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| Patan,Nepal |
例えば一定期間内に使用しないと価値が半減するとか、無くなってしまうとどうかな。
この一定期間で価値が減る仕組みは、経済学でいうところのシルビオ・ゲゼル🔗の考案した「ゲゼル通貨🔗(減価する貨幣)」の応用だ。
このルールを組み込むことで、システムはより洗練されたものになるだろう。
資本主義の「円」や「ドル」は、使わずに貯め込む、つまり蓄蔵するほど利子がつき、富が増える仕組だ。建前上はね。
これが格差を生み、人々が「将来の不安」からお金を抱え込む原因になっているわけだ。そう、資本の流動性の低下を招いているわけだ。日本人の個人貯蓄の総計は2400兆円弱、預貯金だけに限っても1126兆円あるといわれているんだぜ。
いったいどこにそんなに金があるのか。まったく自慢じゃないが、俺のところにはないということは断言しておこう。無産階級とは俺のことだ。
俺はオレオレ詐欺とかトクリュウ犯罪ってのは、一種の形を変えた過激な世代間闘争じゃないかって思えてくるときすらある。とにかく、先の見えない世の中、みんなビビって現ナマをため込んだり、保険や投資信託にぶっこんだりしているわけだ。みんな先が見えないから、少しでも多くの金を確保したいと思っている。それが人情だ。世界の定説だ。
しかし、このケアトークンに「使わないと価値が半減する、或いは有効期限が来ると価値がなくなる」という時限爆弾のようなルールを仕込むと、「貯め込むことが完全に無意味」になる。なんせ単なるデータもしくは紙切れになるんだからな。人間は、自分の資産が紙切れになるのを恐れる。それがたとえ薬局のポイントでも。ましてや、お上のお墨付きのあるトークンならなおさらだ。その結果、地域社会に爆発的なエネルギーが生まれます。
「減価するトークン」がもたらす決定的な3つの効果
手元に置いておくと価値が下がってしまうため、人々は「早く誰かに迷惑をかけて、このトークンを使わなきゃ!」と焦るようになるんじゃないかな。「ゴミ出しを頼む」「子どもの相談にのってもらう」といったケアの要請が、地域の中で超高速でローテーションし始めることだろう。そう、現実啓座への出口がなければ、そういうことになる。間違いなく。
富の独占(格差)が構造的に不可能になる
ピケティが『21世紀の資本』で証明したように、放置された富は勝手に増殖する。それが複利計算の素敵な魔法だ。しかし、このトークンは放置すると価値が減価したり消滅したりするため、地域に「お金持ち」というかトークン長者が生まれないんだ。どっかのタイミングでご破算、そしてリトライってことだ。これによって誰もが平等に、常にケアの循環の中にい続けざるを得なくなるんだ。
「将来への不安」が「人への信頼」に変わる
これまでの経済では、老後の不安のために「円」を貯め込んできた。みんなの恐れる『老後2000万円問題』だ。しかし、このシステムではトークンを貯め込めない代わりに、「これまでにトークンを回し合ってきた、地域の人々との太い絆(紐帯)」が手元に残るんだ。これこそが、氷河期世代やギグワーカーが老後に本当に必要とする、最強の保険になり得るかもしれないぜ。
歴史的な成功例:ヴェルグルの奇跡
実は1930年代、オーストリアのヴェルグル🔗という小さな町で、これと全く同じ「使わないと価値が減る地域通貨」が実験されたことがある。
大恐慌で町中が失業にあふれていた中、この通貨を導入した途端、人々は価値が減る前に使おうと猛スピードでお金を回し始め、一瞬で失業者が消え、インフラが整備され、奇跡的な復興を遂げることになったんだ。そして、その結果どうなったか?その効果があまりに強力すぎて、国の中央銀行に潰されたんだ!
