2026/08/23

POST#1947 コンビニに行くたびに

ボダナート、ネパール
俺の住んでる郊外はいざ知らず、大きな町でコンビニに入ると、しばしば働いているのはネパール人の若者だったりする。顔なじみになるとすぐにお互いにナマステ!とあいさつし、ダンニャバードと礼を述べる。はじめはみんな驚いた顔をするのさ。多くの日本人にとって、彼らはコンビニで働く外国人という記号でしかない。

しかし、俺自身はほんの少しでも、異文化に寛容な日本人でありたいんだ。なぜって、自分が海外を旅したときに、現地の人々から損得抜きで歓待されたりしたことが多々あるからね。

ネパールに行ったのはもうずいぶん前のことだ。

コンビニにいき、ネパール人の若者が働いているのを目にすると、この写真に写っていたような子どもたちが、すっかり成長して日本にやってきているように感じる。

だから無碍に出来る気がしない。

そっと見守り、わかりやすい言葉で話しかけ、彼らにそっと歩み寄りたいと思う。もちろん、その態度はけっして上から目線ではなく、一種の父性のような感覚だ。気が付けば若者に対して、そんな感覚を持って接するべき年頃なんだ。いつのまにか驚いたことに!(笑)

時には彼らの名前は、ナラヤンとかデヴィーとか、ヒンドゥー教の神様の名前を使っていることもあるから、その名札から名前に込められた意味を読み取ることもある。タイミングを見計らって、素敵な名前だね!と称賛したくなる。

少しでも彼らに、日本に来てよかったと思ってもらいたい。日本はいい国だと思ってもらいたいものだ。それが俺の思う愛国的なスタンスだ。つまり、寛容で朗らか。

しかし、排外主義的な風潮が日本社会を覆っている。俺のベクトルとは真逆だ。

政権与党の幹部たちが、それを煽っている。きっと彼らはコンビニとかで買い物することはないんだろう。

日本の現在地点は、彼らが思っているよりもずっと深刻な状態だ。

現場ではベトナム人やインドネシア人の若い職人ばかりだ。かつて多く見られた中国人はもういない。日本では稼げないと見切りをつけてしまったのだ。そしてその中国人たちは、今や日本人が買えない金額の商品を、ハイブランドで買い漁る。俺の仕事はそのおこぼれで回っているようなものさ。

排外主義を唱えたい人は唱えればいい。

けれど、不寛容な社会は、多様性を受け入れない社会はいずれ衰退する。断言するよ。

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