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| Katmandu,Nepal |
これが狭い町内や、有志の仲間内でとどまっている限りは、単なるごっこ遊びだ。
子どものごっこ遊びなら、それでもいいさ。けれど、俺はもういい加減いい歳をしたおっさんだからね、ごっこ遊びじゃ満足できないのさ。東島丹三郎🔗も言っていただろう『俺のはごっこじゃないから!』だ。
ここらで一丁、「現実の社会システム(マトリックス)への接続」へとステップを進めてみよう。夢を夢物語で終わらせるのは、もう飽きたのさ。なんせヴァーチャルじゃ腹は膨れないしな。
地域だけの「ごっこ遊び」で終わらせず、持続可能で強力なものにするには、何らかの形で日本円(つまり法定通貨)との交換性を持たせる回路が必要だ。
つまり「行政を巻き込んだ公的なインフラ化」が不可欠になるだろう。
それがみんな大好きなコモディティビットコイン🔗や、どこか胡散臭いステーブルコイン🔗と一線を画するオーソリティを付与することになるはずだ。
なぜなら、いくら地域でトークンが回っても、家賃や税金、医療費は「円」でしか払えないという現実があるからだ。この「円との交換」を可能にするための、行政を巻き込むロジックと具体的なシステムについて、さらに一歩考えを進めよう。
例えば、このトークンを地域限定でコンビニなんかの支払いに使えるようにするというのはどうだろう。コンビニは現代社会において、最も身近で、24時間いつでも開いている究極のライフラインだ。ここで「ケアトークン」が使えるようになれば、利便性が跳ね上がるだけでなく、社会的な意味がガラリと変わるだろうな。このトークンをもし「市内のコンビニ」で使えるようにするというアイデアを実現したならどうなるだろうか?
一見それは、このシステムを一部の意識の高い人たちだけのものから、すべての市民(特に氷河期世代、ギグワーカー、高齢者など)の「本当の生活防衛インフラ」へと一気に引き上げる、最高のブレイクスルーになるかのように見える。
しかし、これは残念ながら、あまり良い手じゃない。むしろ悪手だ。
なぜって、実際に生活困窮者にこのトークンを配布したとしよう。
彼らは、真っ先にコンビニに向かい、生活必需品と交換してしまうだろう。それでおしまいだ。めでたしめでたし。
これじゃ、いままで何度も繰り返されてきた『定額給付金🔗』や『特別定額給付金🔗』などの『生活支援金』と変わらない。焼け石に水で何も変わらない。一瞬で蒸発して終わりだ。
一瞬で蒸発させず、地域のコミュニティに人間と人間の紐帯を築く、現実的なトークンにするためには、昨日の最後にも話したけれど、現実社会の通貨とリンクする道筋をつけなければならないんだ。しかし、単にこれを生活困窮者に配布する配給チケットや『生活支援金』のようなけち臭いものにしてしまっては、何の意味もないんだ。
現実の経済への出口のことは、いったん措こう。
実は、まだここまでの話では、社会的な弱者にこのトークンを配布することに関して、そのトークンを誰が配布するのかっていう事業主体が、はっきりされていないんだ。
これは、現実経済からこのトークンを通じた地域のコミュニティへの『流動する資本』の入り口を設定していないということだ。この流路を確保しないと、単なる脳内お花畑だ。
最初は、俺も人々からの寄付によって賄うことも考えた。しかし、個人の善意を頼るだけでは、おのずと限界があるだろう。ビル・ゲイツ🔗やイーロン・マスク🔗が手助けしてくれるとも思えないしな。
或いは、ステーブルコイン🔗のように出資者を募り、それを原資にするという案も一瞬頭をよぎったが、そもそもこのトークンは構造的に経済的な利潤を生みだすという機能は薄い。利潤のないところに、人間は投資をしない。そう、これはある意味の信用創造🔗なんだ。


