俺なら、働く気力を無くして、ダラダラごろごろカミさんに寄生することになるんだろうな(笑)
それはどういうことかといえば、為政者が新たな経済の可能性を見出したものが、庶民にとってはババ抜きのババにしかならないということなんだ!
「為政者つまり支配層が夢見る『新たな可能性』が、庶民にとっては『ババ抜きのババ(押し付けられるリスク)』でしかない」というのは、経済の歴史において何度も繰り返されてきた悲劇の構造そのものだ。それはあらゆる領域で起こり得るけども、個と経済政策で起きた際には、社会の全域に被害が及ぶってことだ。町がジョーカーに乗っ取られるのさ。
OK、この「為政者と庶民の決定的な非対称性(ギャップ)」について、掘り下げてみようか?
1. リスクを「転嫁」できる為政者、「背負う」しかない庶民
為政者や富裕層にとって、ビットコインのような新しいテクノロジーは、最悪失敗しても「ポートフォリオ(資産構成)の一部」が傷つくだけで済んじゃうんだな。
実験ができる強者生活がかかる弱者
2. 「ババ抜き」のルールを押し付ける権力
この狂った「ババ抜き」ゲームが成立してしまうのは、為政者が「法律(法定通貨化)」という権力を使って、無理やりそのババを庶民の手に握らせるからに他ならないんだ。
拒否権のない弱者富の吸い上げ
3. MMT(現代貨幣理論)が批判する「最悪の国家」
MMTの理想的な観点から見れば、政府の役割は「国民が安心して使える、価値の安定した通貨というインフラを提供すること」だ。
役割の逆転
通貨の価値を安定させる責任を放棄し、むしろボラティリティ(乱高下)という市場のギャンブルリスクを国民に押し付ける行為は、国家による「経済的ネグレクト(育児放棄)」に他ならないよな。一言で言えば、棄民政策だ。
信頼の崩壊現代貨幣システムというのはこのババを国家が担保するという意味合いで成り立っているシステムだと俺は考えてるんだ。
俺や君たちが使っている現代の紙幣やデジタルマネーは、それ自体には金の裏付けもない「ただのババ(価値のない紙切れやデータ)」なんだ。
それを「国家が100%担保する(ババにしない)」と約束し、国民がそれを全面的に信頼しているからこそ成り立っているシステムなんだ。
1. 国家が「ババ」を「良貨」に変える仕組み
現代の貨幣(日本円や米ドル)は、かつての金本位制のように「金(ゴールド)」と交換できる保証がない。兌換性の廃止に関しては、ずいぶん前にもこのブログで紹介したことがあるから、今日は書かない。疲れるから。
何はともあれ、貨幣なんてのは文字通り、国家の信用がなければただの紙くずなんだ。
最終受け取りの義務
2. 「ババ抜き」にさせないための、果てしない物価安定努力
現代の経済において、もし通貨の価値が急激に下がり始めたら、それは国家が「担保の責任」を果たせなくなったことを意味するんだよ。
今の日本はその瀬戸際にあるって俺は見てるんだ。やばい時代がすぐそこまで来てるぜ。
中央銀行の使命信頼の維持のためなんだ。
3. ビットコインとの決定的な違い
この「国家の担保」という視点を持つと、なぜビットコインが現代貨幣システムの代わりになれないのかが完全にクリアになるだろう。
ビットコインは誰も担保してくれない押し付け合いのマネーゲーム
為政者がこの担保の責任を放棄し、最初から最後まで誰も担保してくれない「本当のババ(ビットコイン)」を法定通貨として庶民に押し付けることが、いかに無責任で危険な行為であるか、読者諸兄諸姉もよーくわかってくれたことと思う。
もっと言えば、しょせん貨幣なんてのは幻想なんだ。
俺に言わせれば、金を持ってるから偉いとか思ってるやつは、国家という大きな幻想に貨幣価値という幻想を植え付けられてるだけのパープーで、そんなことで人間の価値を判断するようなクズには死んでもなりたくないってことさ。

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