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| カニ将軍だかかに道楽だか。どっちでもイイや。名古屋 |
ふと、俺の目の前をループの電動キックボードに乗った年若い女性が走り去る。信号の向こうには、終夜営業のカラオケ屋の前に若い男女がもつれ合うようにして歓談している。
夜中の三時だ。
俺たちはそれを別段驚きもしない。けれど、そんなことが可能な国が世界にどれだけあるか、考えてみてほしい。
日本の皆さんが盲目的に大好きなアメリカはどうだろう?
ありえないだろう。自殺行為だ。すぐにレイプされるか、ループで走ってきたところをカウンターでゾンビバットなんかで強打され身ぐるみはがされることになるだろう。
そもそも、深夜に女性が一人で出歩くこと自体が自殺行為って言われるだろう。
かつて、アメリカに次いで世界第二位と言われた日本のGDPは、ここんところダダ下がりで、中国に抜かれ、ドイツに抜かれ、インドに抜かれ、そのうち20位とか30位とかまで下がるだろうと俺は考えてる。
けれど、それは縮小する一方の人口規模と、低迷する賃金(そして、賃金が上がっていないのに人件費高騰を理由に値上げが続くこの不思議よ!)、将来への不安による貯蓄額の蓄積=資本の流動性の低下という観点に照らせば、不思議などどこにもない。むしろ、当たり前のことだ。
そして、この状況をして日本は終わった、日本はオワコンだと人々は悲観する。
大丈夫、どんだけ日本が衰退してもスーダンとかみたいにはならない。むしろ、日本はある意味で世界のダウンサイジング先進国だ。
例えば、いつも日本は世界の皆様がたから、或いは国内の(羽振りのよさそうな)経済評論家の皆様から、失われた30年、失われた30年って馬鹿にされるているけど、それは単にGDPから見てるだけで、この21世も4分の1過ぎた世界で、深夜の3時に女の子が1人でループに乗って街の大通りを走れる国っていうのは世界中にどれぐらいあるか真剣に考えてみてくれよ。
或いは、仕事に行く前、俺は自分の息子と同じ年頃の小学生が、一人で電車や地下鉄に乗って学習塾にやってくるのを目にする。俺たち日本人には至極当たり前のことだ。しかし、海外ではそんなことが可能な国は限られているぜ。
サイモン・クズネッツ🔗が発案した経済指標であるGDP🔗の数字だけを切り取って「失われた30年」と一括りにする議論は、社会の本当の豊かさや、人間が安心して生きられるクオリティ・オブ・ライフ(QOL)の本質を見落としているとしかいえないだろう。
どれだけGDPが高くても、夜歩いているだけで銃撃されたり、子どもが学校や塾に独りで電車通学したり、深夜の3時に、若い女性が1人で電動キックボードに乗って大通りを走れる国は、現在の世界中を見渡しても片手で数えるしかない。もっと言えば、日本の主要都市(なぜって主要都市しかループはないからな)以外にはほぼ存在しないというのが冷酷な現実だ。
俺たちが当たり前と思っている日本のこの「日常」が、世界基準から見れば奇跡であり、経済指標以上の価値があるということさ。
まずは世界の大半の都市における「深夜3時」のリアリティだ。
アメリカやヨーロッパ、あるいは新興国の多くの大都市では、深夜3時に女性が1人で外を歩くこと自体が「自己責任」「自殺行為」とみなされているそうだ。
昼間は観光地として賑わう大通りであっても、夜間は薬物中毒者、ホームレス、ギャングの縄張りに一変する都市が珍しくない。昔、バルセロナに行った時も、このエリアは陽が暮れてから行くと危険だからいかないようにと、バルセロナ近郊に住んでいるカミさんの友人にアドバイスされたことがある。まぁ、バルセロナではスリにあったこともあるしね。
また、「乗り物」としてのキックボードそのものにもリスクがある。キックボードのように身体が剥き出しの状態で速度も遅い乗り物は、海外の治安が悪い地域では「格好の標的(強盗や暴行の対象)」になるだろう。釘でハリネズミみたいになったバットで襲われたら即死だ。車に乗ってドアをロックして移動するのが大前提の社会がほとんどだ。
アメリカのニューヨークやロンドン、パリといった、日本より一人当たりGDPが遥かに高い経済大国・都市であっても、この「夜間の個人の安全」はお金を出して買えるものではないんだぜ。だから、富裕層はゲーテッドコミュニティー🔗を作って、警備員が門番を務める塀の中に暮らしたりもする。これじゃ、自主的な牢獄と変わりないぜ。
つまり「安全」な暮らしってのは、GDPに換算されない超巨大なインフラだってことだ。
経済学で言うところのは、GDPは「どれだけお金が動いたか」の計算にすぎない。万能の指標じゃないんだ。皮肉なことに、社会が不安定で治安が悪いほうが、経済の数字(GDP)は回ることすらある。考えてごらんよ、防犯コストとして、銃が売れ、民間警備会社が儲かり、すべての家に厳重なセキュリティシステムを導入し、夜間は全員がタクシーや配車アプリ(Uber)を使わざるを得ない社会では、そのぶん安全を買うために「余計なお金」が動くのでGDPが増えていくんだ。
これに対して、日本社会の効率性はお金でカウントできない。
日本では、人々が「お互いを信頼し、犯罪が起きない」という高いモラル(社会関係資本)を持っているため、余計な防犯コストをかけずに安心して暮らせちゃうんだ。
当然ながら、この「お金を払わなくても安全が手に入る状態」は、GDPという指標には一切プラスとしてカウントされない。もちろん、犯罪そのものがないヨイコノスンデルヨイマチというわけではないけども、その手口の凶悪さと発生頻度は比べ物にならない。
つまり、「失われた30年」で経済が停滞しているとさんざん馬鹿にされながらも、この日本社会は「世界一安全で、公共インフラが維持され、医療アクセスが確保された、極めて高度な福祉社会」の基盤を崩さずに持ちこたえてきたといえるだろう。
だからこそ、海外の人は日本に熱狂するらしいぜ。
近年、インバウンド(外国人観光客)が日本に殺到し、SNSで「日本の夜の街を散歩してみた」「自動販売機が夜中にポツンと置いてあるのが信じられない」といった動画が何百万回も再生されているのは、まさにこれが理由らしい。夜の散歩も自販機も、深夜三時のループの女の子も、俺たち日本人にはなんの不思議もない。ありきたりな風景だ。しかし、日本人以外にとっては驚異的なんだとさ。よくわからん感覚だ。確かに、海外でとりわけヨーロッパで夜歩くと、どこからか視線を感じて緊張感を持つことはある。それは、身体感覚的な経験だ。
彼らにとって日本の社会ってのは、日本の映画やアニメの中だけの存在だと思っていた「現実にある安全な理想郷」そのものに見えるらしい。
経済の数字(GDP)ではアメリカや中国に負けていても、日々の生活の安心感や人間の尊厳というリアリティにおいては、日本は世界でトップクラスの豊かさを今なお維持しているといえるだろう。
日本は衰退途上国である以上に、ダウンサイジング先進国なんだ。俺たちの世代がこの世からおさらばした21世紀半ばには、日本の人口は5000万人から4000万人といったところに落ち込むだろう。その時、安全な社会という経済コストで測れない社会の真価がいかんなく発揮されるだろう。
その淵源はどこにあるのか?俺はそれは400年以上前の日本社会、まさに戦国時代の戦乱の終息期にあるとみている。そう、一朝一夕にできたものじゃない。
日本社会の独特の息苦しさの淵源も、この安心と表裏一体なんだけれどな。

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