ここでいったん今までの内容のまとめ「ポスト資本主義のOS」
ここまで俺が君たちとの対話を通じて紡いできたアイデアを統合すると、なかなか面白い社会ステムのOSが見えてくるんじゃないかな。
- 最初の配布先:老人、子ども、氷河期世代・ギグワーカー、障害を持つ人々(弱者が富の起点)
- 回し方のルール:もらった相手には返さず、別の人に回すペイ・フォワード方式(モースの贈与論、クラ貿易の再現)
- 流通の仕組み:日常のささいな「迷惑の掛け合い」(全員がゆるやかな民生委員になる補完システム)
- 公的接続:行政が認め、一部「円」や行政サービスと交換可能にする
- 時間制限:一定期間で価値が半減もしくは消滅する(貯め込みの禁止、ゲゼル通貨の思想)
これは、グレーバーやピケティたちが本の中で求めていた「次の一手」の、極めて具体的で生命力にあふれた答えにならないかな?
この話はまだまだずいぶんと続くから、折々にまとめていくようにしよう。
そうじゃないとどこまで話したか、俺もわからなくなっちゃうからね。
そりゃそうと、今ふと思ったんだけれど、今の日本の状態は日々生活必需品が値上がりし続けているにも関わらず、政府は人々の生活に直接かかわりのないようなイデオロギーに関わる皇室典範改正とか、国旗損壊罪、副首都構想とか、議員の削減(という民意の切り捨て政策)に一生懸命取り組んでいるけれど、これはひょっとして、無策のまま日本の円をどんどん対ドルベースで減価させていって、みんなが価値がなくなる前にお金をババ抜きのババのように回していくことで景気浮揚を狙ってるという、政府公認のゲゼル通貨政策かよ?まさかそんなことはないよな。
しかし、このひねくれた転倒した見方はある意味でまさに本質を突いているといえるだろう。
現在の日本円のインフレ(物価高による円の価値の目減り)は、見方によっては「使わないと損をする」という意味で、結果的にゲゼル通貨のような動きをしている。行きつく果ては、国債の価値の圧縮かしらん?
しかし、決定的な違いが2つある。ここが、今の日本円が俺たち日本人を苦しめ、俺の構想する『ケアトークン』が人々を救う境目だ。
1. 円の目減りは「格差を広げる」、ゲゼルは「格差をなくす」
俺たちが今構想しているケア・トークン
2. 円は「不安」を煽り、ケアトークンは「信頼」を生む
価値が減る前に、無くなる前に「誰かに迷惑をかけて使おう」となるため、使えば使うほど地域に知り合いや仲間(紐帯)が増えていくことになる。ボケボケしてると価値が減ったり、消滅したりする代わりに、互いに顔の見える「困った時に助けてくれる人」が周りに貯まっていく=地域の人々とのつながりが生まれるため、未来への不安が和らいでいく。
だからこそ「行政をハックする」
今の日本円が「悪い意味で目減り」しているからこそ、この「ケアトークン」を円と接続する大義名分がさらに強くなるというもんだろう。
行政に対して、
「今、ただでさえインフレで高齢化し始めている就職氷河期世代や低所得層の生活が壊れかけている。円だけに頼らせるからみんなが追い詰められるのだ。だからこそ、目減りするスピードを地域コミュニティの『繋がりの強さ』に変換できるこのトークンを、行政のセーフティネットとして、出来るだけ早く導入すべきではないか?」
と突きつけることができちゃうわけだ。
さて、こうして考えてみると、このトークンは地域社会の中で、比較的に暇で、相応に生活スキルを持っていて、皆が声をかけやすい気さくな人にだけ集中してしまうんじゃないだろうか?
その一方で、その対極に位置するような人物、そう、じゃんじゃんバリバリ本業で稼いでいるような資本主義の豚野郎みたいな人は、隣近所の疲れたシングルマザーや、老いぼれた老夫婦のことなかん気にかけやしないんじゃないだろうか?となるとこの手合いの人物は、自らの生業と自分(もしいれば家族も)だけのモナド的な世界に閉じこもり、トークンを使って地域とつながろうとする、つまり誰かをケアしようとするインセンティブも生まれないだろう。
我ながら凄まじい洞察力だ。既存の地域通貨や理想主義的なシステムが必ずぶつかる「隠れた致命的バグ(欠陥)」を、完璧に見抜いてしまった。
いくら「もらった相手に返さない」「使わないと半減する」というルールを課しても、
- 「ブリコラージュ(手持ちの資源で何でも直したり作ったりできる)の天才」
- 「圧倒的な専門技術(医療、IT、建築、調理など)を持つ人間」
- 「自分の活動をアピール(公示)するのが上手い人」
のところには、地域中の人々が「迷惑をかけたい(助けてほしい)」と殺到するため、結果としてトークンが猛烈な勢いでそこに吸い上げられ、集中してしまう。
その一方で、こうした仕組みに対して、そもそもまったく誘因を持たない人もいるということだ。これは今は一旦措く
ゲゼル通貨の仕組み(半減ルール)があるため「貯め込む」ことはできないけれど、その技術を持つ人が「常に大量のトークンを流通させるハブ(中心地)」になり、事実上の権力や不均衡が生まれるリスクがあるわけだ。じゃんじゃんバリバリ集めたこのトークンを餌にして、地域の中で隠然たる権力者になってしまうかもしれない。「おう、トークン余ってるからコンビニ行って俺のたばこかってきてくんない?」とか近隣の人を、パシリのように使役することだってあり得る。ウルトラアリエール!
この「能力主義の逆襲」をどう防ぎ、基盤的共産主義を維持するか。これを解決するための「さらなる設計変更(チューニング)」として、いくつかのアプローチを考えてみる必要があるだろう。
1. 「ブリコラージュの技術」自体をバラ撒くルール
技術を持つ人にトークンが集中するなら、その人がトークンを使う(手放す)ときのルールを縛ります。
技術者は、受け取った大量のトークンを消費するために、「他人に迷惑をかける」必要があります。例えば、「技術を持った人が、別の人にその技術を教える(ワークショップを開くなど)ことで、生徒たちにトークンを支払う」という流れを作るというのも手だ。
これにより、技術の独占が崩れ、地域全体のブリコラージュ能力が底上げされる(トークンが技術の分散を促す)循環に変えることができるかもしれない。
しかし、これだとおかしなことになる。
技術を授けるというサービス=ケアを提供している側の人間が、自分が持っているトークンを、技術を授けられた側に渡すというのは、何かよじれた関係にあるというか、トークンの流路として逆転している。これではだめだ。ただ、ワークショップ的な集まりを自発的に持つというのは決して悪い話ではないはずだ。トークンとは別に、一杯居酒屋で奢るというので反対贈与してもいいわけだ。
2. 「ただ話を聴く」「そばにいる」ケアの価値を高める
プロの技術だけでなく、グレーバーが重視した「ただそこにいて寄り添うケア(エモーショナル・レイバー)」の価値を、システムのアルゴリズムや文化として高く評価するというのもありだろう。
「認知症の老人のとりとめもない話を2時間聴く」ということに対して、スマートな技術提供と同等、あるいはそれ以上のトークンが支払われるようにすることで、特別な技術を持たない人(氷河期世代の孤独な人など)でも、十分にトークンを受け取り、回せるようにバランスを取るということだ。
実際、『タダ人の話を聞くおじさん』とか『レンタルなんもしない人』ってのが一つのビジネスとして確立しつつある。聴く仕事ラボ🔗って人の話を聞くという事だけでもビジネスとして成立していたりする会社まで存在するご時世だからな。
3. トークンの「最大保有量(キャパシティ)」に上限を設ける
どれだけ技術があって「公示」が上手くても、1人が同時に持てるトークンの量に「バケツの大きさ」のような上限(キャップ)を設けるのも手だろうな。
上限を超えた分は、自動的に民生委員なんかが管理する「地域の共通プール(コモンズ基金)」に還流し、再び老人やシングルマザー、ギグワーカーたちに再分配されるシステム(ピケティ的自動課税システム)にしておけば、集中は物理的に防げるかもしれない。
しかし、俺としてはできることなら、そういう事態は想定しつつも、あまり明確なルールは儲けたくないんだ。ルールを作ると、今度はそのルールが人間を縛り付けてしまう事になるからね。とりわけ、俺たち日本人はルールが大好きだ。
互いに迷惑をかけあうことを、制度的に肯定してゆくべきトークンシステムが、結果的に人間の行動を縛り、息苦しくさせるものになってしまっては、何の意味もないんだ。
うん、ここは考えどころだぞ。
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